第5話 招かれざる学者と、胡散臭い視察
「……胃が痛いですわ」
地下の魔導管理室。
私は制御卓の前で、深く溜息をついた。
今日がその日だ。
国王陛下の視察。
本来なら名誉なことだが、私にとっては「引きこもり生活の危機」でしかない。
「同調、開始」
私は頭に宝冠を装着した。
意識が飛び、視界が切り替わる。
今、私は一階の大広間に立っている「遠隔義体・試作二号」の中にいる。
前回の「腕脱落事件」の反省を活かし、関節部を錬金鋼で強化した頑丈な改修型だ。
『義姉様、背筋が曲がっていますよ』
隣で囁くのは、リリア様だ。
彼女も正装し、緊張した面持ちで立っている。
反対側には、軍服姿のジェラルド様。
そして、その横には――。
『遅い! 王族なら時間を守れんのか!』
真紅のドレスの上から甲冑を纏い、背中に巨大な戦鎚を背負ったエレオノーラ様が貧乏ゆすりをしていた。
迫力が凄まじい。
国王を出迎える格好ではないが、誰も止められないので放置されている。
その時、重厚なラッパの音が響いた。
玄関の大扉が開かれる。
『国王陛下、御到着!』
近衛兵の声と共に、初老の男性が入ってきた。
灰色の髪に、理知的な瞳。
この国の頂点、国王陛下だ。
私たちは一斉に頭を下げた。
『面を上げよ』
陛下の声は穏やかだった。
しかし、その背後に続く人物を見た瞬間、私の(本体の)眉間が寄った。
痩せぎすで、神経質そうな男。
王立魔導院の制服である濃紺のローブを纏い、手には仰々しい宝石のついた杖を持っている。
筆頭学者、ザイラスだ。
彼は屋敷の内装を見回し、鼻で笑った。
『フン。……無駄に広いだけの古道具だな』
第一声がそれか。
私は内心で舌打ちをした。
この屋敷の美しさが分からないなんて、美的感覚が死んでいる。
『ようこそおいでくださいました、陛下』
ジェラルド様が一歩進み出る。
陛下は鷹揚に頷いた。
『久しいな、辺境伯。……して、そちらが噂の夫人か?』
陛下の視線が、私(義体)に向けられる。
私は優雅に礼をした。
『お初にお目にかかります。ミランダ・ヴォルフィードでございます』
『うむ。……ほう?』
陛下が目を細めた。
気づかれたか?
いや、私の義体の精巧さは、王都の職人でも見抜けないはずだ。
『……人形だな?』
割り込んできたのは、ザイラスだった。
彼は無礼にも私に近づき、ジロジロと顔を覗き込んだ。
『微かだが魔力の残滓を感じる。本体はどこかの部屋に隠れて、遠隔操作しているのだろう。……国王陛下の御前であるぞ! なんという不敬か!』
ザイラスが杖で床を突く。
空気が凍りついた。
『やむを得ない事情があるのです』
ジェラルド様が即座に庇ってくれた。
『妻は病弱でして、医師から絶対安静を言い渡されております。しかし陛下への忠義を示すため、こうして魔導具を用いて……』
『言い訳無用!』
ザイラスが叫ぶ。
『そもそも、たかが技術伯の娘ごときが、この古代要塞の管理権を独占していること自体が異常なのだ! 女にこれほどの魔導兵器を扱えるはずがない!』
出た。
典型的な「王立魔導院」の思考。
古い権威主義と、男尊女卑の権化のような男だ。
私は義体の中で、冷ややかな視線を彼に向けた。
扱えるはずがない?
現に私は、貴方たちが解析不能で放置していたこの屋敷を、たった一人で再稼働させたのですが?
『ザイラスよ。言葉が過ぎるぞ』
陛下がたしなめるが、その口調には本気の怒りは感じられない。
むしろ、ザイラスを泳がせているようだ。
『しかし陛下! 考えてもご覧なさい。この屋敷は国境の要。もしこの女が敵国に寝返ったら? あるいは感情の縺れで暴走したら? この国は終わりですぞ!』
ザイラスが大袈裟に両手を広げる。
『個人の、それも情緒不安定な女に任せるには、危険が大きすぎる。……直ちに管理権を剥奪し、我ら王立魔導院の管轄下に置くべきです!』
それが本音か。
要するに、私の成果を横取りしたいだけだ。
『……一理あるな』
陛下が顎を撫でた。
『確かに、強大すぎる力は国が管理するのが道理。……辺境伯、どう思う?』
ジェラルド様が拳を握りしめる。
彼は反論しようと口を開いたが、それより先に、背後の「赤熊」が動いた。
『おい、そこの痩せぎす』
エレオノーラ様が、肌が粟立つような殺気を放ちながら前に出た。
『さっきから聞いていれば、ガタガタと……。私の嫁を愚弄するか』
彼女が背中の戦鎚に手をかける。
近衛兵たちが慌てて槍を構える。
まずい、流血沙汰になる!
『お、お義母様! 落ち着いてください!』
私(義体)が慌てて止める。
ここで暴れれば、それこそ「管理能力なし」と判断されてしまう。
『……ザイラス殿』
私は努めて冷静な声を出した。
『貴方様のご懸念は理解できます。ですが、この屋敷の術式は複雑怪奇。テックライン家の血統認証も必要です。王立魔導院の方々に、扱いきれるとは思えませんが』
『ハッ! 愚かな!』
ザイラスが嘲笑った。
『我らは王国の叡智だぞ? 古代語の解読にかけては、野良の技術屋など足元にも及ばんわ!』
彼は懐から、一枚の羊皮紙を取り出した。
そこには、王印が押された「強制捜査令状」があった。
『陛下より許可は頂いている。……今から私が、この屋敷の中枢に接続し、正しい管理方法というものを実演して見せよう』
彼は私(義体)を睨みつけた。
『お前のような道楽の素人ではなく、本職の宮廷魔導師がどう動かすか、勉強させてやる。……その上で、管理権を譲渡してもらうぞ』
完全な言いがかりだ。
でも、陛下は黙認している。
これは「試験」なのだ。
私がこの屋敷の主として相応しいか、それとも国に明け渡すべきか。
地下室で、私はニヤリと笑った。
いいでしょう。
そこまで言うなら、お相手しますわ。
「……後悔なさいませんね?」
私(義体)が問うと、ザイラスは鼻で笑った。
『後悔するのはお前だ、小娘』
売られた喧嘩だ。
買わねばなるまい。
「ジェラルド様。……大広間に、外部接続用の台座を用意してください」
私が告げると、ジェラルド様は心配そうに私(義体)を見たが、やがて力強く頷いた。
『分かった。……存分にやれ、ミランダ』
夫の許可は下りた。
姑も「やってしまえ」という顔で腕を組んでいる。
私は制御卓に向き直り、指の関節をポキポキと鳴らした。
王立魔導院? 筆頭学者?
肩書きだけの温室育ちに、現場叩き上げの技術屋の怖さを教えてあげる。
「ようこそ、私の盤上へ」
大広間の空気が変わる。
学者と引きこもり。
矜持と実益を懸けた、魔導術式の掌握戦が始まろうとしていた。




