『15－5・指示』

15-5

　撃つという警告が聞こえて、咄嗟に私は足を止めた。そこでやっと、彼が持っていたものが何であるか気が付く。銃だ。実銃であるかどうかはともかく、銃という形状のものであることは間違いなかった。銃口を向けられて、私は訳も分からず動けなかった。ガスマスクに隠されて、その表情は見えない。

「動くな、言葉は分かるな」

　ガスマスク越しのくぐもった声が聞こえた。

　言語が通じるかを聞いてきた。彼はゾンビについて知っており、その可能性を確認してきたのだと気が付く。私は大きく頷いて、その場に足を止めたまま叫ぶ。

「生存者です！　感染してません。近くのホームセンターにも５人います！」

　私がそう叫ぶと、彼は何処かと通信し始めたようだった。襟元に伸びているコードと、その操作ボタンへて指を当てて、首を少し下へ傾けている。何かを喋っているが、この距離ではその内容は聞き取れなかった。その応対の遅さに私は苛立ってしまう。

　彼、というよりもこのヘリはどこの所属なのだろうか、と私は思って視線を横へずらす。ヘリの側面には英語のロゴマークと社名らしきものが書いてあった。「シルムコーポレーション」と読める。聞き覚えがある。確か県内に工場を持っている、大手製薬会社の筈だった。ゾンビ化ウイルスとそのワクチンの事が脳裏を過る。

　加賀野さんが私にそっと耳打ちした。

「なんか、おかしい気がするんだけど。」

　通信が終わったのか、銃口を未だ向けたまま彼は怒鳴る。

「作業の邪魔になる、速やかにここから離れろ！」

「待ってください、小さい子もいるんです！　助けて下さい！」

「我々は救助任務に来たのではない！」

　彼のその言葉と同時に、私の背後で電撃が爆ぜる音がした。叩き付ける様な激しく鳴った高音が、周囲に張り詰めて私の鼓膜を傷付ける程で。振り返ると、加賀野さんの周囲で青白いパルスが散って、地面を穿ち天へと昇る。目で追えない程のスピードで、雷撃が何度も散って、彼女の周囲で柱の形を取る。

　それはまるで彼女の激情を表しているかの如く。その姿を目の当たりにして、私ではなく銃を構えた彼が、驚きの言葉を口にする。

「その電撃、魔女か！」

　魔女、という言葉を間違いなく、そして迷いなく口にした。

　この世界は魔法というものを御伽噺の中に押し込めた。科学が支配する世界へと変わった。全ての現象は科学と数式で解明できるようになった。にも関わらず、今の加賀野さんの姿を見て、魔法という可能性を、魔女という言葉を、彼は口にした。間違いなく、彼は魔法を知っている。

　彼は銃を構えたまま、加賀野さんへと言葉を続ける。

「魔女は保護する。魔法の使用を停止して、ゆっくりと歩いて来い」

「それは魔女であれば、保護するって事？　あんた達、何が目的なのよ」

「今は明かせない、魔法を停止しろ」

　彼の放った、魔女であれば保護するという言葉。シルムコーポレーションが彼とヘリを派遣しているのなら、何かの指示を受けている筈だった。先程の通信の様子からしても、彼の上には誰かがいる。シルムコーポレーションは、何かを知っているという事なのだろうか。

　そもそも魔女という存在を正確に把握しているということだろうか。

　何にせよ、情報が足りなかった。少なくとも、此処で付いていく事はあまり得策でない様に思えた。加賀野さんが、電撃を収めようとせず、怒鳴り返す。

「説明不足だわ、それで付いていけるわけないじゃない！」

「保護施設がある。そこで説明もある」

「仲間が近くにいるの。全員助けてくれるなら付いていっても良いわ」

「それは確認する」

「それってつまり、助ける気がないって事でしょ」

　加賀野さんが見るからに逆上しつつあり、私は二人の会話に割って入ろうとした。

　その瞬間。

　金網が大きく揺さぶられ金属が擦れあって立てる大きな音がした。振り返れば、校庭を囲うフェンスが、叩き破られた音で。その原因が、一瞬理解出来ず私の反応が遅れる。大きな影が空中から落ちてきていて。何かが飛んできたのだと気が付き、私は咄嗟に身を屈めた。

　鈍く重たい音が、足元までも揺るがせて。校庭に降ってきたコンクリートの塊が地面を穿ち衝撃波と膨大な土埃を巻き上げる。私達から１０メートル程離れた場所へと落ちた。コンクリートの塊は、直径５０センチ程で岩の様に表面は凹凸している。塊の中から茶色く錆びた鉄筋が何本か伸びていて、取り壊した建物の一部だと判別できた。　

　それが校庭を囲うフェンスを突き破り、校庭にまで飛んできた。それは一体。そこまで考えた時、再び黒い影が地面に伸びて。またもコンクリートの塊が、外から飛んできたのが見えた。

「ヘリを出せ！」