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悪役令嬢は引きこもる  作者: 九葉(くずは)
第2章

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第1話 平穏の崩壊と、最強の来訪者

第2章スタートです!!

平和だ。

地下の魔導管理室には、今日も静寂と、魔導熱盤で沸かした茶の香りが満ちている。


「……同調率、良好。関節駆動、調整完了」


私は制御卓の椅子に深く腰掛け、手元の小さな操作盤を弄っていた。

壁一面の「映写水晶クリスタル」には、一階の大広間が映し出されている。


そこには、私そっくりの姿をした人形――「遠隔義体ゴーレム」が立っていた。

精巧な陶器の肌に、本物の髪の毛を植え込み、関節を魔導繊維で繋いだ自信作だ。


『義姉様、すごいです! 本当にそこにいるみたい!』


水晶の中で、義妹のリリア様が目を輝かせて人形の手を握っている。

私は操作盤の「伝声石」に向かって囁いた。


「ありがとう、リリア様。でも、あまり強く握らないで。まだ指先の出力制御が甘いの」


私の言葉に合わせて、画面の中の人形の唇が動く。

音声は人形の喉に埋め込んだ魔石から共鳴させる仕組みだ。


これさえあれば、私はこの快適な地下室から一歩も出ることなく、屋敷中の巡回や、使用人への指示出しができる。

まさに引きこもりのための究極兵器。

我ながら、天才的な発明だわ。


「さて、今日の業務は……」


私が予定表の羊皮紙を確認しようとした、その時だった。


バタンッ!!


背後の重厚な鉄扉が、乱暴に開かれた。

入室を許可しているのは、世界でたった一人だけ。

私の夫、ジェラルド様だ。


「ミランダ! 大変だ!」


普段は冷静沈着な「氷の将軍」が、珍しく息を切らせている。

その顔色は、雪原のように蒼白だった。

軍服の襟元が乱れているのも気にせず、私の元へ大股で歩み寄ってくる。


「……どうなさいました? まさか、また怪しい女が屋敷に?」


私が冗談めかして聞くと、彼は首を横に振り、震える手で一通の書簡を差し出した。

王家の紋章が押された、分厚い羊皮紙だ。


「王都から、早馬が来た。……国王陛下だ」


「陛下が?」


「来週、この屋敷へ視察にいらっしゃるそうだ。『宰相の謀略を阻止した古代要塞と、それを操る英雄を一目見たい』と」


私は眉をひそめた。

英雄?

ただ快適に暮らすために害虫駆除をしただけなのだが。


「面倒ですわね。……でも、大丈夫ですわ」


私は操作盤を指で叩いた。

国王陛下といえど、私の聖域ここに入らせるつもりはない。


「この『遠隔義体』で対応します。本体は体調不良ということにして、人形で茶を濁して……いいえ、お茶を振る舞って差し上げれば」


「問題は、陛下だけじゃないんだ」


ジェラルド様が、私の言葉を遮った。

その声には、明らかな恐怖が滲んでいた。

戦場で数多の敵を斬り伏せてきた彼が、怯えている?


「……もっと恐ろしい方が、来る」


「恐ろしい方?」


「母上だ」


私は瞬きをした。

母上。

つまり、先代の辺境伯夫人、エレオノーラ様のことか。

隠居して南方の別荘にいると聞いていたが。


「お義母様がいらっしゃるのですか? それは……まあ、少し気は遣いますが」


貴族の嫁姑問題。

確かに気重ではある。

「孫はまだか」とか「掃除が行き届いていない」とか、ネチネチと言われるのは想像に難くない。


「でも、私が直接会う必要はありませんわ。この人形越しに、優雅にご挨拶を……」


「ミランダ。君は分かっていない」


ジェラルド様が、私の両肩を掴んだ。

その瞳は真剣そのものだ。


「母上は、そんな常識が通じる相手じゃない。……あの方は、『北の鮮血熊ブラッディ・ベア』と呼ばれた御方だ」


「……はい?」


今、なんと?

熊?


「父上が亡くなった際、攻め込んできた蛮族の首領を素手で締め上げ、講和を結ばせた伝説の女傑だ。俺の剣術の師匠でもあり……正直、俺でも三回に一回しか勝てない」


私は絶句した。

あの人間離れした強さを持つジェラルド様が、勝てない?

素手で?


「その母上が、手紙でこう言ってきた。『可愛い息子をたぶらかして、屋敷を乗っ取った悪女の顔を拝みに行く。根性が曲がっているようなら、私が物理的に叩き直してやる』と」


「ぶ、物理的に?」


「ああ。比喩じゃない。……母上は『魔導』を信じていない。『鋼と筋肉こそが正義』という信条の持ち主だ」


ジェラルド様が頭を抱えた。


「俺が結婚の報告を遅らせたせいで、母上は君を『息子を操る魔女』だと誤解している。このままでは、この管理室の扉ごと粉砕されかねない」


私は背筋が寒くなるのを感じた。

この部屋は、古代の防御結界で守られている。

イザベラの雇った私兵団や、戦斧程度なら傷一つ付かない。

だが、その「鮮血熊」とやらが相手だと、どうなる?


「……ジェラルド様。防衛結界の出力を、最大まで上げます」


私は即断した。

国王陛下の接待どころではない。

生命の危機だ。


本体わたしは絶対に出ません。断固として、引きこもりを継続します」


「ああ、それがいい。俺も全力で止めるが……相手が母上だと、どこまで持つか」


その時だった。


ビーッ! ビーッ!


室内に、不穏な警告音が鳴り響いた。

壁の警告灯が赤く点滅する。

何事?


「侵入者検知! ……早い!」


私は慌てて映写水晶を操作した。

屋敷の敷地内ではない。

もっと遠く、領地の境界線付近を監視する長距離水晶の映像だ。


「な、なんですの……あれ」


画面を見て、私は息を呑んだ。


地平線の彼方。

雪原の向こうから、巨大な砂煙――いや、雪煙が上がっていた。

まるで雪崩か、魔獣の群れが突進してきているような迫力。


ズズズズ……。


微かな地響きが、この地下深くまで伝わってくる。


画像を拡大する。

雪煙の先頭を走っているのは、豪奢な馬車だった。

だが、様子がおかしい。

御者台ではない。

馬車の屋根の上に、誰かが仁王立ちしている。


真紅のドレスを翻し、戦鎚ウォーハンマーのような巨大な鉄塊を肩に担いだ、大柄な女性。

馬車を引く四頭の馬たちは、恐怖にかられて限界速度を超えて走らされている。

その女性の顔には、獲物を狩る猛獣のような獰猛な笑みが張り付いている。


『ジェラァァァルゥドォォォ!!』


水晶越しでも聞こえるほどの、腹の底に響く咆哮。

馬車が道を外れ、森の木々をなぎ倒しながら、最短ルートでこちらへ突っ込んでくる。


「ひっ」


私は思わず椅子の上で縮み上がった。

あれが、お義母様?

貴族のご婦人?

嘘でしょう、あれは歩く天災カタストロフよ!


「くそっ、もう来たのか! 予定より三日も早い!」


ジェラルド様が剣を抜き、私の前に立った。

頼もしい背中だが、今日ばかりは少し頼りなく見える。


「ミランダ、扉を封鎖しろ! 絶対に開けるなよ!」


「は、はいっ! 貴方も死なないでくださいね!」


ジェラルド様が部屋を飛び出し、鉄扉が閉まる。

私は震える手で、防御術式のレバーを限界まで押し込んだ。


ガゴンッ!

分厚いかんぬきが降り、青白い結界の光が扉を覆う。

完全な密室。

私の最強の盾。


でも、水晶の中の「熊」と目が合った瞬間、私は確信してしまった。

この平穏な引きこもり生活に、かつてない危機が迫っていることを。


「……私の安眠を邪魔するなら、例えお義母様でも容赦しませんわ」


私は操作盤を握りしめ、自分自身を鼓舞した。

これは戦争だ。

嫁と姑の、物理と魔導を懸けた、仁義なき籠城戦の幕開けだ。

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