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クラウンクレイド  作者: 茶竹抹茶竹
【クラウンクレイド NARKOSE】
207/220

《N1-2・現実と悪夢》

N1-2


 部屋の扉を開ける音がして私は目を覚ました。非常時かと思い咄嗟に身を起こすと、双子の妹である由比が静かに部屋に入ってくるところだった。目が合った彼女は、私に囁く。


「起こしちゃった? 波留姉ーはるねぇー」

「何かあったの?」

「何でもないよ。おやすみ、まだ夜中だから」


 私は分かった、と頷いてまた毛布を身体に巻き付ける。冬の冷気は窓を伝って染み出してきていて、カーテンの隙間からは窓に貼り付いた雪が見える。視覚的な季節の変化を目の当たりにすると、あの日から随分長い月日が経った事を実感してしまう。

 考えない様に、と強く目を瞑る。そうして目を閉じても、由比が隣で寝息を立て始めても、私は未だ寝付けなかった。


 そっと右手を持ち上げて。部室の天井をなぞるみたいに、空中で指先を動かす。私はそれを何度も繰り返す。空中に文字を描く。


「何でもいい、何か……反応して」


 だが何も起こらず、視界には何カ月も眺め続けた部室の天井が変わらず其処にあるだけだった。指先には、冷たい空気が纏わりつくだけだった。


「駄目、ね……」


 私はそっと傍らの由比に目をやる。彼女は確かに眠りについたようであったが、その寝顔は緊張した面持ちで眉をひそめている。この極限生活の中での心労は計り知れないものだろうと、行き場を失くした手で彼女の手をそっと握ってやる。


 由比は私の双子の妹である。同じ内浦高校に通う二人であるが、双子だと言わなければ気が付いてもらえない程似ても似つかない。

 由比は活発で、金に染めたショートカットとピアス、着崩した制服の姿は大人しい私と対照的であった。陸上部に所属しておりその運動神経の良さも私には無いものだ。

 私、波留の方は生徒会役員を務め、成績は校内上位と優秀、絵に描いたような優等生である。


 という設定らしい。

 このゲームの中では。


「私は……」


 ゲームの世界に囚われている。

 日本のみならず世界規模で同時発生したゾンビパンデミック。その中で生存を目指すVRゲームが、今私のいる世界だ。ゾンビパンデミック発生と同時にゲームは開始され、プレイヤーはこの世界の住人としての役割を与えられRPG的に振る舞う。私であれば高校生の双子の姉というキャラクターが与えられ、波留という少女としてこの極限状況を生き延びてクリアを目指さなければいけない。

 このゲームの最大の特徴は、リアルな人格を与えられたNPCだ。彼等はプレイヤーをゲームクリアに無条件に導いてくれず、一人格として振る舞う。


 故に、極端な話、私が由比に酷い言葉を吐けば彼女が腹を立て、私を見捨てて去っていってしまう可能性すら在り得る。


 プレイヤーはリアルな人間関係を築くのと同様に、他の人々を協力したり、交渉したりしなければならないのだ。

 最も、由比に優しく振る舞うわけのは損得勘定というわけではないが。

 私は設定上とはいえ、この双子の妹に対して慕情を抱きつつあった。何度も彼女の機転に救われてきたし、生活を数ヶ月も共にしてくればそうもなるだろう。

 そう、数カ月。


 あのパンデミックが起きてから数カ月が経ち、季節は雪の降る冬へと変わった。

 そして私は。

 一度もログアウト出来ていない。

 このゲームの世界から脱出出来なくなってしまった。


 これが体感型ゲームである以上、この世界からの脱出「ログアウト」もこの世界の中で行わなければならない。本来であればプレイヤーである私が、指で空中に文字を描く事でメニューを呼び起こせる筈だった。だが、何度やってもログアウトどころかゲーム内メニューの呼び出しすら出来ない。視界の中はいつも私の指が虚空を裂いていくばかりだった。


 世界はそこら中にゾンビで溢れていて、目の前で人が簡単に死んでいく。水と食糧の不安に怯えながら、いつ来るかも分からない救助とどうすれば終わるのか分からないクリア条件を模索している。

 これはゲームだと知っていても、数カ月間ログアウト出来ず、この世界に閉じ込められていては気が狂いそうだった。

 現実世界の私はどうなっているのだろう、何故ログアウト出来ないのだろう。何か重大なバグが、このゲームで起こっているのではないだろうか。夜中に目を覚ますとそんな事ばかりを考えてしまう。


 そして何よりも。

 この状態で死んだ場合、現実に戻れないのではないだろうかという妙な不安と想像が私を蝕んでいた。この世界で死ぬことで現実世界の私も死んでしまう。そんな想像がずっと脳裏を過る。

 このゲームの光景があまりにもリアルであるから、そんな風に錯覚してしまう。


 私はどうすれば、この世界から抜け出す事が出来るのだろうか。


「波留姉? 眠れないの?」


 由比の声がした。彼女は横たわったまま、私の方に顔を向けて。不安げな表情に向けて私は囁く。


「変な夢を見てしまっただけ、もう寝るわ」


 明日には、この悪夢が終わるだろうか。

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