第6話 天才 vs 秀才
大広間の中央に、重厚な石の台座が設置された。
屋敷の魔導回路へ外部から接続するための、正規の接点だ。
『では、始めようか』
王立魔導院の筆頭学者、ザイラスが傲然と進み出た。
彼の手にあるのは、禍々しい紫色の光を放つ杖。
国宝級の魔導具、「万能鍵の杖」。
あらゆる結界を強制的に解き、扉を開く権能を持つ秘宝だ。
地下の管理室で、私は冷ややかにその様子を見つめていた。
「……道具頼みとは、嘆かわしい」
私は制御卓の前に座り直し、指先をポキポキと鳴らした。
道具が良いのは認める。
だが、それを使う人間が三流なら、名剣もただの鉄屑だ。
ザイラスが杖を台座のくぼみに突き立てた。
『開け、古代の叡智よ! 我が王家の名の下に、その全権を明け渡せ!』
ドォン!!
衝撃が走った。
物理的な揺れではない。
屋敷中に張り巡らされた魔力路が、外部からの異物侵入に悲鳴を上げたのだ。
「うわっ……雑!」
私は顔をしかめた。
繊細な解読も、認証手続きもない。
ただ膨大な魔力を流し込み、鍵穴を内側から破壊しようとする暴力的な侵入。
あれが「学者のやり方」?
まるで野盗が斧で扉を叩き割るのと同じじゃない。
『ほうら見ろ! 防御障壁など紙切れ同然だ!』
ザイラスが高笑いする。
映写水晶の数値が警告色に染まる。
第一層、突破。
第二層、突破。
彼の杖の力は本物だ。このままでは、本当に中枢まで到達される。
「……力押しがお好きなら、受け流してあげましょう」
私は口元を歪めた。
正面からぶつかれば、屋敷の回路が焼き切れてしまう。
ならば、柔術のように相手の力を利用して、別の場所へ投げてやればいい。
私は制御卓の制御桿を操作した。
中枢へと続く主要回路を遮断。
代わりに、かつて父が「不要魔力の廃棄場」として設定した、偽装回路を接続する。
「接続先変更。……どうぞ、お客様をご案内して」
カチリ。
術式が切り替わる。
ザイラスの魔力が、抵抗なく奥へと吸い込まれていった。
彼は気づいていない。
自分が進んでいる道が、王座への階段ではなく、行き止まりの迷宮であることを。
◇
『――掌握完了!』
大広間で、ザイラスが杖を掲げた。
台座が青く輝き、彼の手元に魔導文字が浮かび上がる。
それは「管理者権限の取得」を示す(偽の)反応だった。
『見たか、陛下! これが王立魔導院の力です!』
ザイラスが得意満面で振り返る。
国王陛下が眉を上げた。
『ほう。……もう終わったのか?』
『造作もありません。所詮は道楽の素人が作った障壁。本職にかかれば赤子の手をひねるようなものです』
ザイラスは私(義体)を鼻で笑った。
私の義体は、わざとらしく狼狽えてみせた。
『そ、そんな……。私の権限が……奪われた?』
『ハッハッハ! 悔しいか? だがこれが現実だ!』
ザイラスは空中に浮かぶ術式盤に指を走らせた。
もちろん、それも私が用意した偽物だ。
『では陛下、実演をお見せしましょう。まずは……屋敷の照明制御から』
彼が指を弾く。
パッ、と屋敷の一角が明るくなった。
『おお……』
近衛兵たちがどよめく。
しかし、ジェラルド様だけが怪訝な顔をしていた。
彼は窓の外を見て、首を傾げている。
『……ザイラス殿。あそこは馬小屋では?』
そう。
彼が点灯させたのは、大広間ではなく、裏庭にある馬小屋の魔導灯だ。
しかも、馬たちが驚いていなないている声が微かに聞こえる。
『ち、小さいことだ! 次は空調だ!』
ザイラスが焦って別の文字を叩く。
ゴオオオオ……という音が響く。
『どうだ! 暖かくなっただろう!』
『……厨房の送風機が逆回転している音に聞こえるが』
ジェラルド様が冷ややかに指摘する。
厨房の方角から、煤混じりの風が逆流してくるのが見えた。
『ええい、うるさい! 武官風情が口を挟むな!』
ザイラスが顔を真っ赤にした。
おかしい。
彼の認識では、大広間のシャンデリアが輝き、心地よい暖風が吹いているはずなのだ。
なぜなら、彼の手元の画面には「成功」と表示されているから。
地下室で、私は腹を抱えて笑っていた。
傑作だ。
彼は自分が「王座」に座っていると思っているが、実際には「子供用の玩具」を与えられているに過ぎない。
『……ザイラスよ』
国王陛下が、低い声を出した。
その目は、期待外れのものを見る冷たい光を宿していた。
『余には、お前が屋敷を掌握したようには見えんのだが? 先ほどから馬を驚かせ、煤を撒き散らしているだけではないか』
『そ、それは……回路の接触が悪く……』
ザイラスが脂汗を流す。
彼の矜持が、音を立てて崩れていく。
背後では、エレオノーラ様があくびを噛み殺していた。
『なんだ、退屈だな。もっと派手に爆発せんのか?』
『煽らないでくださいまし、お義母様』
私(義体)が小声で言うと、ザイラスがギロリと私を睨んだ。
『貴様……! 何かしたな!?』
『まさか。私は何もしておりませんわ』
私は無実を装って首を振った。
『ただ、古代の要塞は人を見る、と申します。……貴方様のやり方が、お気に召さなかったのでは?』
『黙れ! 黙れ黙れ!』
ザイラスが激昂し、杖にさらなる魔力を注ぎ込んだ。
彼の目は血走り、冷静さを失っていた。
『ならば、もっと深い場所……屋敷の心臓部を直接書き換えてやる!』
彼は操作盤の奥深く、赤色で表示された領域へと手を伸ばした。
それを見た瞬間、地下の私の背筋が凍った。
「あっ」
そこは偽装ではない。
偽装回路の奥に隠しておいた、本物の「深層領域」への入り口。
ただし、そこは制御盤ではなく――。
『おい、やめろ! その赤い術式は……!』
私(義体)が叫んだ。
ジェラルド様も異変を感じて剣に手をかける。
『触るな! それは「排熱用の緊急放出弁」だ! 開けたら屋敷が溶けるぞ!』
『嘘をつくな! どうせまた、私の邪魔をするための虚仮威しだろう!』
ザイラスは聞く耳を持たなかった。
彼は勝利への焦りから、禁忌の封印に指を突き立てた。
『王立魔導院の威光を見よ! 強制解錠!!』
パリン。
乾いた音が、大広間に響いた。
直後。
屋敷の床下から、地鳴りのような重低音が湧き上がってきた。
ゴゴゴゴゴゴゴ……!!
『な、なんだ!?』
ザイラスがよろめく。
彼の手元の操作盤が、警告の赤色に染まり、黒い煙を噴き上げた。
『警告。動力炉、臨界点突破。排熱機能停止。……魔力崩壊まで、あと十分』
無機質な合成音声が、死の宣告を告げる。
大広間の気温が、急激に上昇し始めた。
「……馬鹿な男」
私は地下室で、頭を抱えた。
おもちゃで遊ばせておけばよかったのに、無理やり壁を壊して、自爆装置を押しに行った。
これだから、現場を知らない学者は嫌いなのだ。
「ジェラルド様! お義母様!」
私は義体を通じて叫んだ。
もう、芝居をしている場合ではない。
「退避してください! 屋敷が吹き飛びます!」
『なんだと!?』
国王陛下が玉座から立ち上がる。
ザイラスは腰を抜かし、煙を上げる杖を取り落とした。
『あ、あわわ……私は、私は知らない……!』
『知らないで済むか、このたわけが!』
エレオノーラ様が怒鳴り、ザイラスの胸倉を掴み上げた。
平和な視察は終わった。
ここからは、屋敷の存亡を懸けた、本当の戦いだ。
私は制御卓のレバーを全て「緊急冷却」へと叩き込んだ。
「……尻拭いは私の仕事、ですか。上等ですわ!」
技術屋の意地、見せてあげる。




