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クラウンクレイド  作者: 茶竹抹茶竹
【19章・君が傍にいて欲しい/祷SIDE】
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『19-6・希望』

19-6


 翌朝、目が醒めると私の腕の中で明瀬ちゃんが眠っていて。その事実に私は胸が一杯になる。明瀬ちゃんを起こさない様にそっとベッドから抜け出して、カーテンを開いた。朝日が射しこんで来ていて、朝の冷ややかな空気を照らし出している。窓を少し開けると、空気は冷たく乾いている。

 窓からは庭にいる恭子さんの姿が見えた。館の外へ出る用事があるとも思えない。不審に思ったのも原因の一つだが、何かあってはマズイと私は慌てて外へ向かう。


 外へ出て彼女の姿を探す。彼女は背の高い木の根元にしゃがみ込んでいる。目をこらすと、花束を置いていると分かった。私が来たことに気が付いて彼女は振り返る。朝の挨拶を交わすと、その花束の意味を語り出す。


「鷹橋さんという方、亡くなったと仰っていましたね」

「はい」

「変わった苗字ですし、市内に住んでいたという事は恐らく間違いないでしょう。私の知り合いです」

「そうですか……」


 あの花束は手向けなのだと私はそこでようやく理解した。苦し気に吐いた返事で息苦しくなって、息を吸い込むと朝の冷気が肺を冷たく撫でる。彼女に促されて館内に戻ることにする。枯草の混ざる芝生には霜が降りていて、踏み締める度に音が鳴る。もうすっかり冬の様相を呈していた。白く染まった息を吐き出しながら彼女は話し出す。


「社会人時代の後輩でして、少し前に偶々会ったきりで。まさかそれが最後になるとは思っていませんでした」

「そうでしたか」

「真面目で大人しい方でした。新潟出身でしたから、日本酒が好きで」

「……え?」


 私は困惑して足を止めてしまった。怪訝な表情をされる。

 私の知っている鷹橋さんとは明らかに違う。性格はともかく、酒の趣向まで変わるとは思えない。そもそも酒を呑んだことが無いと言っていた。珍しいと思ったからそれは間違いなく覚えている。その点について嘘を吐くとは思えない。


 別人では無いか、と思った。鷹橋という苗字は確かに多くはないものの、同性の別人という可能性は大いにあり得る。まるで「人が変わったような」事で、むしろ別人であったという事の方が説明としてしっくりきた。

 私がそう言うと、恭子さんは釈然としない様子で。しかし、その事で安堵している様な風でもあった。

 

 館内に戻ると、加賀野さんが恭子さんの事を待っていて、私はその場を離れた。部屋に戻り出発の準備をする。起き出してきた明瀬ちゃんと顔を見合わせると、昨夜の事を思い出し照れくさくなる。明瀬ちゃんに頬を両手で挟まれて、おはようと言われた。唇が上手く動かせず、私は不明瞭な言葉で返した。それを二人して笑う。

 最後の荷物として、エヴェレットの鍵と名付けられたその金色の杖を手に持った。身の丈程ある長さには慣れる必要があると強く思った。暗示の有無はともかく、振り回すだけで苦労しそうだ。

 部屋を出て下に降りると加賀野さんと恭子さんが私達を待っていた。いつものごとく、チェーンソーを背負う姿に、恭子さんは何を思うのだろうかと勝手ながら心配をした。


「桜を宜しく頼みます」


 私は頷くだけに留めた。その返事を口にする資格は、私には無いと思った。

 目元を晴らした加賀野さんが、恭子さんにお辞儀をして。そうして何も言わず踵を返す。その後ろ姿に凛とした立ち振る舞いに、強い決意の様なものを感じて。私達はその背中に続いた。そっと、小声で問いかける。


「良いの?」

「聞かないで」

「そっか」


 地図を確認する。市内に存在するシルムコーポレーションの研究所までのルートは調べてあった。進む先は分かっていても、その見通しは立たず。待ち受けているのが希望か絶望か、分からない。

 それでも、何にせよ、私達は進むしかない。この世界に起きている事の真実を求めて。それが、救いへと変わる事を信じて。

 

【19章・君が傍にいて欲しい 完】

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