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クラウンクレイド  作者: 茶竹抹茶竹
【クラウンクレイド閉鎖領域フリズキャルヴ】
211/220

「1話・閉鎖領域外(前編)」【クラウンクレイド閉鎖領域フリズキャルヴ】

あらすじ

時代を跨いだ二つのゾンビパンデミックとその真実を知った祷茜。リーベラとの対話を経てクラウンクレイドへの帰還を選択した祷は明瀬との再会を果たす。祷と明瀬の二人は、とある目的のために東京都心部への踏破を目指すのだが、その行く手を「閉鎖領域の魔女」が阻む。


CCH1-1



 人気の消え、荒廃した住宅街。その片隅でゾンビの群れが獲物を見つけた。視力を失った代わりに発達した彼等の聴覚が人の歩行音を捉えたのだ。

 数十体で構成された集団は示し合わせたかのように、勢いよく一心不乱に走り出す。食欲というただ一点の衝動に突き動かされた彼等の動作は、本能から生じたものであるが故に、獲物を追い詰める集団の動きには一切の無駄がなく自ずと統率が取れているかのようであった。

 ただひたすらに、獲物を、喰らう物を、狂ったように求める彼等の姿は元が人間であったことを忘れさせる。

 知性や理性といったものの一切を欠如した獣が如く姿。ボロ布のように残った洋服の一部がかつて存在した社会文明の存在を辛うじて示していた。

 彼等はどれも痩せて乾燥しており、ひび割れた皮膚が飢えた獣を思わせる。血の気はなく、唇は土色に、瞳は白く濁っている。所々四肢の一部を欠損している個体も多い。その断面は腐って変色し皮膚は爛れている。異常に発達した筋肉が歓喜を表し隆起する様が皮膚越しにはっきりと見える。

 そして何よりも目立つのは不格好な走り方だった。綺麗な姿勢で走るという行為は文化と知識に裏打ちされたものであり、人としての理性や知性を失った彼等にとっては不可能なものであったのだ。

 それでもゾンビの群れは確実に獲物までの距離を詰め、今まさにその歯牙にかけようとした瞬間。

 奇妙な光景が生じた。

 無数のゾンビの群れの中にぽっかりと穴が空いた。そこに何者も存在しなかったかのように、群れの一部が消失する。その跡地には黒煙が上がり、突如発生した「何らかの事象」にゾンビは狼狽えているように見えた。

 足を止めたゾンビの群れの中心に二人組の少女の姿があった。

 片方の少女は小柄で、その長い黒髪を後ろでまとめている。もう片方は短く切りそろえた髪と長い手足が対照的であり、小柄な少女に守られるようにして後ろに立っていた。

 小柄な少女が手を振りかざす。その手のひらで蜃気楼が如く空気が歪み揺れた。

 距離を詰めつつあったゾンビが一体、突然少女に向けて飛びかかる。小柄な少女は瞬時に反応し、飛びかかってくるゾンビに向けて手を翳す。

 突如、焔が散った。

 何もない空間に、何も持っていない手の平に、焔が躍る。小さな火花でも、マッチで灯した小火でもない。拳大の燃え盛る焔が何を燃料とするわけでもなく空中に現れる。

 そして少女がゾンビに向けて殴りつけるような動きを取ると、空中の焔が共に勢いよく飛翔する。

 喩えるならば焔の弾丸。

 それは飛びかかってきたゾンビを直撃し吹き飛ばしながらその身を焦がし燃やし尽くす。文字通り焼き払ったのだった。

 燃え盛る亡骸はゾンビの群れの中へと落ちて俄かに騒動を巻き起こす。しかし二人の少女は動揺する素振りもない。


「明瀬ちゃん、伏せてて」


 焔を操る少女の言葉に頷き、守られていた側の少女「明瀬」はその場にしゃがみ込む。

 一閃。勢いよく放たれたのは熱線であった。大気すら焦がす高温の光線が周囲のゾンビの群れを薙ぎ払うようにして駆け抜ける。言語化されていない呻き声が次々と黒煙と共に上がる。肉の焦げる臭いが充満し、熱線で両断された人型は崩れ落ちて肉塊へ、そして黒炭へと変わっていった。

 そうして出来上がった無数の死体の中で少女は周囲を見渡す。


「明瀬ちゃん、全部終わった」


 「明瀬」と呼ばれた短い髪の少女は頷く。何も持たぬ手で焔を操った少女の姿に驚く様子もなく、平然とした様子で明瀬は背負っていた登山用の大きなバックパックを地面に下した。そして地面に散乱する焦げた死体を跨いで周辺の検分を始めた。

 二人がいるのは、千葉県と東京都の県境に近い「浦安市舞浜」の住宅街であった。街並みは平均的な日本の風景であるが、焦げた臭いに潮風が混じる。遠方には首都高速湾岸線の太く巨大なコンクリート製の橋脚が立ち並んでいた。

 奇妙な物を見つけた明瀬は焔を操っていた少女に呼びかけた。


「祷、見て」


 「祷」と呼ばれた少女は明瀬のそばに寄る。明瀬が指さしたのは建設途中の高層マンション、その外壁に祷が燃やしたのとは別のゾンビの死体があった。

 奇妙な死体と奇妙な状況であった。高層マンションの外壁にはヒビが入り、コンクリートが抉れている。

 その場所に死体は「めり込んで」いた。死体の関節と首は奇妙な方向に曲がり皮膚を突き破って骨が露出している。内臓は腐り始めて液状になっているが、それを収めていた筈の胴体は奇妙な凹みが出来ていた。

 明瀬はその死体を観察しながら手のひらに拳を強く押し当て言う。


「圧し潰されたみたいだ、こんな風に」

「圧し潰された?」


 祷が首を傾げると明瀬は何度も頷く。手の動きで状況を示しながら説明を続ける。


「壁に叩きつけられただけじゃ関節はあんな風にはならない。胴体も妙だ。何か重たくて硬いものに面で圧された感じだね」


 明瀬の説明を聞いて祷の脳裏に浮かんだイメージは、巨大で分厚い鉄板であった。しかし周囲は普通の住宅街であり奇妙な物は見当たらない。仮に重たいものに圧し潰されたとしても上からではなく、高層マンションの壁面に横から押しつぶされるというのも釈然としない状況といえる。

 壁にゾンビを追い込んでトラックでもぶつけてみたか、と祷は推測してみるも違和感は拭えない光景であった。周辺に破損した車のパーツなども見当たらない、ゾンビを壁に押し付け丁寧に圧し潰す理由も思いつかない。

 明瀬が声を上げた。

 似たような状況の死体が他にも存在した。

 建物の外壁、路上に放置された廃車、庭を囲む塀。様々な場所にゾンビの死体はめり込んで圧死した様子があった。まだどれも真新しい死体であり、その奇妙な殺害現場の連続に明瀬は言う。


「少なくともゾンビを殺すだけなら、こんな奇妙な方法は取らない。それとも、その何者かにとってはこの奇妙な殺害方法が最も最適だったのかもしれないけれど」


 その言葉が意味するものを祷は理解していた。

 ゾンビを壁に押し当て潰す、そんな奇妙な芸当を可能とする存在は一つだけだ。そして祷もまた同質の存在であった。

 押し寄せるゾンビを熱線で薙ぎ払ってみせた芸当、彼女の意志に呼応し出現し猛る不可思議な焔。

 そんな異質な能力を有している者がこの世界には存在する。

 祷は重たい口を開き、その存在を言葉にする。


「ここは魔女の領域だ」


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