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悪役令嬢は引きこもる  作者: 九葉(くずは)
第2章

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第3話 歓迎の罠と、筋肉の祭典

ガシャァァァァン!!


けたたましい破壊音が、地下の魔導管理室まで響いてきた。


「……嘘でしょう?」


私は映写水晶クリスタルを見て絶句した。

玄関ホールの結界を叩き続けていたエレオノーラ様が、突然、標的を変えたのだ。

彼女は戦鎚ウォーハンマーを振り回し、玄関横の「強化硝子の窓」を枠ごと粉砕して、屋敷の中へ飛び込んできたのだ。


『お邪魔するよ! 玄関が渋いなら、窓から入るのが礼儀だろう!』


「どこの蛮族の礼儀ですか!?」


私は制御卓に向かって叫んだ。

あそこの窓は、北部の極寒を防ぐための二重断熱構造なのに!

修理費がいくらかかると思っているの!


『母上! 窓を割らないでください!』


遅れてジェラルド様が窓から飛び込んでくるが、エレオノーラ様は止まらない。

彼女は赤絨毯の上を、猛牛のように突き進んでくる。

目指すは、地下への階段だ。


「……させませんわ」


私は奥歯を噛み締めた。

私の聖域に、土足で踏み込ませてなるものですか。


「第一防衛術式、起動。『大沼の粘液スライム・マッド』!」


私がレバーを引くと同時に、廊下の床から無色の粘着液が染み出した。

これは古代の沼地に生息していた粘獣スライムの体液を再現したものだ。

一度踏み込めば、強力な粘着力で足を取られ、身動きが取れなくなる。


『ぬ? なんだこれは』


映像の中のエレオノーラ様が、足元の異変に気づいた。

よし、これで動きが止まるはず――。


『ふんッ!』


彼女は鼻を鳴らし、あろうことか「助走」をつけた。


『ヌルヌルして滑りやすいな! ならば、こうだ!』


彼女は粘着液に足を取られるどころか、それを潤滑油にして、まるで氷上の舞踏のように滑り出したのだ。

重い戦鎚を竿さおのように操り、バランスを取りながら高速で廊下を滑走していく。


『ひゃっはー! 絨毯よりも速いぞ!』


「な……っ!?」


私は口を開けて呆然とした。

物理法則はどうなっているの?

あの粘液は「くっつく」性質なのに、なぜ「滑る」の?

彼女の足腰の筋力が、液体の粘性抵抗をねじ伏せているというの?


「くっ、なら次はこれよ! 第二術式、『捕縛の網』!」


滑走してくる彼女の頭上から、天井が開き、鋼鉄の糸で編まれた網が落下した。

飛竜ワイバーンでも捕獲できる強度の網だ。

これなら避けられない!


バサッ!


網が彼女を覆い尽くした。

動きが止まる。

勝った!


『……邪魔だぁぁぁっ!!』


ブチブチブチィッ!!


耳を疑うような音がした。

エレオノーラ様は、網に絡まったまま腕を広げ、力任せに鋼鉄の糸を引きちぎったのだ。

まるで蜘蛛の巣を払うかのように。


『嫁! こんな手芸用の糸で、私が止まると思ったか!』


「手芸用!? それは対飛竜用の拘束網ですわよ!」


私の悲鳴は、彼女の豪快な笑い声にかき消された。

彼女は千切れた網を襟巻き(マフラー)のように首に巻き付け、さらに加速する。


もう、地下への入り口は目の前だ。

ジェラルド様は、粘着床に足を取られて廊下の入り口で苦戦している。

これが正常な反応だというのに!


「最後の手段ですわ……! 空間湾曲術式、『無限回廊』!」


私は禁断の起動紋を押した。

地下へと続く螺旋階段。

その空間を魔導的に歪め、降りても降りても元の場所に戻る円環ループを作り出す。

これなら、物理的な速度など関係ない。

永久に階段を降り続けるがいいわ!


『む?』


階段に飛び込んだエレオノーラ様が、足を止めた。

数歩降りて、違和感に気づいたようだ。

景色が変わらないことに。


『なるほど、幻術の類か。降りられないなら……』


彼女は階段の手すりに足をかけた。


『飛び降りればいい!』


「は?」


彼女は螺旋階段の中央、吹き抜けになっている空間へ向かって、身を躍らせた。

そこは高さ十メートル以上の空間だ。

しかも、階段自体に術式をかけているため、空中は対象外。


『とぉぉぉっ!』


ドォォォォォォン!!


轟音と共に、地下の最下層に土煙が舞った。

彼女は着地したのだ。

術式の及ばない「空中」を落下するという、蛮族極まりない方法で。

膝のバネだけで衝撃を殺し、彼女は何事もなかったように立ち上がった。


「ば、化け物……」


私は震える手で、最後の鉄扉の封鎖を確認した。

もう術式はない。

残るは、この扉の物理的な強度のみ。


ズシン、ズシン。


足音が近づいてくる。

映写水晶には、目の前まで迫ったエレオノーラ様の顔が大写しになっている。

彼女は扉の前で立ち止まり、肩に担いだ戦鎚を下ろした。


『……ふぅ。いい運動だった』


彼女は汗一つかいていなかった。

そして、鉄扉をコンコンと叩いた。


『おい、嫁。そこにいるんだろう』


「…………」


私は息を潜めた。

ここで返事をしたら、扉を突き破って入ってくるかもしれない。


『開かないな。……さっきの玄関より硬そうだ』


彼女は扉の表面を撫でた。

古代文字が刻まれた、冷たい黒鉄の扉。


『ふん。……いい扉だ』


意外な言葉だった。

怒鳴り散らすかと思っていたのに、彼女の声色はどこか楽しげだった。


『私が本気で叩いても、屋敷は揺らぐだけで壊れなかった。それに、あの粘液も網も、殺意はなかった。……ただの「拒絶」だ』


彼女は扉に背中を預け、ドカッと座り込んだ。


『ジェラルドの奴、とんでもない嫁をもらいおったな。こんな要塞を一人で操るとは』


「……え?」


私は思わず声を漏らした。


『お? いるのか。……安心しろ、もう叩かん』


エレオノーラ様は、懐から干し肉を取り出し、齧り始めた。


『私はな、弱い女が嫌いなんだ。泣けば済むと思っているような軟弱者はな。……だが、お前は違うようだ』


彼女はニヤリと笑い、天井の監視水晶を見上げた。

私と目が合う。


『物理で勝てぬなら、知恵と技術で城を守る。……悪くない。ヴォルフィードの嫁として、最低限の合格点はくれてやる』


合格点?

私が?

あれだけの死のトラップを仕掛けて、泥だらけにさせたのに?


『だがな!』


彼女は食べかけの干し肉を扉に投げつけた。


『顔も見せずに合格とはいかんぞ! 私は納得したわけじゃない! お前が出てくるまで、ここから一歩も動かんからな!』


「……はぁ」


私は深い溜息をついた。

結局、居座る気だ。

しかも、私の部屋の扉の真ん前で。


「どうしますの、これ」


私は椅子に深く沈み込んだ。

物理攻撃は止んだ。

しかし、精神的な重圧プレッシャーは増している。


映写水晶の中で、ようやく追いついたジェラルド様が、母上の隣で息を切らして座り込むのが見えた。


『すまん、ミランダ……止められなかった』


『ふん、情けない息子だ。嫁の網一つ破れんとは』


『母上が異常なだけです!』


扉の向こうで始まる、筋肉親子の口論。

騒がしい。

私の静寂な地下室が、まるで市場の喧騒のようだ。


でも。

私の入れた茶が冷める頃には、不思議と恐怖心は薄れていた。

あの人は、話が通じない野蛮人だと思っていたけれど。

「城を守る」という意思だけは、理解してくれたようだから。


「……長期戦になりそうですわね」


私は新たな茶葉を用意し始めた。

扉を開けるつもりはない。

けれど、この騒がしい来訪者たちをどう「おもてなし」するか。

技術屋としての腕の見せ所かもしれない。

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