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クラウンクレイド  作者: 茶竹抹茶竹
【21章・それは世界の境界線】
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『21-3・Gifted』


21-3


 優子が肩をすくめた。その意味が弘人には上手く判断できなかった。彼女の白衣姿や首から提げたIDカードからして、彼女がただの「一般人」となっている事は無いだろう。ならば、この状況は何だ、と弘人は気になった。


「もっとも、血液サンプルを入手した時には全てが明らかになっていたわけではないよ。此処までの感染拡大は予想外でもあった。多くの研究者も知らずにいた。

 中国政府は新種の感染症の発生を否定していたし、そこから生じる微妙な問題によってWHOはJMウイルスについて公表していなかった。そもそも初期感染の封じ込めは失敗してはいたが、血液感染である以上地理的な障害は残るものだ。知っていた一部の者も、世界規模の感染になるとは思っていなかった」

「なら、今こんな事になっているのは何なんだ」

「JMウイルスには、体細胞を破壊するタンパク質を生成する性質があった。これにより感染者に大量出血をさせ、周囲に血液をばらまき感染を拡大する。そんなやり方でJMウイルスは大量感染を引き起こした」


 弘人があの日に目撃した、破裂する男性。破裂するゾンビ・スプリンクラーの事を話しているのだと分かった。男性の周囲にいた人間、数十人が一気に感染しゾンビとなった。あれが至る所で起きたというのか。


「その破裂するタイプの感染者が街中で感染拡大を引き起こした。恐らく世界規模で、だ。だが、疑問が残る。中国南西部で起きた感染症がどのルートで日本に渡ったのか、そして同時期に一斉に広がったのか。潜伏期間が短く、血液感染するJMウイルスが空港の免疫検査にも引っかからず、日本に入った事に誰も気が付かないまま広範囲に拡散するルートが分からなかった。神の悪戯とでも言いようがない」

「何を馬鹿な事を」


 もういっそ、私が諸悪の根源。全ての事態を巻き起こした犯人。ゲームで言えばラスボスである、優子がそうとでも言ってくれれば気が楽になりそうであった。


「問題は既にJMウイルスがパンデミックを起こし、それによって国家機能不全となっている事だ。通信が途絶する前に情報が入ってきていたが、アメリカも欧米諸国も、アジア全域でもほぼ同時期にパンデミックが起きている。パンデミック発生時、私達研究所の職員は、建物内に立てこもる事を選択した。幸い、セキュリティ対策で外からの侵入には強いようにできているからね。まぁ救助の可能性も見えず、私達はこのJMウイルスの解析に努める他無かった」


 優子の言葉に熱が籠ってきていた。今までのは長いチュートリアルで、ここからが本題だと言わんばかりだった。いつの間にか、語る彼女の姿には身振り手振りが混じる。

 シルムコーポレーションは大手の民間製薬会社である。そこの研究所が、ウイルスについて研究をしている。弘人の中で、一抹の希望が宿る。


「ウイルスに対して先天的に抗体を持っている人間がいるのは間違いが無かった。感染率は高いが100%ではない。捜すのは大変だったが数名のサンプルを研究所内の人間で見つけた」

「じゃあワクチンが作れるのか」

「その話は後にしよう、問題はそこでは無い。私は抗体のある人間の殆どに、ある共通した特徴がある事に気が付いた。そしてその特徴がある人間の方がより強い抗体を持っていたのだ」

「特徴?」

「そうだ。ちなみに私にも抗体がある事が分かっている。その特徴も持っていた。君にも抗体があるのは確かだ、なんせ噛まれても感染していないし、その特徴も持っているのだから」


 弘人は左腕に視線を落とした。包帯で巻かれている向こうで、鈍い痛みが走り麻痺する。梨絵に噛まれた事が、梨絵がゾンビとなった事が、梨絵を絞め殺した感触が、思い起こされて弘人は吐き気を堪えた。あの時、噛まれた後も暫く動けたのは、感染していなかったからという事だ。


「話は少し変わるが、シルムコーポレーション本社からの救援としてヘリが2台研究所に来ていた。その後に本社は壊滅してしまったようだが。私はヘリを利用して、抗体のある人間を探そうと考えた。サンプルが多ければ多い方が良いからな」

「待ってくれ、その特徴ってやつは何なんだ。俺には心当たりがない」

「厳密に言えば、君は持たざる者だ。抗体に起因する物を持っているが、特徴が目に見える形では具現化しない」


 何を言っているのか弘人には分からなかった。優子が座椅子から立ち上がる。ベッドの周りのカーテンを引いて部屋の全容が見えるようにしていく。部屋全体が見渡せた。ベッドが並ぶ殺風景な部屋である事は変わらなかった。数は4つで少し窮屈に並んでいる。

 はめ殺しの窓の向こうには、枯れた枝葉が見える。急にベッドを囲うカーテンを開けて、座椅子を引きずって、そうして部屋の隅まで歩いていった優子の行動の意味が弘人には理解出来なかった。

 彼女は背を丸めて座椅子を持ち上げる。そして突然天井へとそれを放り投げた。天井スレスレまで飛んでいきそして、重力に引かれて緩やかに落ちていく。


「抗体がある人間にはもれなく、ある才能があった」


 突如、座椅子が空中で静止した。優子が体の前に差し出すように広げた掌から、約30センチ程上。まるで無重力の様に、何か見えない糸で吊るされている様に。座椅子は空中で浮遊していた。その光景に弘人は息を呑む。

 抗体の有無、その差異を明らかにする特徴。


「魔法の才能だよ」



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