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クラウンクレイド  作者: 茶竹抹茶竹
【零和 拾弐章・世界を記述する為の幾つかの公式について】
177/220

[零12-2・開示]


0Σ12-2


 ダイイチ区画に戻った私達は、ダイイチ区画のリーダーであるクニシナさんの元へ向かった。装備を外す暇もなく、いやむしろ外す気もなくそのまま直行する。全ての疑惑が彼女に繋がるなら、何かを仕掛けてくる可能性があったからだ。


 クニシナさんの居る部屋に踏み込んだ私達が、その手に銃を手にしたままであることに驚きながらも。それでも彼女は慌てる素振りは見せなかった。


「ダイニ区画が崩壊しました。フレズベルクによるゾンビの投擲と、区画内のセキュリティ崩壊。ダイサンの時と同じです」


 私は落ち着いて言葉を組み立てる。最も問うべき言葉を固める。


「また区画内部において、何者かが破壊活動を行っていた可能性が高いです。フレズベルクが人工物であった以上、私達に対して攻撃をしかけてきている勢力がある」


 ウンジョウさんは死亡し、ドウカケ先生とサキガタさんは殺された。ロトもムラカサさんも行方不明。数千人以上が犠牲になって全てが壊れても、それでも私には嘆いている暇はなく。真実を解明する必要があった。

 フレズベルクが人工物であったから、その解析の為に私達はダイニ区画に向かっていた。そこで私が目にしたのは。


「フレズベルクがダイイチ区画で製造された記録があるとリーベラが応えています」


 私は手にしていた杖を彼女に向ける。

 杖の先端で炎が燃え上がり揺らぐ。決して大きくはないが、それが脅しではないことを示すには十分だった。私が突如何もない空間に炎を灯した瞬間、彼女は初めて大きな動揺を見せた。魔法なんて物を目の前にすれば当たり前の反応ではあったが、私としては好都合である。

 リーベラは人工知能を備えた巨大なデータベースだ。世界中のデータを集約してきたそれが示す言葉は軽視できない。


「ダイイチ区画は、いえあなたはフレズベルクに関わっているんですか」


 神話の名を冠した機械仕掛けの怪鳥は、ゾンビを使い多くの人間を死に追いやり、そしてそれ自体も何人もの人間を殺してきた。

 それは、この場にいる誰もが他人事などではなく。


 張り詰めた空気の中、クニシナさんが口を開く。


「まず、フレズベルクの製造に関わっているという事実は一切ありません。こればかりは神に誓ってもいい。区画内の全てのデータと施設を開示してもいい」

「では何故、リーベラは」

「それは分かりません、ですがリーベラのデータを改ざん出来る者がいた可能性は否定できないでありましょう? ダイサン区画やダイニ区画のセキュリティに進入出来る技術があるなら。それに急にリーベラとの通信が復旧したのも妙でしょう」


 その点に関しては彼女の言葉に一理ある。今までダウンしていたリーベラが急にこのタイミングで復旧するのは都合が良すぎる。

 その何者かが混乱の為に流した偽情報という点も捨てきれない。

 少なくとも、命の危機を突き立てられているにも関わらず彼女の口ぶりに焦りの色は見られない。嘘は吐いていないと信じるしかない。

 ただ、先程から軽微な動揺の色は見えた。


 彼女はリーベラの復旧の可能性についてむしろ希望を持つべきではと言う。


「ですがリーベラが仮に生きているのなら、此方との通信状況が問題なのであってアクセスは可能かもしれない」

「通信状況が悪い方に問題があると?」

「リーベラはその巨大さ故に、幾つかのデータセンターを持っています。簡単に言えば全ての情報を一元管理している大量のPCの集積地。

それは日本にも存在しています。仮にリーベラが生きているのなら、データセンサーに物理的なアクセスをすれば、応答が得られるかもしれません」

「……データセンサーは何処にあるんですか。今までその可能性は充分行きつける筈です。それでも試さなかった場所だという事ではないのですか」

「東京都お台場湾内です。向かうには地理的な制約があり不確実な情報で向かうわけにはいきませんでした」


 だが今は状況が変わった。

 一つはリーベラが生きている可能性があると言う事。

 そしてもう一つは、私の魔法の存在だ。AMADEUS使用の都合上、重量の観点から持ち運べる弾丸には限りがある。だが、魔法は身体への負荷を除けば元手が必要ない。弾数という点で言えば無限とも言える。補給や重量の問題を軽減しながら目的地に向かえる。

 私にはその全容を未だ掴み切れていないが、リーベラがそれほど重要であるなら試す価値はある。


 思考が一瞬私の集中力を乱して、灯していた炎が揺らぐ。炎を燃やし続けるのは止めた。ふと途絶えたそれを見て、クニシナさんは躊躇いがちに口を開く。


「……それで、その炎は一体」

「魔法です」

「何を、そんな馬鹿な……いや、まさか」


 彼女は何か思い当たるものがあったのか、急に何か思考を始める。

 私には詳しくを説明する気も、そもそも必要性もなく、それ以上の事は語らなかった。私にとって必要なのは、魔法の原理の解明でも存在の誇示でもない。私の手元に、脅威に対抗しうるだけの力があるという事が重要だった。

 ドウカケ先生の今際の言葉を思い出し、未だ動揺の続くクニシナさんへと私は問いかける。ドウカケ先生は私に何かを知っていることを仄めかし、そして「クラウンクレイド」なるものを探せと言った。


「では、クラウンクレイドというものを知っていますか。私と何か関係性があるようなのですが」


 クニシナさんは確かにそのワードに反応した。今までの挙動不審な言動の正体がそれであったかのように。愕然とした表情を見せて、その手に力が入る。何か知っているのは間違いないようで、私は睨み付ける。


「何を、いや、むしろ一体どういう事なのですか、それは」


 しどろもどろな答えが返ってきて私は少々苛立つ。彼女は確かにクラウンクレイドなる物を知っているのは間違いなさそうであったが、要領を得ない返事ばかりであった。

 彼女は纏まらない言葉で逆に私に問いかけてくる。


「クラウンクレイドは、知っています……いえ、ですが、あなたと何の関係が、そうではなく、あなたは一体何者なのですか。教えてください、説明してほしい。あなたについて、ダイサン区画から脱出してきた以外の情報を私は知らない」

「……何を言っているのか分かりませんが」


 私の出自についてはウンジョウさんとレベッカ、それにドウカケ先生くらいしか知らない。話す程の内容もないが。


「私には記憶の欠落があります。数週間前に目を覚ます迄の記憶が無い」


 私の説明に黙っていたレベッカが遠慮がちに口を開く。


「祷は、U34と呼ばれる施設で保護した生存者です。保護する以前の記憶がないというか曖昧で、夢か妄想の類の記憶しかなくて……」

「だけど魔法はあった」


 私はそう言い切る。私の記憶において少なくとも一つの整合性が取れた。

 2019年において、ゾンビパンデミックが発生した記録はない。私が60年もの時を越えてきたなどという説明も出来ようがない。けれども、少なくとも魔法は存在しスプリンクラーの存在という点ではゾンビの特徴も合致する。


 クニシナさんが私に問いかける。


「……まさかとは思いますが。2019年にゾンビパンデミックを経験したとでも言うつもりですか」


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