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悪役令嬢は引きこもる  作者: 九葉(くずは)
第2章

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第4話 影に潜む毒蛇

夕食の汁物は、南瓜を裏漉うらごしした濃厚なものだった。

温かく、甘く、そして何より平和な味がした。


「……美味しいですわ」


食堂でさじを運びながら、私は安堵の息を吐いた。

窓の外は相変わらず、青白い苔が光る不気味な地底世界だ。

けれど、分厚いとばりと結界に守られたこの部屋は、地上の屋敷と何ら変わりない。


ジェラルド様が採掘してくれた魔石のおかげで、空調も照明も万全だ。

これなら、救援が来るまでの数ヶ月、あるいは数年でも、私たちは快適に引きこもることができる。


「ああ。厨房の者たちも、落ち着きを取り戻したようだ」


向かいの席で、ジェラルド様がパンをちぎりながら微笑んだ。

彼もまた、鎧を脱いでリラックスした表情を見せている。


「これもミランダ、君の采配のおかげだ。……君が堂々としていてくれるから、皆も安心できる」


「あら。私はただ、自分の快適さを守りたいだけですのよ?」


私が強がると、彼は楽しげに笑った。

平和だ。

昼間の「視線」の件は気にかかるけれど、この鉄壁の守りを前にしては、どんな魔獣も手出しできまい。


そう信じていた。

その警報が鳴るまでは。


カン、カン、カン、カン!!


唐突に、けたたましい警鐘の音が食堂に響き渡った。

火災を知らせる魔導具だ。


「なっ!?」


ジェラルド様が椅子を蹴って立ち上がる。

私は即座に懐の伝声石を掴んだ。


「何事です! 場所は!」


『ち、地下です! 第三食料庫から煙が!』


執事長の悲鳴に近い声。

食料庫?

一番燃えてはいけない場所じゃない!


「ジェラルド様、消火を! 私は現場へ向かいます!」


「分かった! リリア、お前はミランダを守れ!」


私たちは食事を放り出し、廊下へと飛び出した。



地下三階、食料庫。

そこは、焦げ臭い煙と、消火に使われた水の匂いで充満していた。


「……申し訳ございません、奥様」


料理長が、すすだらけの顔で頭を下げた。

彼の背後には、黒く焼け焦げた麻袋の山がある。

小麦粉と乾燥豆。

長期保存のための貴重な食料が、灰と泥水にまみれて台無しになっていた。


「怪我人は?」


「おりません。発見が早かったので、小火ボヤで済みましたが……」


「なら良いですわ。食料はまだ備蓄があります」


私は彼らを下がらせ、現場に歩み寄った。

ジェラルド様が、険しい顔で焼け跡を見つめている。


「……火の気がない場所だ。自然発火とは考えにくい」


「ええ」


私は床に膝をつき、焼け焦げた床板を指で擦った。

微かに残る、魔力の残滓ざんし

鼻を刺す、硫黄のような刺激臭。


「『遅延発火の術式』ですわね」


私は断言した。


「数時間前に仕掛けられ、指定時刻に燃え上がるように刻まれた火種。……これは事故ではありません。放火です」


空気が凍りついた。

その場にいた使用人たちが、青ざめて顔を見合わせる。


「放火……? 誰がそんなことを」


「誰かが、裏切ったというのか?」


疑心暗鬼の囁きが広がる。

これこそが、犯人の狙いだ。

閉鎖空間での疑いは、毒のように広がり、組織を内側から腐らせる。


「静粛に!」


私は声を張り上げた。


「使用人の皆さんは、全員潔白です。私が保証します」


「し、しかし奥様……」


「この屋敷の入退室は、私の『管理術式』が全て記録しています。今日、この倉庫に入った者は三人。全員、着衣や荷物に火種を持っていないことを、探知結界が証明しています」


私は嘘をついていない。

私の支配下にある限り、使用人が火種を持ち込むことは不可能だ。


ならば、答えは一つ。


「外部からの侵入者。……それも、私の結界をすり抜ける『何か』です」


私はジェラルド様と視線を合わせた。

彼が昼間、地底湖で感じた「理性ある視線」。

それが、ついに牙を剥いたのだ。


「……敵は、すでに屋敷の中にいます」


私の言葉に、ジェラルド様が剣の柄を握りしめる。


「馬鹿な。警報は鳴らなかったぞ?」


「ええ。結界を破壊せずにすり抜ける術……例えば『影渡り』や『空間転移』の使い手か。あるいは、私たちより先に屋敷に潜んでいたか」


どちらにせよ、由々しき事態だ。

姿の見えない敵が、私たちと同じ屋根の下で、息を潜めている。

今は食料庫だったが、次は?

寝室? 動力炉?


「……舐められたものですわね」


ふつふつと、怒りが湧いてきた。

私の城で。

私の許可なく火遊びをするなんて。


「リリア様」


私は背後に控えていた義妹を呼んだ。

彼女は緊張した面持ちで、私の前に進み出た。


「はい、義姉様」


「アレの出番です。……封印を解きなさい」


「! ……よろしいのですか? あれはまだ、試作段階で……」


「構いません。毒には毒を。影には影を」


私は焼け焦げた小麦の山を睨みつけた。


「私の屋敷に潜む毒蛇を、一匹残らず炙り出して差し上げます」



一時間後。魔導管理室。

リリア様が、桐の箱を制御卓の上に置いた。

蓋を開けると、そこには無数の「小さな黒い塊」が詰め込まれていた。


拳大の黒曜石で作られた、多脚の機械。

蜘蛛だ。


「自律探索型ゴーレム、『黒曜の蜘蛛こくようのくも』。……視覚と聴覚を共有し、熱源と魔力を感知して追跡する、私の可愛い斥候せっこうたちです」


私が指を鳴らすと、数十匹の蜘蛛が一斉に起動した。

カサカサ、という硬質な音を立てて、箱から溢れ出し、床を這い回る。


ジェラルド様が、少し引いた顔で後ずさった。


「……ミランダ。これはその、少し趣味が悪くないか?」


「あら。隠れている害虫を捕まえるには、蜘蛛が一番でしょう?」


私は冷ややかに笑い、蜘蛛たちに命令を下した。


「行きなさい。屋敷中の天井裏、床下、家具の隙間……すべての『影』を洗いなさい。不審な魔力を持つねずみを見つけたら、噛み付いてでも拘束するのです」


ザザザザッ……。


蜘蛛たちが一斉に散らばっていく。

換気口へ、廊下の隅へ、闇の中へ。


私は映写水晶に映し出される、無数の複眼の映像を見つめた。


逃げられると思わないで。

貴方がどこに隠れていようと、この屋敷は私の身体そのもの。

私の感知網ネットワークからは、逃れられない。


「さあ、かくれんぼの時間ですわ」


私は冷め切った茶を煽り、不敵に笑った。

姿なき侵入者よ。

震えて眠るがいい。

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