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悪役令嬢は引きこもる  作者: 九葉(くずは)
第2章

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第7話 灼熱の迷宮と、最強の突撃隊長

「暑い……!」


地下の魔導管理室でさえ、じわりと汗ばむ熱気に包まれていた。

映写水晶クリスタルに映る大広間は、すでに湯気で白く霞んでいる。


『警告。炉心温度、計測不能。防壁の溶解を開始』


無機質な合成音声が、破滅への秒読みを告げる。

ザイラスが破壊した封印は、動力炉の「排熱弁」だった。

蓋を失った鍋のように、膨大な魔力熱が屋敷の地下から噴き上がり、逃げ場を失って循環しているのだ。


制御不能きかない……ダメ、術式が通らない!」


私は制御卓を叩いた。

遠隔操作での冷却は不可能。

魔力回路そのものが熱で歪み、私の命令を受け付けなくなっている。


止める方法は一つだけ。

動力炉の直下にある「緊急停止用の制動桿レバー」を、物理的に引き下ろすこと。

だが、そこは今、最も熱い地獄の釜の底だ。


「ジェラルド様!」


私は遠隔義体ゴーレムを通じて叫んだ。

大広間では、夫が国王陛下を庇いながら、出口へと誘導している。


『ミランダ! 動力炉か!? 俺が行く!』


「いけません! 貴方は陛下をお守りして! 王を死なせるわけにはいきません!」


ジェラルド様が苦渋の表情で足を止める。

その通りだ。

彼が動けば、誰が陛下を守るのか。

腰を抜かして失禁しているザイラスになど、任せられるはずがない。


では、誰が?

私の本体ここから動力炉までは距離がありすぎる。

到着する頃には、私は干物になっているだろう。


その時。

湯気の中から、真紅のドレスを纏った巨体が現れた。


『おい嫁。……何か困っているようだな』


エレオノーラ様だ。

彼女は暑さなど意に介さず、肩に担いだ戦鎚ウォーハンマーを軽く叩いた。


『暴れている元凶を、叩き潰せばいいのか?』


「……お義母様」


私は一瞬、躊躇った。

彼女は魔導の素人だ。

だが、この状況で頼れるのは、あの常識外れの肉体しかない。


「叩き潰すのではありません。……『引き下ろす』のです」


私は覚悟を決めた。


「地下最深部、動力炉の部屋に、三本の鉄の棒があります。それを同時に、床まで引き下ろしてください。そうすれば魔力の供給が断たれます」


『ほう。力仕事か』


エレオノーラ様がニヤリと笑った。


『任せろ。この屋敷の蒸し風呂は少々熱すぎるからな。私が止めてやる』


「お待ちください! 通路は高圧の蒸気が噴き出しています。普通の人間なら皮がただれますわ!」


『普通?』


彼女は鼻を鳴らし、ドレスの裾を破り捨てて動きやすい格好になった。


『誰に向かって言っている。……私は「鮮血熊」だぞ? 火竜の息吹に比べれば、ただの湯気だ!』


ドン!

彼女が床を蹴った。

その勢いで大理石が砕ける。

彼女は迷うことなく、熱源の中心――地下への階段へと飛び込んだ。



私は管理室の映写水晶を切り替えた。

地下通路の監視映像だ。


そこは地獄だった。

配管が破裂し、白い蒸気が刃物のような勢いで噴射している。

視界は最悪。

温度は百度を超えているだろう。


だが。


『ふんッ!』


その中を、赤い流星が突き進んでいた。

エレオノーラ様だ。

彼女は「闘気」と呼ばれる不可視の鎧を身に纏い、蒸気の波を正面から突破していく。


『ぬるい! ぬるいわぁぁぁっ!』


彼女が戦鎚を一閃させる。

道を塞いでいた瓦礫が粉砕され、道が開く。


「……信じられない」


私は呆然と呟いた。

魔導による防御結界なしで、あの熱波の中を走るなんて。

生物としての構造が違いすぎる。


「お義母様! 次の角を右です! 左に行くと魔力溜まりに巻き込まれます!」


私は通路の「伝声石」を使って叫んだ。

道案内ナビだけは、完璧にこなさなければ。


『右だな! 承知!』


彼女は壁を蹴って直角に曲がる。

その時、天井の配管が轟音を立てて崩落し始めた。

鉄骨が彼女の頭上へ降り注ぐ。


「危ない!」


『邪魔だ!』


ドゴォォォン!!


彼女は足を止めず、戦鎚を斬り上げるように振るった。

鉄骨がひしゃげ、天井にめり込む。

彼女はその下を、掠り傷ひとつ負わずに駆け抜けた。


『嫁! まだか! 汗をかいてきたぞ!』


「も、もうすぐです! 正面の分厚い扉の向こうが動力炉です!」


『扉か! 鍵はあるか!』


「生体……いえ、魔力認証ですが、今は回路が焼き切れて……」


「開きません」と言う前に、轟音が響いた。


ドガァァァン!!


映像の中で、分厚い防護扉が蝶番ちょうつがいごと吹き飛んでいた。

彼女が体当たりでぶち破ったのだ。

鍵など、彼女の前では飾りに過ぎない。


『着いたぞ!』


エレオノーラ様が動力炉室に踏み込む。

そこは、魔力の暴走の中心地。

青白い火花と、赤い熱気が渦巻く死の世界。


部屋の中央、唸りを上げる巨大魔石の下に、目的のものはあった。

三本の巨大な制動桿レバー

だが、それらは高熱で赤熱し、周囲の空間が陽炎で歪んで見えるほどだ。


『あれだな!』


「そうです! ですが触らないで! 直接触れれば手が溶けます!」


私は布か何かを探そうと指示を出しかけた。

だが、彼女は止まらなかった。


『問答無用!』


ジュッ!


肉の焼ける音。

彼女は素手で、真っ赤に焼けた鉄の棒を握りしめた。

三本のうち、二本を両手で。

残る一本を、なんと足で器用に踏みつける。


『ぬぅぅん!!』


彼女の全身から、湯気が上がった。

背中の筋肉が鋼のように隆起する。

熱いどころではないはずだ。

激痛が走っているはずだ。

なのに、彼女の顔には苦悶ではなく、猛獣のような笑みが浮かんでいた。


『この程度の熱で……ヴォルフィードの女が止まるかぁぁぁっ!!』


ガギギギギ……!


錆びつき、熱膨張で固着していたレバーが、悲鳴を上げて動き出す。

鉄がねじ切れる寸前の音。


「いけぇぇぇっ! お義母様!」


私も管理室で叫んでいた。


ガチャン!!!


重い金属音が響いた。

三本のレバーが、床まで完全に下ろされた。


瞬間。

動力炉の唸り声が止んだ。

暴走していた魔力の光がフッと消え、部屋の照明だけが頼りなく点滅する。

排熱口が開き、溜まっていた熱気が一気に外部へと放出されていく音。


『……停止確認。炉心温度、低下中』


合成音声が告げる。

止まった。

屋敷は守られたのだ。


『……ふぅ』


映像の中で、エレオノーラ様が手を離した。

その掌は黒く焦げているはずだ。

だが、彼女は気にする素振りもなく、落ちていた布で手を拭うと、天井の監視水晶を見上げた。


すすだらけの顔。

焼けたドレス。

乱れた髪。

けれど、その姿はどんな舞踏会の貴婦人よりも美しく、強かった。


彼女はニカッと笑い、親指を立てて見せた。


『どうだ、嫁。……いい運動だったぞ』


私は椅子にへたり込んだ。

涙が出てきた。

安堵と、そして心からの敬意で。


「……完敗ですわ、お義母様」


私は伝声石に向かって、震える声で答えた。


「貴女こそ、最強の……この要塞の守護者です」


私の言葉を聞いて、エレオノーラ様は満足げに頷くと、その場に大の字になって寝転がった。


『さて。……風呂を沸かしておけよ。ぬるいのは嫌いだからな』


『はい。最高に熱いのを用意しておきます』


私は泣き笑いの表情で約束した。


危機は去った。

だが、まだ終わっていない。

この騒動を引き起こした元凶。

安全な場所で腰を抜かしている、あの愚かな学者への「清算」が残っている。


私は涙を拭い、キッと前を見据えた。


「さあ……反撃の時間ですわ」


私は冷却の始まった制御卓に向かい、保存されていた「事故記録ログ」の編集を開始した。

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