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悪役令嬢は引きこもる  作者: 九葉(くずは)
第2章

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第8話 事後処理という名の公開処刑

熱気が引いていく。

地下の魔導管理室で、私は大きく息を吐いた。


「……終わった」


震える手が、白磁の茶器カップを求めて空を掴む。

喉が渇いているのに、飲む気力が起きない。

それほどの緊張感だった。


だが、休んでいる暇はない。

物理的な危機は去ったが、まだ社会的な危機が残っている。


私は映写水晶クリスタルを睨みつけた。

一階の大広間。

そこでは、腰を抜かしていたザイラスが、よろよろと立ち上がるところだった。

彼は青ざめた顔で周囲を見回し、無事な姿の国王陛下と目が合うと、途端に喚き始めた。


『へ、陛下! ご無事ですか! ああ、なんという欠陥だらけの廃墟だ!』


第一声がそれか。

私は冷ややかな怒りで、目の前が赤く染まるのを感じた。


『見たでしょう、陛下! 私が正規の手順で接続した途端、炉が暴走したのです! これは罠です! 辺境伯夫人が、私を陥れるために仕組んだに違いありません!』


『……罠だと?』


陛下が眉をひそめる。

ジェラルド様が剣の柄に手をかけ、一歩踏み出す。


『貴様……! よくもぬけぬけと! 妻は警告したはずだ!』


『警告? ハッ! あんなものは保身の口実だ! 最初から壊れるように細工されていたのだ! 技術伯の娘ごときが管理していたのだから、整備不良に決まっている!』


ザイラスは唾を飛ばして叫んだ。

自分の失敗を認めるくらいなら、他人に罪を擦り付ける。

典型的な小悪党の思考だ。


「……許さない」


私は低く呟いた。

私の管理能力を侮辱するのはいい。

だが、屋敷このこを「欠陥品」呼ばわりすることだけは、絶対に許さない。

この要塞は、古代の職人たちが魂を込めて作り、私が愛を込めて磨き上げた芸術品なのだから。


「同調、再開」


私は頭に宝冠サークレットを装着した。

意識を大広間の「遠隔義体」へと飛ばす。

まだ動くはずだ。



『陛下! 直ちにあの女を捕らえてください! 国家転覆を狙った反逆者ですぞ!』


ザイラスが陛下の足元に縋り付こうとする。

近衛兵が止めようとした、その時。


『――お黙りなさい』


凛とした声が、広間に響いた。

ザイラスがギョッとして振り返る。

壁際で停止していた私(義体)が、ゆっくりと歩み出てきたのだ。


『なっ……人形!? まだ動くのか!』


『ええ。貴方様と違って、私の整備は完璧ですので』


私は義体の口を通して、氷のような冷笑を浮かべた。

そして、陛下の御前へ進み、深く一礼する。


『国王陛下。お見苦しいところをお見せしました。……事態の収拾がつきましたので、ご報告に上がりました』


『うむ。……ミランダよ、動力炉は?』


『停止しました。私の義母はは、エレオノーラの手によって』


『そうか。……して、ザイラスの申す通り、これは屋敷の不備なのか?』


陛下の瞳が、私を射抜く。

試されている。

感情的に否定すれば、泥仕合になるだけだ。

必要なのは、反論の余地のない事実のみ。


『いいえ。これは人為的な破壊工作です』


私は断言した。


『証拠がございます』


私が指を鳴らすと、広間の空中に魔力の霧が凝縮し、巨大な幻影を結んだ。

それは数分前、ザイラスが術式盤の前に立っていた時の記録映像だ。


『な、なんだこれは! 勝手に撮っていたのか!』


『防衛要塞として、操作記録を残すのは当然の義務ですわ』


映像の中で、ザイラスが赤く点滅する領域に手を伸ばしている。


『音声、再生』


私の声と共に、あの時の会話が再生される。


『触るな! それは「排熱用の緊急放出弁」だ! 開けたら屋敷が溶けるぞ!』

『嘘をつくな! どうせまた、私の邪魔をするための虚仮威こけおどしだろう!』

『強制解錠!!』


ザイラスの声が、広間にこだまする。

警告を無視し、自らの意思で禁忌を踏み抜いた瞬間が、鮮明に映し出されていた。


『あ、ああっ……』


ザイラスが後ずさる。

顔面蒼白だ。

言い逃れはできない。

そこには、彼が自分の杖で封印を破壊する「魔力波長」まで記録されているのだから。


『ご覧の通りです、陛下』


私は静かに告げた。


『彼は、管理者からの明確な警告を無視し、あろうことか安全装置を故意に破壊しました。これは過失ではありません。……要塞の自爆術式を起動させた、破壊工作です』


『ち、違う! 私は知らなかったのだ! 古代語の解釈が……』


『知らない?』


私は冷ややかに笑った。


『王立魔導院の筆頭学者が? 古代語の権威である貴方様が、「禁忌デンジャー」の文字も読めなかったと仰るのですか?』


『うぐっ……』


『読めなかったのなら無能。読めていてやったのなら大罪人。……どちらになさいます?』


詰みだ。

逃げ場はない。

ザイラスは口をパクパクと開閉させ、言葉を失った。


陛下が、深く溜息をついた。


『……見損なったぞ、ザイラス』


『へ、陛下! お待ちください! これは……!』


『余の命をも危険に晒したその所業。もはや弁明の余地なし』


陛下が手を振る。

近衛兵たちが一斉に動き、ザイラスを取り押さえた。


『は、放せ! 私は筆頭学者だぞ! 国の宝だぞ!』


往生際悪く暴れるザイラス。

その時、広間の入り口から、どす黒い殺気が流れ込んできた。


『……宝だと?』


地獄の底から響くような声。

全員の視線が釘付けになる。


そこには、全身煤だらけで、ドレスの裾が焼け焦げたエレオノーラ様が立っていた。

髪はボサボサ、肌は汗と油で汚れ、まるで鬼神のような形相だ。


『お義母様……』


『ひっ……!』


ザイラスが悲鳴を上げる。

エレオノーラ様は、ザイラスの目の前まで大股で歩み寄ると、その胸倉を片手で掴み上げた。


『おい、学者崩れ。……あんな熱い風呂は初めてだったぞ』


彼女がニカッと笑う。

その笑顔は、どんな魔獣よりも恐ろしかった。


『お前のおかげで、いい汗をかかせてもらった。……礼に、王都まで私が「護送」してやろうか? 途中で馬車の車輪が外れて、地面を引きずることになるかもしれんがな』


『い、いやぁぁぁっ! 助けてくれぇぇぇっ!』


ザイラスが白目を剥いて失禁した。

もはや、学者としての威厳など欠片もない。


『連れて行け』


陛下の命令で、ザイラスは引きずられていった。

その情けない絶叫が消えると、大広間には静寂が戻った。


私は義体を通じて、深く息を吐いた。

終わった。

今度こそ、本当に。


『……見事であった』


陛下が私(義体)の前に立った。

その表情は、先ほどまでの厳しいものから、穏やかなものへと変わっていた。


『ヴォルフィード夫人よ。そなたの管理能力、そして危機に際しての冷静な判断。……王立の学者などより、余程信頼に足るものであった』


『勿体なきお言葉です』


『よって、この要塞の管理権は、引き続きヴォルフィード家に一任する。……いや、そなた個人に託そう』


陛下が宣言した。

これは、国からの正式なお墨付きだ。

もう誰も、私からこの屋敷を奪おうとはしないだろう。


『ありがとうございます、陛下』


私は最敬礼をした。

隣でジェラルド様が、誇らしげに胸を張っているのが見えた。

そして、その横ではエレオノーラ様が、近衛兵から水を奪い取って一気飲みしていた。


ああ、なんと騒がしく、愛おしい我が家だろうか。

私は地下室で、本体の唇を綻ばせた。


これでようやく、安眠が手に入る。

……そう思っていたのだが。


『ところで夫人よ』


陛下が悪戯っぽい笑みを浮かべた。


『その「遠隔義体」とやら。……余も一体、欲しくなったのだが?』


「……はい?」


地下室で、私は素っ頓狂な声を上げてしまった。


『公務が忙しくてな。たまには人形を玉座に座らせて、余も自室でゆっくりしたいのだ』


まさかの、国王陛下からの「影武者人形」の発注。

ジェラルド様が天を仰ぎ、エレオノーラ様が「ガハハ!」と豪快に笑う。


私の平穏な引きこもり生活は、まだまだ前途多難のようだった。

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