表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
悪役令嬢は引きこもる  作者: 九葉(くずは)
第2章

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

14/30

第4話 本体は出ません。人形でお茶を

扉の向こうから、咀嚼音が聞こえる。

クチャ、クチャ、バリボリ。


「……野生的すぎますわ」


私は魔導管理室の椅子で頭を抱えた。

あれから二時間。

エレオノーラ様は、私の部屋の鉄扉の前で完全にくつろいでいた。

持参した干し肉を齧り、水筒の酒を煽り、まるで戦場の野営地のように陣取っている。


『母上、そろそろ客間へ移動しませんか。床の上では体が痛くなりますよ』


ジェラルド様の嘆願が聞こえる。


『軟弱なことを言うな。石畳の上で寝てこそ、戦士の背骨は鍛えられるのだ』


『ここは屋敷の中です! 戦場じゃありません!』


会話が成立していない。

私は深い溜息をついた。

このままでは、私がかわやに行くこともままならない。

部屋の中に設備はあるけれど、扉のすぐ向こうに姑がいる状況で用を足すなど、貴族の矜持が許さない。


その時、ジェラルド様が扉に近づき、小声で囁いた。


『……ミランダ。聞こえているか』


私は操作盤の「伝声石」を起動した。


「ええ。騒がしくて耳が痛いくらいですわ」


『すまない。……提案なんだが、あれを使えないか? 今朝見せてくれた、あの人形を』


私はハッとした。

遠隔義体ゴーレム

私そっくりの姿をした、魔導操作人形。


『母上は「顔を見せろ」と言っている。だが、君が直接会うのは危険すぎる。……人形を代わりに行かせて、茶でも出せば、とりあえずの面目は立つんじゃないか?』


「……なるほど」


一理ある。

顔を見せろと言うなら、見せてやればいい。

それが生身の肉体である必要はないはずだ。


「分かりました。……ただし、あの方は野性の勘が鋭そうですわよ? バレたら余計に怒るのでは?」


『その時は俺が盾になる。頼む、この状況を打開したいんだ』


ジェラルド様の悲痛な声。

愛する夫にそこまで言わせては、断れない。


「了解しました。……『ミランダ一号』、起動します」


私は制御卓の別のレバーを引いた。

部屋の隅に安置されていた等身大の人形が、カクリと動いた。

私は頭に「同調の宝冠サークレット」を装着し、意識を人形へと飛ばす。


フッ、と視界が切り替わる。

私の目は今、人形に埋め込まれた水晶の義眼を通して世界を見ている。


「動作確認。……よし」


私は(人形の体で)立ち上がり、優雅に臣下のカーテシーの練習をした。

少し関節がぎこちないが、薄暗い廊下なら誤魔化せるだろう。

私は手押しの配膳台に熱い茶と焼き菓子を載せ、管理室の裏口――資材搬入用の隠し通路へと向かった。



数分後。

地下通路の曲がり角から、私は配膳台を押して姿を現した。


『あら、お義母様。こんな所でお待たせして申し訳ありません』


私が(人形の口で)声をかけると、あぐらをかいていたエレオノーラ様がバッと振り返った。


『おお! やっと出てきたか!』


彼女は立ち上がり、じろじろと私(人形)を観察した。

距離、約二メートル。

心臓が――本体の方の心臓が――早鐘を打つ。

バレるか?

作り物の肌だと気づかれるか?


しかし、エレオノーラ様はニカッと笑った。


『なんだ、思ったより華奢で小さいな。こんな細腕であの死の罠を操っていたのか』


気づいていない。

地下の薄暗さと、私の精巧な作り込みの勝利だ。

私は安堵しつつ、配膳台の上の銀の急須を手に取った。


『お見苦しいところをお見せしました。……粗茶ですが、歓迎のしるしに』


私は白磁の杯に茶を注ぎ、差し出した。

エレオノーラ様はそれを片手で受け取り、一気に煽った。

熱くないのだろうか。


『うむ! 悪くない香りだ!』


彼女は空になった杯を台に置き、豪快に笑った。


『気に入ったぞ、ミランダ! 罠で私を試し、最後は自ら茶を持ってくるその度胸! 辺境伯の嫁として合格だ!』


『は、はあ。恐縮です』


誤解だ。

私は本体を安全圏に置いたまま、人形を送り込んだだけなのだが。

しかし、怪我の功名だ。

これで彼女の機嫌が直れば、客間へ移動してもらえる。


『ジェラルド! お前もいい嫁をもらったな!』


『あ、ああ……そうですね』


ジェラルド様が冷や汗を流しながら相槌を打つ。

彼はハラハラしながら、私(人形)と母上の距離を警戒している。


『よし! ならば祝いだ! 今夜は朝まで飲み明かすぞ!』


エレオノーラ様が、感極まった様子で一歩踏み出した。


『これからのヴォルフィード家を頼んだぞ、嫁!』


ドォォォン!!


彼女の巨大な掌が、親愛の情を込めて、私(人形)の背中を叩いた。


バキッ。

ガシャァァァン!


嫌な音がした。

私の視界がガクンと傾く。


『……ん?』


エレオノーラ様が固まった。

ジェラルド様が天を仰いだ。


私の右腕――茶を注ぐために前に出していた腕が、肩の関節から外れ、ボトりと床に落ちたのだ。

さらに、叩かれた衝撃で首の魔導繊維が切れ、頭部が百八十度回転して背中側を向いてしまった。


静寂。

地下通路に、腕が落ちた乾いた音だけが響く。


『……し、死んだ?』


エレオノーラ様が、震える手で自分の掌を見つめた。


『わ、私が……ちょっと叩いただけで……嫁の腕が取れて、首が回って……死んだぁぁぁぁっ!?』


『違います母上! 落ち着いてください!』


ジェラルド様が叫ぶが、エレオノーラ様は狼狽ろうばいしている。

顔面蒼白になり、私(人形)の落ちた腕を拾い上げようとして、さらに足を踏み外し、人形の胴体ごと押し倒してしまった。


ガシャン!

錬金術で強化された白磁の体が砕ける音。

完全にバラバラだ。


地下の管理室で、本体の私は頭を抱えた。

「あーあ……」


もう誤魔化せない。

私は壊れた人形に残った「伝声石」の回線を最大出力にした。

床に転がった人形の生首が、口を開く。


『……お義母様。痛いですわ』


『ひぃぃぃぃっ!? 生首が喋ったぁぁぁっ!!』


最強の女傑、鮮血熊のエレオノーラ様が、腰を抜かして尻餅をついた。

涙目になっている。

可愛いところあるじゃない、お義母様。


『ご安心ください。私は死んでおりません』


私は淡々と説明した。


『それは私の作った「魔導人形」です。本体は、まだ部屋の中にいますので』


『……は?』


エレオノーラ様が、涙を拭って生首を見つめた。

そして、恐る恐るその断面――歯車と魔導繊維が詰まった首の付け根――を覗き込んだ。


『人形……? これが?』


彼女は落ちていた腕を拾い上げ、その指を動かしてみた。

精巧な関節。

人間そっくりの質感。


『お前が作ったのか? この部屋の中から、これを動かしていたのか?』


『ええ。私が外に出るのは危険ですので』


怒られるだろうか。

不誠実だと、また戦鎚を振り回されるだろうか。

私は身構えた。


しかし。


『……すごい』


エレオノーラ様が呟いた。

その目に宿っていたのは、怒りではなく、純粋な驚嘆だった。


『私が触るまで、人間だと思っていた。……これがあれば、戦場で矢面に立たずとも、敵将の首を取れるのではないか?』


発想が物騒だ。

でも、彼女は壊れた人形の部品パーツを、まるで宝石でも見るかのようにキラキラした目で見つめている。


『ミランダ! お前、天才か!』


『はい?』


『これだ! 私が求めていたのはこれだ! 老いて足腰が弱っても、これがあれば一生戦える!』


彼女はガバッと立ち上がり、鉄の扉に顔を近づけた。


『おい嫁! これの「頑丈なやつ」は作れんのか! 私の全力の殴打に耐え、ドラゴンの炎にも溶けないやつだ!』


『い、いえ、素材的にそこまでは……』


『金ならある! 南の別荘を売ってでも作る! 私専用の「最強の代理人」を作ってくれ!』


まさかの展開だ。

筋肉至上主義の姑が、魔導技術の虜になってしまった。

いや、彼女にとってはこれも「新しい武器(筋肉の延長)」に見えているのかもしれない。


『母上、とりあえず落ち着いてください。ミランダも困っています』


ジェラルド様が助け舟を出すと、エレオノーラ様はハッと我に返り、咳払いをした。


『……うむ。すまん。取り乱した』


彼女は壊れた人形の腕を、丁寧に配膳台の上に置いた。


『悪かったな、壊してしまって。……詫びに、この修理費は私が持つ。だから、あとでその……設計図とやらを見せてくれんか?』


扉越しに伝わる、モジモジとした気配。

私は思わず吹き出しそうになった。


「分かりましたわ、お義母様」


私は本体の口で、直接答えた。


「まずは客間へ行って、泥を落としてきてください。詳しいお話は、その後で」


『うむ! 約束だぞ!』


エレオノーラ様は嬉しそうに頷くと、戦鎚を担ぎ直し、上機嫌で階段を登っていった。

その後ろ姿は、来た時よりもずっと軽やかに見えた。


「……やれやれ」


私は宝冠を外し、椅子に深く沈み込んだ。

とりあえず、最大の危機は去ったようだ。

扉は守られた。


しかし、新たな問題が発生した気がする。

あの脳筋お義母様が、魔導技術に目覚めてしまったら。

屋敷中が「強化された筋肉魔導具」で溢れかえる未来が見える。


「ジェラルド様……貴方の家、大変なことになりそうですわよ」


水晶の中で、疲れ切った顔で床の白磁片を片付ける夫を見ながら、私は苦笑した。


まあいい。

少なくとも、彼女は私の道楽(技術)を否定しなかった。

それだけで、この「遠隔茶会」は成功だったと言えるだろう。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ