市街戦はいつでも泥沼
新世界暦2年2月25日 中露国境地帯 ブラゴヴェシチェンスク郊外
気候変動の影響で大量の立ち枯れやら泥濘地やらが発生して悲惨なことになっているが、そんなところに泥にまみれて伏せている兵士が大勢いた。
もっとも、それを知った上で上空からみればわかるだけで、日が昇るかどうかの時間に、正面から見れば偽装や浅い壕が掘られていることもあってまったくわからない、と言うのが正直なところである。
『極東艦隊が巡航ミサイルを発射。着弾と同時に砲兵が15分の突撃支援射撃を行う。ブラゴヴェシチェンスクを侵略者どもから取り返せ!連中を川に追い落としてやれ!』
無線から支援攻撃が始まることを告げる音声が流れる。
かつての指導者が砲兵は戦場の神であると言ったとか言わないとか言われる国だけあって、今もロケット砲を含む砲兵が西側に比べて多い。
ちなみに西側でこの手の曲射兵器過剰なのは、榴弾砲がかなり削減されたとはいえ、陸自だったりする。なお、120mm迫撃砲は増えた模様。
大陸における国境線が何になるか?
一部植民地で宗主国が勝手に引いた直線はこの際無視するとして、万人に分かりやすく、かつそれによって生活圏や文化圏が分断される事が多いもの。つまり河や山脈である。
それ自体が障壁となることで衝突を阻害する役割を果たすのもその理由であろう。
ただし、自然物であるがゆえに、中洲が出来たり河の流れが変わったり山が崩れたりで国境紛争の要因になったりもするわけだが。
中露国境もその例に漏れず、河がそのまま国境になっている。
橋がかけられていないあたりに両国の仲の良さがにじみ出ているが、中国側が黒河、ロシア側がブラゴヴェシチェンスクという、両国国境でほぼ唯一都市が隣接しているこの場所も、その境界は河である。
そんな場所を水陸両用車と浮橋で一気に急襲した中国軍の狙いはボストチヌイ宇宙基地の破壊、もしくは占領であることは明白であった。
さすがに榴弾砲の射程には遠いが、長射程の大型地対地ロケットや地対地ミサイルなら余裕の射程内であり、現状でも宇宙基地としての機能は喪失したも同然であり、中国側の目標は交戦状態に入った時点で半ば達成されている。
ロシア側からすれば国内唯一かつ主力のロケット打ち上げ基地が使用不能、というのは各国が衛星打ち上げを競っている状況では重大な損失である。
歴史的にも有名なバイコヌール宇宙基地はカザフスタン国内にあり、ロシアがカザフスタンから金銭でリースしているので、あまり頼りたくないというのが本音である。
『巡航ミサイルが着弾。目標の破壊率は45%。相当数が迎撃された模様』
旧オホーツク海にいる極東艦隊が援護のために発射した巡航ミサイルは、射程重視の亜音速、米軍でいうとトマホークのようなものである。
低空を這うように飛行するので、敵に遠距離で探知されることは避けられるものの、近接防御が充実した正規軍の場合は終末段階で迎撃される可能性は非常に高い。
そして、中国軍がそれだけ近接防御能力を上げている理由は別に巡航ミサイル対策、というわけではない。
『着弾観測ドローンの損耗率70%。敵は近接防空火器がかなり充実している模様。特に大口径の機関砲には注意せよ』
歩兵にとって大口径の機関砲や重機関銃というのは、狙われたくない兵器筆頭である。
一時は対空兵器として射程の短さから時代遅れとされた対空機関砲だが、ここにきて小型ドローン対策として復権してきており、じゃあついでに対地戦闘もさせよう、という感じの各国で新型対空自走砲が出てきている。
『支援砲撃開始。全戦車部隊は前進を開始。歩兵部隊は作戦計画に合わせて行動を開始せよ。各随伴防空部隊は敵ドローンを優先して破壊せよ』
軍用ドローンというと一部紛争で猛威を振るった自爆型ドローンを連想する向きもあるが、最大の脅威は継続的な偵察行動、という古今東西の戦場を制してきた活動である。
『これより戦場全域にECMを行う。敵ドローンの動きには十分留意せよ』
仮に上空を飛行しているのが徘徊自爆型ドローンだった場合、ECMで司令部に情報を送れなくなれば、徘徊を止めて目先の敵に突入するようにプログラムされているケースも考えられるためである。
ロシアお得意の機甲部隊による市街地突入に向けて、戦車を先頭にした部隊は前進を開始する。
その向かう先は今も支援砲撃の着弾が続くブラゴヴェシチェンスク市街である。
当然だが、河の南側である中国側も支援砲撃の目標になっており、そちらにはピンポイントで破壊する必要すらないとばかりに、無誘導の多弾頭ロケットも派手に撃ち込まれている。
『上空に有人機の機影なし。敵航空攻撃は考慮する必要は無い。間もなく味方襲撃機が侵入する。支援要請は随時行え』
意外なことに、この戦場において制空戦闘が行われていないのである。
もっとも、それはソ連時代から続くロシアのSAM中毒で濃密な地対空ミサイルカバー網が形成されているせいである。
ナゴルノ・カラバフ紛争で行われたような小型無人機によるSAM狩りが、中国側に出来なかったのはその戦訓によってロシア側はレーダーとSAMの改修を終えているし、何よりも自走対空機関砲も含めて多重の防空網を形成しているロシア軍相手には、「小型低速で“従来の”レーダーに映りにくい」ことが売りのドローン兵器では分が悪い。
もっとも、中国軍のエアカバーが無いのはそれだけが理由でも無い。
ロシアとゲルマニアが同時に、飽和攻撃のレベルで護衛機付きの戦略爆撃機で北京を狙ったので、それどころではない、とも言うのだが、ゲルマニアは割と北京以外も標的にしているのでさらにタチが悪い。
『支援砲撃終了。以後の支援は随時要請せよ』
そこ、自分らの国だよね?という勢いでボコスカ榴弾砲を撃ち込んだ市街地にロシア陸軍は次々と突入していくのだった。
新世界暦2年2月25日 中露国境地帯 ブラゴヴェシチェンスク市街
まるで廃墟のようになった市街地のビルの1室で、通りを見ている人影がある。
独特な迷彩に身を包んだ人民解放軍兵士である。
ロシア側が中国中枢の攻撃を含む大規模な反攻に転じた結果、中南海は北京やその他沿海部の防衛を優先する方針に転じた。
中央からは「辺境の戦場」と切り捨てられた形だが、実際に戦っている人間からすればたまったものではないし、そもそもそんなことを司令部が言うわけがないので、残された兵士は従来通り戦うだけである。
「来ました。戦車4両を先頭に、後に装甲車・・・多数」
ロシアは市街地に機甲部隊を突入させて、各紛争で散々被害を出しているはずなのだが、特にその戦術を改める気は無いようである。
そのための専用戦闘車両まで開発したり(配備するとは言っていない)、装甲車搭載の機関砲の最大仰角を引き上げたりと、対策に余念がない。
市街地に機甲部隊を突入させる場合の最大の問題は、どこから歩兵携行対戦車兵器が撃ち込まれるかわからない、という点である。
何より、装甲が最も薄い天面が狙われやすくもなるので、基本的にどこの国も避けようとする。
それでも、特に低強度紛争において市街地に戦車を入れる戦術が多用されるのは、その威圧効果とタフさに期待してのことである。
が、今この場所で行われているのは、疑いなく正規軍同士の市街戦であり、いくら多少の対策が施されているとはいっても、低強度紛争などとは市街地に立てこもる側の武装の充実度が大きく異なる。
「攻撃準備」
HJ-12を構えて市街地に侵入しようとする戦車部隊を照準する。
同じ建物の別の階や、他の建物でも、同じように他の班の各種対戦車ミサイルが狙っているはずである。
HJ-12はジャベリンや軽MATに相当する対戦車ミサイルなので、発射後直ちに離脱が可能であり、今回のような攻撃には最適な対戦車ミサイルである。
市街地の各所に分散して対戦車兵器が隠匿してあり、次々に移動しながら突入してくるロシアの機甲部隊に損害を与える、というのが中国側の現地司令部が取った作戦である。
大した訓練を受けていないゲリラでも有効な戦術だが、それを正規の軍事訓練を受けた正規兵がやるのだからやられるほうはたまったものではない。
「撃て!」
号令とともに、ミサイルは勢いよく飛び出していく。
そして、着弾を見届けることなく、発射筒を放棄して移動を開始する。
とにかくスピードが命であり、グズグズしていると発射した部屋に生き残った戦車や装甲車から戦車砲弾や機関砲弾が飛んできてミンチにされてしまう。
班は素早く窓から離れて階段を駆け下りる。
敵戦車部隊がまだ来ていないことを確認して、建物の外に出ようとしたところで、銃声が響き渡った。
すでに通りに出ていた3人が次々に倒れる。
「クソ!敵だ!歩兵が侵入しているぞ!」
ロシアの歩兵部隊が機甲部隊と完全な別行動をとっていたのは、目立たずに市街地に侵入するためだったのである。
敵歩兵は装甲車に乗って戦車と一緒に侵入してくる、という前提で考えていた中国側の作戦ミスは明らかだった。
ちなみに、ロシア側が歩兵を戦車部隊と離したのは、アクティブ防護システムを最大限有効活用するためでもあったので、発射された対戦車ミサイルの多くは迎撃されてしまっていたのだが、そのことに中国側が気付くのはもう少し後である。
「止むを得ない!この場で応戦しろ!」
とはいえ、対戦車戦闘のために班毎に分散している人民解放軍と、市街地掃討のため部隊火力を集中しているロシア軍、どちらが遭遇戦で優位かは明らかであり、やがて銃声はロシア側のものだけになったのだった。
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