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悪役令嬢は引きこもる  作者: 九葉(くずは)
第2章

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第3話 魔石採掘という名の散歩

屋敷の灯りが、ふらりと揺らいだ。


「……お腹が空いたと言っていますわね」


魔導管理室で、私は制御卓の術式盤を撫でた。

壁の映写水晶が、心なしか暗くなっている。

これは屋敷の心臓部、「魔導炉」からの訴えだ。


昨晩の次元転移、そして今朝の空気浄化結界の再起動。

立て続けに大規模な術式を行使したせいで、貯蔵していた魔石の残量が心許なくなっている。

このままでは、結界を維持できなくなる。


「外は猛毒の瘴気。結界が消えれば、私たちは仲良く干物になりますわ」


私は溜息をつき、映写水晶を操作して「外部監視」の映像を呼び出した。


そこには、幻想的で、残酷な世界が広がっている。

青白い燐光を放つ苔の森。

鏡のように静まり返った地底湖。

そして、その湖畔に突き立つ、鋭い岩の群れ。


「……あれは」


映像を拡大する。

岩の表面に、紫色の結晶がびっしりと張り付いていた。

魔力感知の術式が、強い反応を示して震えている。


「高純度の魔石結晶。……なんて皮肉かしら」


地上では宝石以上の価値がある資源が、ここでは路傍の石のように転がっている。

あれさえあれば、魔導炉を数ヶ月は動かせる。

まさに、目の前にぶら下がった極上の餌だ。


「行くしかない、か」


背後から、低い声がした。

ジェラルド様だ。

彼はすでに戦装束に身を包み、腰には愛剣を、背中には採掘用の魔導鶴嘴つるはしを背負っている。


「準備が良いですこと」


「君がその顔をしている時は、大抵ろくでもない頼み事がある時だ」


彼は苦笑し、手袋を締め直した。


「俺が行く。精鋭を数名連れて、さっと回収してくる」


「危険ですわ。あそこは結界の外。どんな魔獣が潜んでいるか……」


「だが、行かねば座して死ぬだけだ。……それに」


彼は私の手を取り、真摯な瞳で見つめてきた。


「君には指一本動かせないと言っただろう? 汚れ仕事は俺の領分だ。君はここで、温かい茶でも飲んで高みの見物をしていろ」


「……旦那様」


胸がときめくのを誤魔化すように、私はフンと鼻を鳴らした。


「分かりました。ですが、丸腰では行かせませんわ。……私の『目』をお貸しします」



重厚な正門が、わずかに開く。

そこから、ジェラルド様と数名の騎士たちが、瘴気除けの外套を頭から被って滑り出した。

そして、彼らの頭上には、拳大の水晶球が二つ、ふわふわと浮かんでいる。


私が操作する偵察用の使い魔、「浮遊する義眼」だ。


『同調率、良好。……聞こえますか、ジェラルド様』


地下室から、私は伝声石で呼びかけた。

映写水晶には、義眼が見下ろす彼らの姿が鮮明に映っている。


『ああ、よく聞こえる。……頼もしいな、空からの援護とは』


ジェラルド様が義眼に向かって手を振る。

彼らは身を低くし、発光苔の森を慎重に進んでいく。


『三時の方向、岩陰に熱源反応。……小型の魔獣です。迂回してください』


『了解』


私の指示に従い、隊列は音もなく進む。

まるで盤上の駒を動かすような感覚。

これが私の戦い方だ。

泥に塗れることなく、情報を制し、最短ルートで勝利を掴む。


やがて、一行は湖畔の岩場に到着した。

目の前には、人の背丈ほどもある巨大な紫色の結晶が群生している。


『これはすごい……。王都の宝物庫でも、これほどの純度は見たことがない』


騎士の一人が感嘆の声を上げる。


『無駄口を叩くな。手早く回収するぞ』


ジェラルド様の指示で、騎士たちが鶴嘴を振るう。

カキン、カキン。

硬質な音が、静寂な地底に響く。

その音が、眠っていた闇を刺激したようだった。


ザザ……ッ。


湖の水面が波打つ。

私の術式盤に、警告の赤光が灯った。


『ジェラルド様! 湖から来ます! 大型反応、三体!』


『総員、抜刀!』


水面が爆発した。

飛び出してきたのは、全身が濡れた岩のようにゴツゴツとした、わにに似た魔獣だった。

岩石鰐がんせきわに」。

その顎は鉄をも噛み砕く。


『グルルルァァァッ!』


『させんッ!』


ジェラルド様が前に出た。

彼の剣が蒼い魔力を帯びて輝く。

一閃。

硬い皮膚を持つ鰐の首が、枯れ木のように両断されて宙を舞った。


『ひるむな! 回収班は作業を続けろ! 護衛班は俺に続け!』


「氷の将軍」の異名は伊達ではない。

彼は舞うように剣を振るい、襲い来る魔獣を次々と沈黙させていく。

その背中は、地下室の私に絶対的な安心感を与えてくれた。


『……ふぅ。片付いたか』


数分後。

周囲には数体の魔獣の死骸が転がっていた。

採掘も順調に進み、麻袋はずっしりと重くなっている。


『ミランダ、撤収する。帰還路の確認を』


『はい。来た道を戻れば……』


私が答えようとした時、映像の中のジェラルド様が、ふと動きを止めた。

彼は剣を構えたまま、背後の暗がり――苔の生い茂る岩陰を鋭く睨みつけた。


『……誰だ』


低い、殺気を孕んだ声。


『旦那様? どうなさいました? 魔獣反応はありませんわ』


私の術式盤には、何も映っていない。

周囲の熱源は、倒した魔獣と彼ら自身のものだけだ。


『いや……魔獣じゃない』


ジェラルド様は額の汗を拭い、油断なく周囲を警戒しながら後退りした。


『視線だ。……それも、獲物を見る獣の目じゃない。もっと、こう……値踏みするような、理性のある視線を感じた』


『理性のある、視線?』


私は義眼を操作し、彼が見ている暗がりを拡大した。

しかし、そこには揺れる発光苔と、冷たい岩肌があるだけだ。

私の探知結界をすり抜ける存在?

そんなものが、この深淵にいるというの?


ゾクリと、背筋が粟立った。

魔獣よりも恐ろしい「何か」が、すぐ近くに潜んでいるような予感。


『……気のせいかもしれません。ですが、長居は無用です。急ぎましょう』


『ああ。全速力で戻るぞ!』


一行は駆け出した。

義眼がその後を追う。

私は最後まで、その「暗がり」を監視し続けたが、結局何も映ることはなかった。



数十分後。

無事に屋敷へ帰還したジェラルド様たちが持ち帰った魔石により、魔導炉は再び力強い輝きを取り戻した。

屋敷中の灯りが明るくなり、空調の音が頼もしく響く。


「ご苦労様でした、ジェラルド様」


玄関ホールで出迎えた私に、彼は兜を脱いで微笑んだ。

だが、その瞳の奥には、消えない警戒色が宿っていた。


「……ミランダ。やはり、何かいた」


彼は声を潜めて言った。


「確証はない。だが、あの視線は……戦場で斥候せっこうに見られている時の感覚に似ていた」


「斥候、ですか」


私は顎に手を当てた。

この地底に、人間がいる?

古代人の生き残り?

それとも、私たちと同じように落ちてきた遭難者?


「……監視の階梯レベルを引き上げますわ」


私は決断した。

ただの引きこもり生活ではない。

ここは敵地だ。

姿の見えない隣人がいるのなら、鍵を二重にも三重にも掛ける必要がある。


「屋敷の『影』に注意を払いましょう。……光あるところに、影は必ず落ちるものですから」


私の言葉に、ジェラルド様は無言で頷いた。


その時。

廊下の角を曲がった先で、一つの影が揺らいだ気がした。

気のせいか。

それとも、すでに招かれざる客は、敷居を跨いでいるのか。


平和な晩餐の裏で、見えない歯車が静かに回り始めていた。

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