76/220

『18－5・Blood』

18-5

　明瀬が間髪入れず口を挟んだ。恭子が頷く。

「そうです」

「明瀬ちゃんが言ったように、当時ゾンビが居たとして。ゾンビを作り出したのが疫病、そしてそれを流行らせたのが魔女、だということでしょうか」

「もっとも、魔女に疫病を作る力はないと思います。ですが、逆に考えるべきです。何故、この魔女が疫病を流行らせたとされたのか、をです」

　言葉の意味が桜には理解出来ず、だが明瀬が何かに気付いたようで。パンを千切っていた手を止めて明瀬は言う。

「抗体だ」

　抗体、という言葉に全員が表情を変えた。桜はその言葉に首を傾げる。

「どういう意味？」

「疫病がその一帯に流行って、もし一人だけ生き残った人間がいたとしたら。その人物が魔女と認定されて吊るし上げられてもおかしくないじゃん？」

「その人が偶然生き残った事に意味を見出そうとしたからね？」

「そう。偶然疫病の抗体があった人間が生き残ったけど、当時細菌やウイルスについての科学的な知識は無いから。その生き残った人には何かしらの理由があると思われて魔女と認定され……、いやそうじゃない」

　明瀬の言葉は止まり、何か別の可能性に行きついたようで。その反応に、恭子が頷いていた。彼女が言わんとしている事から遠からずであるようだった。明瀬はまるで独り言のように続ける。

「多分言いたいのはそうじゃないんだ。逆だ。魔女には、疫病の抗体があった。疫病を逃れたから、その魔女は疫病を流行らせたとされた。魔女と疫病の因果関係はなくとも、魔女は魔女であったから生き残ったんだ」

　明瀬は少なくともゾンビに二回噛まれている。祷が出会っていた佳東も、本当はゾンビに噛まれていたが、発症の兆しすらなかった。通常であれば、ゾンビに一回でも噛まれれば、即座に感染するにも関わらず。

　明瀬の続けた話の内容に食欲を失くして、桜は手を止めた。けれども明瀬は千切ったパンを口へ放り込み、食べる手を止めずに言う。頭を働かせる度に、エネルギーを失っていて、それを必死に取り戻そうとでもしているかのようだった。明瀬は辿り着いた結論を述べる。

「魔女の才能と、ゾンビ化の抗体には関連性がある」

「私はそう思います。魔女の血は、何らかの抗体を持っているのではないかと」

　明瀬の仮説に恭子は頷いた。それが偶然か、それとも歴史的に血筋が繋がってきたせいかは分からない。だが、状況的には在り得る話ではある。恭子はそう話を締める。

　シルムコーポレーションは製薬会社である。わざわざこの状況下でヘリを飛ばしているのならば、それ相応の目的がある筈だった。少なくとも生存者の救助ではないのだから。

　明瀬が祷に向けて言う。

「シルムコーポレーションが魔女を集めているのなら、ゾンビ化ウイルスの抗体について知っているのかもしれないよね？」

「次にシルムコーポレーションに向かう、加賀野さんはそう言ってたけど。どうする？」

　祷と明瀬が桜の方を見た。シルムコーポレーションは安全であるとも限らず、その道中に何があるとも限らない。祷と明瀬が何に気を使っているのか、桜は言われずとも分かった。

　こうして家に帰って来れた、両親にも再会できた。これ以上危険な道を行く必要はないと、暗に言われているのだと。そしてその言葉の更に裏には、祷と明瀬の二人はまだ進み続けるとも付け加えられていた。

　桜は恭子の方を見る。この場所は終着点ではない。ならば、此処にいつまでも留まる事は出来ない。いっそのこと、両親を連れていくべきではないかと桜は思う。

　しかしシルムコーポレーションが信用に値するかどうかも判断が出来ない。

　その危険性と意味が重たく圧し掛かり、次の言葉が出てこなかった。恭子は何度か瞬きを繰り返して、穏やかに、けれども厳かに言う。

「桜、行きなさい」

「お母様……？」

「もし、その会社が本当に魔女の血でワクチンか何かを作ろうとしているのなら、協力するべきです。それで救える命があるのだから。それが持つ者の義務でしょう」

「なら、お母様も一緒に」

「私は此処にいます」

　きっぱりとそう切り捨てた。強い意志を感じさせる一点の迷いもない言葉だった。

　恭子は祷と明瀬の方へと、椅子に座ったまま向き直る。雰囲気が変わったのを感じ取って、明瀬が背筋を伸ばした。

「桜を宜しくお願い致します」

【１８章・本質の居場所　完】