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クラウンクレイド  作者: 茶竹抹茶竹
【零和 拾捌章・私達は、いつかそれを魔法と呼ぶのだろう】
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[零18-3・神話]


0Σ18-3


 彼女にとっての現実は、その箱庭でしかなかった。それが幾ら仮想で偽りであろうとも彼女にとっては違った。私が通り過ぎてきた彼らも同じだったのだろう。


 本当の世界はいつだってガラス越しで触れ得ぬ物で、故に世界は分岐する。何度だってすれ違う。そして、すれ違っていくことを嘆いた人を幾つも見てきた。

 リーベラという電子の神、仮想の世界を預かった彼女。いつの間にか人という存在になってしまった彼女は、それ故の選択をしてしまった。

 だから。


「あなたも誰よりも人らしい存在であったのだと思う」

『私もあなたの様になれたということか』

「……そうだね、そうだよ」

 

 手に力が入る。杖が私に反応を返して、その切っ先で焔を灯す。

 天を仰ぎ、見えない出口に目を凝らす。

 彼女は感情を知らなかった。でもそれを手にしてしまった。その扱いを知らなかった。けれどもきっと彼女だけの問題では無くて、それを嘆いたのが三奈瀬優子やムラカサさんなのだろう。


 彼女は私にその答えを求めたけれど、私がこの答えをもっと早く伝えられていたならば。もっと違う物語の結末を迎えたのだろうか。


「あなたも私も同じなんだよ。きっと誰もが同じなんだ」


 私達はいつだって本能に近い感情を底に抱いていて。人らしくあろうとする分岐点で揺らぎだす。存在しなければ人は此処まで進化出来なかった、けれども存在していたが故に人は間違いを何度も起こした。

 それを呪った三奈瀬優子やムラカサさん達も結局は人であったのだ。祈りから始まった呪いは、きっと誰よりも人としての感情があった故のものなのだろう。


「あの日、私の世界が壊れてから気が付けばこんな場所にまで来てしまった。生きる為に必死に進んだ道はいつの間にか目的を失ったけど、それでも私の背中を押したのはきっとそれだけじゃなかったんだ」


 真実を探して、答えが欲しくて。辿り着く場所を求めて何故か足は止められなくて。顔は背けられず深淵を覗き込まずにはいられず。そして悲劇を止めたくて。

 それもまた人が底に抱えた感情の成したものなのだろう。


「それを否定できないし、だからこそ私達はそれを否定していかなきゃいけないんだ」


 だからこそ、私は杖を翳す。

 私の鼓動に呼応して焔がより一層焦げ付いて、より盛りを増す。

 魔法は人の脳機能の拡張による結果だと言う。強い負荷を受けることで脳機能が活性化して常人を凌駕する性能を発揮する。ウィルスこそ存在しないものの、現実世界とクラウンクレイドの世界のどちらも共通して根底にある理屈は同じだった。そして魔法の適性の有無は、前頭葉の異常発達による意志の喪失をしているかどうか。感情による揺らぎをなくし最善を模索しつづける人間であるかどうか。


 しかし、魔法を使う為の最後のピースは意志の存在だった。人の持つ感情と理性の総和、欲求とも責任とも違う物。彼女達が嘆き呪った「揺らぎ」とはまた違う揺らぎ。


「どんな感情だってそれは焔だから。先を照らし、人を暖め、集う為の篝火にも、進むための力にもなる。でも焔は深く触れればいつだって身を焦がす」


 人は社会を作った。それも最初は、誰かの為の「祷」の筈であった。

 傷付けないように、傷付かないように。

 感情だけでは生きていけないから理性を元にルールを作った。

 ルールだけでは生きていけないから人は感情を手放さなかった。

 人は何度もその祈りを捧げてきたのだろう。


「だから私達は焔を掲げる時を間違えちゃいけないんだ。世界を、誰かを、そして自分を燃やしてしまわないように」


 手元の杖は扉を開く為の鍵。この世界に本当は魔法があるのだと、神話を壊し可能性の扉を開いた鍵。

 此処まで私が来たのは、その鍵が私の手にあるのは、きっと全てこの一瞬の為だったのだろう。


「だから私はあなたを止めるよ」

『あなたが私を止める?』

「私は神様にも、世界にも、見捨てられたって構わないと思った。そうして行きついた場所が此処だったのなら、私は構わない」


 杖を彼女へと向ける。


「きっとこれは神殺しの物語だったんだ」



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