[零17-4・否定]
0Σ17-4
「そうだ、故に私は正しい。崩壊した二つの区画は新時代の為の礎になってもらう」
「っ!」
激昂に駆られてレベッカがショットガンをぶっ放す。闇雲に放たれた弾丸は空を裂き、目の前のガラスに食い込んで亀裂を生む。
その銃声にムラカサが動揺した様子もなく、レベッカの今いる壁越しの辺りから冷静な声がした。
「君だって社会の在り方に疑問を抱いていた側の人間だろうに。この世界を招いたのは、彼等の様な無自覚で無責任な人間であると知っているだろうに」
「それでも!」
声のした方へ向かうもそこには誰の姿もなく。レベッカは苛立ちを隠せない様に威嚇代わりにショットガンをぶっ放す。何に直撃するわけでもなく、その銃弾は虚空を打ち、銃声が轟いて反響していく。闇雲に近いその動きは、感情の揺らぎを表現しているようで。
「確かにこの世界は零和でしかないから、だからあなたの事は否定するんです!」
あの時の今際の言葉。この世界の摂理だと語られた言葉。
「世界の何処かにあるマイナスをゼロに、大きなマイナスを小さなマイナスに、そんな事を続けてても世界の何処かでは必ずプラスが減っていく。世界は零和でしかないから」
何かを切り捨てなければ何かを救えない。何かを得るためには何かを喪わなければならない。
それは世界の摂理でどうしようも無い事で、故に向き合わねばならない事であると突き付けられる。零和である以上、全てを救えない。それをきっと彼女は嘆いて、哀しく思って、故に新しい零和を打ち立てようとした。
「あなたはそれから逃げただけじゃないですか!」
「故に、一度リセットすると言っている!」
声が一際大きくなって、居場所が予測できレベッカはその方向へと身体を向けた。
その瞬間。突如として部屋の天井の一部が崩れ落ちて、大小の白の瓦礫が宙を舞って降り注ぐ。小規模な爆発、それが天井を破壊したのだった。その降り注ぐ瓦礫の中で、レベッカは咄嗟に身を翻して。
その隙を突いて、レベッカの背後からムラカサが接近する。
それは完璧な不意打ちだった。
室内に幾つも設置された小型スピーカーによって声の位置を操作する。
何処に居るのかを攪乱し、そして誘き寄せ、位置を特定できるような音声を流すと共に天井の一部を崩落させた。その瞬間に警戒を払えるのは、声のした方向。そして天井側。天井の崩壊を目くらましとして接近してくると誰もが思う筈だった。
故に。
本来なら、背後にいたムラカサはレベッカの隙を完全に突いた筈だった。
「この一瞬を」
その言葉をレベッカが虚空に吐き捨てる。
「待っていました」
一閃。ムラカサの視界に映ったのは微かな煌めき。金属質の鈍く、そして眩くもある煌めきだった。
レベッカが背中を向けたまま、しかしその脇から覗かせていたのはハンドガンの銃口で。確かにショットガンを構えていたのにも関わらず、その右手は密かに背後へとハンドガンを向けていた。咄嗟に構えた様な慌てた素振りはない、確かにその銃口は確実に背後を仕留める為の位置にあった。
「まさかっ--!」
銃声がムラカサの声をかき消して。レベッカのハンドガンが鋭く弾丸を一閃撃ち出す。鉛玉が身体を貫いていく衝撃にムラカサがよろめく。
それと同時にレベッカが振り返り、即座にハンドガンを投げ捨てショットガンを両手で構え直す。
ムラカサが片膝をついて呻き声を漏らした。弾丸に腹部を抉られて傷口は血と肉を吐き出し続けている。真っ白な床に流れ落ちていく血の光景は幾度となく目にした筈であったのに、レベッカの心は酷くざわついていた。
ムラカサに向けてショットガンの照準を合わせて。レベッカはその引き金に指を掛けたまま足を止める。今、苦痛の極みにある筈の彼女はそれを感じさせない程の笑みを浮かべて見せた。
「教えてくれ、レベッカ。全て最初から分かっていたのならその理由を」
「気配がずっとしていて、声とあなたの場所がズレていることを気が付いていました」
迷路の様な通路で。音の発生源で混乱させ。
しかしレベッカは動きを見抜いており、誘い込む形でハンドガンで撃つタイミングを狙っていた。全てがその為の布石であった。激情にかられてショットガンをぶっ放したのも、ムラカサに仕掛けさせるための演技でしかなかった。
「やはり君の第六感は魔……」
ムラカサの言葉はショットガンの銃声で塗りつぶされて途切れた。床にぶちまけられた血と肉片の中に、その亡骸は崩れ落ちる。散弾によってその全身には穿つ穴が幾つもあって、そこから勢いよく血が噴き出す。
それでもレベッカはショットガンの引き金を引き続けた。銃声が轟いて、硝煙が立ち昇り、弾丸が空を裂いて。既に死んだその姿へと、何度も撃ち込みながら。
【零和 拾漆章・零和-Zero sum- 完】




