[零18-6・進化]
0Σ18-6
私はいつか語られた言葉を思い出していた。明瀬ちゃんの言葉。クラウンクレイドがまだ呪いの言葉で無かったその瞬間。
明瀬ちゃん、私達は結局人でしかないみたいだ。進化の分岐点に立っているとしても、私はそれ以下にも以上にもなれない。そしてそれこそが正しい選択であると私は思う。
人がクラウンクレイドを前にして行きつく先は亡者でも神でもないし、そうあってはいけないのだ。けれども、まるで矛盾したようであるかもしれないけれども。私達はいつも分岐点に立っている。可能性と現実の狭間で身を捩る度に、私達は神にも亡者にもなる可能性を孕んでいる。
三奈瀬優子やムラカサさんが語った様な理想郷も、塔の上から覗く様なこの世界も、それは人の行きつく先では無くて亡者か神の領域に踏み込んでいるのだろう。
でも私達は結局、人でしかなくて。
故に惑い、嘆き、傷付く。それを知っている。
だからこそ、今私の口からは呻きでもない言葉が溢れ出す。
「私達は、人は……人である事を否定しきれないんだ。それをどんなに嫌っても呪っても」
嘆くことは止められないし、足を止めても声を捨てても、それは正解に辿り着かない。諦観に身を沈めない為には、進む他に方法はない。
この世界が零和であることを哀しく思っても、私達はその世界に立っている。誰かを救えば誰かを見捨てなければならない世界の上に、だ。
「それでも!」
剣戟を打ち鳴らし、私はロトを押し返す。私の足元からロトへと向かって地面を火柱が駆け抜ける。それをロトが横薙ぎに払った熱線が切り裂いて、私はそれを地面をスライディングしながら避けて。
そのままワイヤーの巻き上げの勢いでロトへの距離を詰める。よもや私から接近してくると思っていなかったのか、彼女の反応が一瞬遅れる。
「人であり続ける為に、人であるが故の歪みを抱えたまま進まなくてはいけないんだ。それを捨ててしまわないように」
私が杖を横薙ぎに振り切って、それを彼女が左腕で受け止めた。鈍い音が鳴って腕が明後日の方向にひしゃげ、彼女はその苦痛に顔を歪める。鈍い音が確かに聞こえて。それでも彼女は反射的に刀で私の杖を弾き返した。ロトが回避行動の為に放ったワイヤーへと私はワイヤーを交差させるように打ち出して絡み付かせる。
体勢を崩したロトは即座にワイヤーを一本断ち切る。私はそこへハンドガンの引き金を引いて弾丸を撃ち込む。
それを焔を纏わせた刀でロトが薙ぎ払う。リロードの隙は無いと判断して弾丸の尽きたハンドガンを投げ捨てる。どのみちワイヤーが絡みつきあったのはもう使えない。
「人は人を超えなきゃいけないんだ、人が人であり続ける為に。それを諦めたあなたなんかに!」
ロトが私の手からハンドガンが落ちたのを見て即座に踏み込んでくる。私が杖に焔を纏わせて横薙ぎに払うも、それをかいくぐって。切り上げられた刀とその切っ先が私の眼前を掠める。
咄嗟に私はロトを蹴り飛ばす。体勢を崩しながらも互いに放った熱線が干渉しあって、明後日の方向へと飛ぶ。コンクリの壁を削り紅色に溶かして、熱でぶった切られたパイプが崩壊して落下と共に激しい音を立てる。
ロトが刀の切っ先を地面で削りそこから火花が散る。それと同時に針の様に焔が鋭く飛ぶ。私は手元で燃え上がった焔を地面に叩き付けた。焔と焔がぶつかり合って勢いを増す。私はその間に地面を蹴って距離を取る。
「いつかと同じだ、だから……!」
相手がゾンビではなく人である以上。その行動には必ず思考が混ざる。直線的な攻撃では届かない。
一番油断する瞬間を作るしかない。
思い付いたのは突飛で危険な方法で。一瞬でも躊躇い間違えれば死と直結するのは間違いなかった。それでも私は戦闘において一番隙が出来る瞬間を知っている。対人戦闘という経験は私の方が上だ。かつて私はそれを見ている。
「明瀬ちゃん、レベッカ……失敗したら、ごめん」
口の端から勝手に謝罪の言葉が漏れる。それでも。
「いや、まだだ」
あの世界で私が見てきた物は、重ねてきた物は本当は偽りで虚構で存在しないもので。それでもあの一瞬は私にとっての現実だった。明瀬ちゃんの為に他の全てを切り捨ててきた事を私は決して都合よく捉えたりもしない。確かにあの瞬間に重ねてきた物の上に私は十字架を立てよう。その為に。
「私は死ねないし、終われない」




