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クラウンクレイド  作者: 茶竹抹茶竹
【クラウンクレイド閉鎖領域フリズキャルヴ】
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「3話・楽園の支配者(前編)」【クラウンクレイド閉鎖領域フリズキャルヴ】

CCH3-1


 千葉県舞浜の南部、東京湾に面する巨大レジャー施設。Dワンダーランド。約100ヘクタール越えの敷地面積にアトラクションは勿論、リゾートホテルや多くの商業施設を備える日本有数の遊園地型レジャー施設である。

 夜長に連れられた祷達が目にしたのは細部にこそ綻びがあるものの、未だ美しい景観を保ったままの「夢の国」であった。

 遊園地は基礎設計からして外周を高い壁に囲まれている。外部・内部からの不正な入退場を防ぐためと、夢の国というコンセプトを守るために外界からの情報を遮断する為にだ。

 それがそのまま、対ゾンビへの防壁の役割を果たしていた。巨大な正面口から祷達は夜長に案内されて進む。


「ここがあたし達の生活している拠点です」


 園正面の門が大きな音を立てて閉まりだした。誰かが遠隔操作しているようだ。インフラとしての電力は未だ復旧していない。園内に発電できる装置が存在する可能性がある。

 祷が周囲を注意深く観察していると、生存者らしき人々が姿を現す。

 数は数十人、物陰から遠巻きに祷達の姿を見ていた。祷はその手にいつでも焔を灯せるように密かに構えながらその顔ぶれを眺める。若年層の女性の比率が比較的多い。夜長と同じく学生らしき姿もある。

 夜長が背負っていたリュックを地面に置いて大きな声で叫ぶ。


「みなさん、新しい仲間を歓迎しましょう」


 その声に人々が歓声で応えた。一定の距離を保っていた彼女らが笑顔で駆け寄ってくる。

 口々に祝福と歓迎の言葉を述べ祷達の身を案じた。

 その様子から祷は、この場所が夜長を長としたコミュニティであると確信を抱く。彼女に統率力があるかは別として、貴重な存在であるには違いない。一人で外部に物資調達に行くことからしてその魔法を周囲に明かしている筈だ。その力を畏れたり、有り難がったりするのは至極当然のこと。

 夜長が女王と名乗ったことも鑑みれば、この生存者コミュニティ内の関係性も自ずと推測できる。

 夜長は祷達を連れて園内を案内し始めた。園内のアトラクションは停止しているものの無傷で現存している為、そのファンシーな世界観が提示された景色に祷は目眩がした。

 ゾンビ溢れる世界で夢物語のような光景は異世界の様だった。

 テーマパーク内に存在する屋内型のアトラクションやレストランやショップといった建物を利用し居住区としているらしい。非常に広い園内には現在五百人近い人数が生活しているとのことだった。


「ゾンビが現れたあの日、このDワンダーランドに遊びに来ていた人達と従業員の人達がここで立てこもり生活しています。あたしのクラスメイト達も修学旅行でここに」


 夜長はそう説明する。園内を歩き回る彼女と擦れ違うと人々は一様に明るく声をかけてくる。祷達が新参者であることは直ぐに気付かれた。強固な関係性を保つコミュニティであるようだと祷は推測する。

 祷は夜長に疑問を呈する。


「パンデミックが起きてから大分時間が経っているが、その間ずっとここに?」

「最初は救助を待っていたんですけど、もうみんな諦めてここで生活する為に頑張ってくれています」

「では私達に固執する理由は? 戦力? 労働力?」

「違います、外は危険です。ここは安全で水や食料だけでなく娯楽やインフラも整っています。新しい生存者を受け入れる余裕もあります、あたしはみんなを助けたいだけです。お二人以外にも、新しくやってきた人達は何人もいますよ。皆さんここで幸せに暮らしています」


 夜長がそう言って指さした。作業中の集団が手を振り返してくる。話によれば彼らは数か月前にここに定住したという。

 祷は目を凝らす。彼らは園内に作った農地で農作物の収穫をしていた。アトラクションの下に広がる畑は不可思議な光景であった。

 夜長が説明をする。敷地内の一部を利用して農地を作成し食料生産に充てているらしい。テーマパークは海に面しているのを利用し、東京湾に漕ぎ出し漁業のような物も行っているという。

 生存者全てを補うほどの量は生産不可能ではあるが、園内の備蓄食料や夜長が周囲から集めてくる物資と合わせて何とかなっているらしい。

 園内には緊急時用の発電機が存在し、一日の限られた時間は電気が使用可能だという。

 その説明を聞きながら祷は推測する。

 年間3000万人が訪れる国内屈指の巨大テーマパークである以上、物資はかなりの量が存在している筈だ。

 だが五百人もの人間が長期間生活していくには足りない。

 そうした時、夜長の能力は圧倒的な求心力の源になる。

 ゾンビ溢れる外側の世界に気軽に足を踏み入れることが可能な魔法は何よりも魅力的に映る。だがそれだけで、五百人もの人間がこうも平和的に生活していけるものだろうか。

 ゾンビから逃れるために集った生存者のコミュニティに関して、祷はいくつかの知見を持っている。

 集団が一つの方向性で簡単にまとまるほど、人間は単純ではない。


「君がここの統治をしているような物言いだったな」

「はい」

「ゾンビなんかに恐れることのない世界で一番安全で平和で美しい場所。誰も苦しまなくていい素敵な世界、だとも」


 夜長の放った言葉を一字一句、祷は繰り返す。


「君にはその自信があると? そんな世界を作ると?」

「もう出来ていますから」


 祷はそれが意地悪な問いだとは思っていたが、対する夜長は淀みなくそう言ってのけた。それは若さゆえの全能感か未熟からか、祷には測りかねたが、夜長にはそう言い切れるだけの何かがある。

 夜長は言う。


「あたしにはみんなを護る力があります。ゾンビからみんなを護ることが出来る。この場所なら、あたしが護れる此処でならみんなは平和に暮らせる」

「だから君が女王だと?」

「あたしがみんなを護るんです。あたしの下でみんな平等で互いに助け合って生きていく、その素晴らしい世界をあたしなら作れる」


 このテーマパークが彼女にとっての箱庭であり、確かにそれを為すことは可能だろう。夜長の魔法がなければ今後訪れる様々な危機に立ち向かうことも不可能だろう。

 そういったパワーバランスでその世界は成り立つかもしれない。

 だが、祷にとっては関係のないことだと内心思う。

 とある目的のために立ち寄った通過地点でしかない、夜長と相対してでも進むべき道がある。

 明瀬と小声で祷は会話を交わす。機会を見て離脱する、と。


「夜長様」


 夜長はそう呼びかけられて足を止めた。呼びかけて駆け寄ってきた成人男性が躊躇いなく夜長の前に跪く。長身で大柄の若い男が一人の女子学生を前にうやうやしく振るまう様は不思議な光景であった。

 彼の後ろに男女入り乱れた集団が続く。見るに、三人の男が後ろ手で拘束されており、彼らはその三人を捕縛したまま夜長の元へ連れてきた様子であった。

 三人は思い切り蹴飛ばされ地面に転がる。三人を組み伏せて彼らは叫ぶ。


「夜長様、反乱を企図していた反逆者を捕らえました」


 夜長はその姿を見下ろして言い放った。


「うーん、殺しちゃおっか」


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