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悪役令嬢は引きこもる  作者: 九葉(くずは)
第2章

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第2話 風の浄化陣を守れ

異変は、静かに忍び寄っていた。


「……空気が、重いですわね」


魔導管理室で、私はふと顔を上げた。

喉の奥に、ざらりとした違和感がある。

まるで、何年も換気をしていない地下倉庫に閉じ込められたような、よどんだ感覚。


『奥様、大変です! 厨房の侍女が一名、めまいを起こして倒れました!』


伝声石から、リリア様の焦った声が響く。

私は即座に、術式盤コンソールの魔力計を確認した。


「……そんな」


表示された数値を見て、血の気が引いた。

屋敷内の「清浄な気」の濃度が、緩やかに低下している。

逆に、微量だが「瘴気」の反応が出始めていた。


この屋敷は、完全密閉された箱舟だ。

外気を取り込む際は、屋上に設置された「風の浄化陣」を通し、毒気を濾過ろかして循環させている。

その循環が、止まりかけているのだ。


「原因特定。……屋上、第四区画」


映写水晶クリスタルを切り替える。

そこに映し出されたのは、屋敷の尖塔の根元にある魔法陣だ。

本来なら青く輝いているはずの巨大な「風の魔石」が、どす黒く変色し、無惨にもひび割れていた。


昨晩の転移の衝撃か。

あるいは、異界の瘴気が想定以上に濃く、魔石の処理能力を超えてしまったのか。


「ジェラルド様!」


私は部屋の隅で武具の手入れをしていた夫を呼んだ。


「緊急事態です。屋上の浄化石が砕けました。このままでは、あと半日で屋敷は毒の壺になります」


「なっ……! 直せるのか?」


「予備の魔石はあります。交換すれば機能は戻りますわ」


私は立ち上がり、棚から子供の頭ほどもある純白の魔石を取り出した。

ずしりと重い。


「ですが、場所が悪いわ」


私は天井を指差した。

屋上。

つまり、結界の外側だ。


「結界を一瞬だけ局所的に解除し、外に出て交換作業を行う必要があります。ですが、生身の人間が出れば、瘴気で肺がただれてしまう」


「俺が行く」


ジェラルド様が即答した。

彼は自身の顔を厚い布で覆い、剣をく。


「呼吸を止めて作業すればいい。三十秒……いや、一分なら耐えられる」


「却下です」


私は冷徹に告げた。


「貴方を危険に晒すわけにはいきません。それに、魔石の同調作業は繊細な魔力制御が必要です。武官の貴方には無理ですわ」


「だが、ミランダが行くなど論外だ!」


「ええ。私も外には出ません」


私はニヤリと笑い、部屋の隅に待機させていた「遠隔義体(試作二号)」を指差した。


「私には、可愛い身代わりがいますから」



作戦はこうだ。

私が地下室から義体を操作し、屋上へ出る。

ジェラルド様は屋根裏の天窓から、周囲の警戒に当たる。


『同調、完了』


視界が切り替わる。

私は今、重い魔石を抱えた人形として、屋根裏部屋への梯子を登っていた。


『ミランダ、聞こえるか?』


頭上の天窓が開く。

そこには、巨大な魔導弩まどうどを構えたジェラルド様がいた。

瘴気を防ぐため、口元を布で覆い、目元だけを出している。


『ええ、同調率は良好ですわ。……では、行きます』


私は義体の足で、屋根へと踏み出した。


ヒュオオオオオ……。


不気味な風の音が集音水晶を叩く。

空がない世界。

見上げれば、遥か頭上に燐光を放つ岩盤の天井。

眼下には、死のような静寂を湛えた地底湖。


美しいけれど、生物を拒絶する世界だ。

義体の白磁の肌が、瘴気に触れてチリチリと音を立てる。

生身でなくて本当によかった。


私は滑りやすい瓦屋根の上を、慎重に進んだ。

目指す尖塔までは、あと十メートル。


『……静かだな』


ジェラルド様の声が、伝声石越しに響く。

彼は天窓から身を乗り出し、鋭い視線で周囲を警戒している。


『ええ。魔獣の気配はありません。今のうちに……』


私は尖塔の基部に到着した。

砕けた魔石を取り出し、新しい石を嵌め込む。

ここまでは順調。

あとは、魔力を流して回路を繋ぐだけ。


私は手袋を外し、魔石に指を触れた。

集中する。

屋敷の血管と、新しい心臓を接続するイメージ。


その時だった。


『――ッ! ミランダ、上だ!』


ジェラルド様の鋭い警告。

私は反射的に見上げた。


岩盤の暗がりから、無音で滑空してくる影があった。

翼長四メートルはあるだろうか。

皮膜の翼を持つ、エイとコウモリを混ぜたような異形の怪鳥。

それが、長い尻尾を槍のように突き出し、私(義体)めがけて急降下してきた。


「きゃっ!」


私は交換中の魔石を庇い、身を縮めた。

義体には攻撃手段がない。

このままでは破壊される!


ヒュンッ!

ドスッ!


風切り音と共に、銀色の閃光が走った。

ジェラルド様の放った太矢ボルトだ。

魔力を纏った矢は、正確に怪鳥の眉間を貫いた。


『ギャァッ!』


怪鳥が悲鳴を上げ、バランスを崩して屋根の向こうへ墜落していく。


『助かりました、旦那様!』


『礼は後だ! まだ来るぞ!』


見上げれば、岩陰から次々と影が飛び出してくる。

一、二……十匹以上。

群れだ。

彼らは屋敷から漏れ出る魔力に引き寄せられ、エサだと思って集まってきたのだ。


『くそっ、数が多い!』


ジェラルド様が次々と矢を放つ。

百発百中。

さすがは辺境の守護者だ。

次々と怪鳥が撃ち落とされるが、それでも数は減らない。

一匹が私の背後に回り込み、鋭い爪で義体の肩を引き裂いた。


バリッ!


『うっ……!』


痛覚はないが、視界が砂嵐のように歪む。

左腕の魔導繊維が断裂した。

魔石を支える手が震える。


『ミランダ! 一旦戻れ!』


『いいえ! ここで止めたら、また最初からです!』


私は歯を食いしばった(イメージをした)。

魔石の魔力充填率は八割。あと少しだ。

私は片腕で魔石を押さえ込み、残りの魔力を注ぎ込む。


『お願い、繋がって……!』


頭上から、三匹の怪鳥が同時に襲いかかってくる。

ジェラルド様の矢が二匹を落とすが、最後の一匹が私の目の前まで迫る。

大きく開かれた口。

並んだ牙。


もうダメか。


ドガァァァン!!


轟音が響いた。

私の目の前で、怪鳥が「爆発」した。

いいえ、爆発したのではない。

横合いから飛んできた「何か」に直撃され、粉砕されたのだ。


それは、巨大な鉄の塊――戦鎚ウォーハンマーだった。


『ガハハハ! 小鳥ごときに手間取るとは、情けないぞ息子よ!』


屋根の下、張り出した望楼の縁から、豪快な笑い声が聞こえた。

エレオノーラ様だ。

彼女は手すりに足をかけ、ブンブンと腕を回している。

どうやら、あの巨大な戦鎚を、ここより低い位置から剛腕で投げ上げたらしい。


『母上!? いつの間に!』


『騒がしいから起きてきた! ……嫁! 手元がお留守だぞ!』


『は、はいっ!』


お義母様の援護に、私は正気を取り戻した。

最後の魔力路を接続。

術式を固定。


カッ!


純白の魔石が、眩い青色の光を放った。

「風の浄化陣」、再起動。

尖塔を中心に、清浄な風の結界がドーム状に広がっていく。


『ギギッ!?』


結界に触れた怪鳥たちが、浄化の力に焼かれ、悲鳴を上げて逃げ惑う。

瘴気が払われ、屋敷の周囲に安全地帯が確保された。


『……接続、完了!』


私は義体の膝から力が抜けるのを感じた。

成功だ。


『よくやった、ミランダ!』


ジェラルド様が天窓から飛び出し、屋根を滑り降りてきた。

彼は私(義体)を抱きかかえると、素早く天窓の中へと引き戻した。



地下の魔導管理室。

私は頭から宝冠を外し、大きく息を吐いた。


「ふぅぅぅ……。寿命が縮まりましたわ」


全身びっしょりと冷や汗をかいている。

義体越しとはいえ、死の恐怖は本物だった。


『お疲れ様です、義姉様!』


リリア様が冷たい水を持ってきてくれる。

それを一気に飲み干すと、ようやく生きた心地がした。


術式盤の表示を見る。

屋敷内の空気清浄度は「上昇中」。瘴気反応は「消失」。

空気は守られた。


「……ありがとう、ジェラルド様。お義母様も」


私は伝声石に向かって礼を言った。

二人の武力がなければ、私は屋根の上で鉄屑になっていただろう。


『気にするな。……君が無事でよかった』


屋根裏から戻ってきたジェラルド様の声は、少し弾んでいた。

どうやら、久しぶりに私の役に立てたことが嬉しいらしい。


『ふん。朝飯前の運動だ』


エレオノーラ様の声も聞こえる。

彼女は今頃、投げた戦鎚を庭(結界内)まで拾いに行っているのだろう。


「ですが、分かりましたわ」


私は映写水晶に映る、不気味な地底湖を見つめた。


ここは敵地だ。

一歩外に出れば、そこは死の世界。

そして、私たちの「城」は、あまりにも目立ちすぎる獲物だということ。


「……もっと、備えが必要ですわね」


空気は確保した。

次は魔力エネルギーだ。

そして何より、この屋敷を狙う「外敵」への迎撃手段も。


引きこもり生活を守るためなら、私は要塞ごと怪物になってやる。

私は決意を新たに、次なる「改修計画」の羊皮紙を広げた。

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