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悪役令嬢は引きこもる  作者: 九葉(くずは)
第2章

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第10話 公認された引きこもりと、深淵からの呼び声

平和な午後の陽射しが、修復された窓から差し込んでいた。


「……素晴らしい眺めですわ」


私は魔導管理室の壁に、真新しい額縁を飾った。

中に入っているのは、王家の紋章が入った羊皮紙。

そこには優美な文字で、こう記されている。


『ヴォルフィード辺境伯夫人ミランダに対し、永続的な「在宅防衛任務」を命じる。公的行事への出席義務を免除し、要塞の維持管理に専念することを許可する』


要約すれば、「国家公認の引きこもり許可証」だ。

国王陛下も粋な計らいをしてくださる。

これさえあれば、面倒なお茶会も、王都への召喚も、すべて「公務(在宅)」を理由に断れる。

私にとっては、爵位よりも価値のある紙切れだ。


『義姉様、見てください! 動きました!』


映写水晶クリスタルから、弾んだ声が聞こえる。

画面の中では、リリア様が頭に宝冠サークレットを載せ、私の予備の義体ゴーレムを操作していた。

ぎこちない動きだが、義体が不器用に手を振っている。


「筋が良いですわ、リリア様。魔力の波長が適合しています」


私は伝声石で褒めた。

どうやら彼女には、技術者としての才能があったらしい。

最近では「隠し避難所」に自分好みの家具を持ち込み、第二の拠点にしつつある。

素晴らしい。

この屋敷に、頼もしい「引きこもり同盟」が結成されたわけだ。


『ふふ、これでお兄様が部屋に入ってきても、狸寝入りしながら追い返せますね!』


『……リリア、俺の扱いが酷くないか?』


画面の隅で、ジェラルド様が肩を落としているのが見えた。

平和だ。

筋肉の嵐が去り、陰湿な学者が去り、ここには穏やかな時間だけが流れている。



その夜。

主寝室で、私はジェラルド様の背中に湿布を貼っていた。

激戦の疲れか、それともお義母様に叩かれた古傷か、少し背中が張っているようだ。


「……痛みますか?」


「いや、心地いいよ。君の手は温かい」


彼はリラックスした様子で、寝台に腰掛けている。

私は作業を終え、彼の方へ回り込んだ。

ふと、脇机サイドテーブルに置いてある「あの本」――お義母様からの贈り物である『関節技の奥義書』に目が留まった。


ジェラルド様もそれに気づき、ビクリと体を強張らせた。


「ミランダ。……その、練習台にはならないぞ?」


「あら。試してみたくはありませんか? 第三章、『愛の三角絞め』とか」


私が悪戯っぽく指を伸ばすと、彼は本気で青ざめて後ずさった。


「勘弁してくれ。母上に技をかけられた時の音が、今でも悪夢トラウマなんだ」


「ふふっ。冗談ですわ」


私は彼の隣に座り、肩に頭を預けた。

逞しい腕が、そっと私を包み込む。


「……ありがとう、ミランダ」


彼がポツリと言った。


「君がこの家に来てくれて、本当に良かった。母上も、リリアも、そして俺も。君に救われたんだ」


「救われたのは私の方です。……こんな変わり者の私に、居場所をくださったのですから」


私は目を閉じた。

冷たい鉄の扉を閉ざし、世界を拒絶していた私。

でも今は、その扉の内側に、大切な人たちがいる。

それだけで、この要塞は冷たい牢獄ではなく、温かい城になるのだ。


「愛しています、ジェラルド様」


「ああ。俺もだ」


口付けが落ちてくる。

甘く、優しい時間。

私たちは互いの体温を感じながら、深い安らぎの中に沈んでいった。


その時は、思っていた。

この平和が、ずっと続くと。

この屋敷の秘密は、すべて暴ききったと。


そう、信じていたのだ。



深夜。

ふと目が覚めた私は、喉の渇きを覚えて寝台を抜け出した。

ジェラルド様は隣で安らかな寝息を立てている。

起こさないようにそっと部屋を出て、習慣のように地下の管理室へと足を向けた。


冷たい水を飲み、一息つく。

帰ろうとして、ふと制御卓の警告灯が「黄色」に点滅しているのに気づいた。


「……? 故障かしら」


私は眉をひそめた。

動力炉は安定している。

侵入者もいない。

結界も正常だ。


なのに、なぜ?


私は操作盤を叩き、信号の発生源を探った。

外部ではない。

内部だ。

それも、動力炉のある最下層――地下四層よりも、さらに「下」。


「……え?」


表示された深度計の数値を、私は二度見した。

地下二百メルテ。

そんな深さに、部屋など存在しないはずだ。

実家の父から受け継いだ設計図にも、そんな階層は記されていない。


しかし、確かにそこから「信号」が届いている。

規則的な、鼓動のような魔力波長。

まるで、今まで眠っていた何かが、私の魔力に呼応して目覚めたかのような。


『――認証。契約者マスターの生体反応を確認』


合成音声ではない。

もっと古く、掠れたような声が、伝声石からではなく、私の頭蓋骨に直接響いた。


『封印区画、第五階層、奈落アビス。……解放儀式、待機中』


ゾクリと、背筋に悪寒が走った。

第五階層?

この要塞に、まだ私の知らない「底」があるというの?


映写水晶には、ただ真っ暗な闇が映し出されているだけだ。

だが、その闇の奥から、何かがこちらを見上げているような気配がした。


「……ジェラルド様」


私は無意識に、夫の名を呟いていた。

この屋敷は、ただの防衛要塞ではないのかもしれない。

もっと恐ろしい、あるいはもっと偉大な「何か」を隠すための、蓋なのかもしれない。


闇の鼓動は止まない。

私の「引きこもり生活」を脅かす、新たな謎の予兆。


私は震える手で、制御卓の「封鎖」レバーを握りしめた。

見なかったことにする?

いいえ。

技術屋の好奇心が、それを許さない。


「……退屈はしなさそうですわね」


私はニヤリと、強がりの笑みを浮かべた。

受けて立とうじゃないの。

地底の謎だろうが、古代の呪いだろうが。

この屋敷の管理者は私だ。

私の許可なく、勝手な真似はさせない。


私は新たな戦い――第3章の予感を胸に、闇に向かって静かに宣戦布告した。


「おはようございます、未知なる同居人さん。……家賃は高くつきますわよ?」

最後までお読みいただき、ありがとうございました!


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― 新着の感想 ―
アビスに何がいるのかとても気になります…!
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