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クラウンクレイド  作者: 茶竹抹茶竹
【零和 拾壱章・焔を掲げろ】
174/220

[零11-7・象徴]


0Σ11-7


-ビル屋上ヘリポート-


「弾あと何発残ってますか!」


 弾が切れたと合図するようにハンドガンを振ってゼイリ氏は首を横に振る。

 ヘリポートの存在する屋上に通じる入り口前に、積み上がったゾンビの死体の山は一種の簡易なバリケードの役目を果たしていた。とはいえ崩れて乗り越えられるのも時間の問題であった。

 私のサブマシンガンも今撃ち切ったマガジンで最後だった。AMADEUSによる移動の都合上、ハウンドの装備には重量制限がある。私はゼイリ氏の救出の為に最初から動いていたので、手持ちの弾数がそもそも少ない。

 入り口前でゾンビが侵入に手こずっている間に、ヘリポートまで後退すると強風の中で叫ぶ。背負ったエヴェレットの鍵の位置を調整し直す。それを見てゼイリ氏は言う。


「そんなもの持ってきてどうすんだ。ガラクタだぞ」


 その問い掛けに、私は首を静かに振る。肯定したくないという感情が自分の中で沸いて出た。


「これと同じ物を私は知っています。エヴェレットの鍵と呼ばれた魔女の杖です。閉ざされた扉を開く可能性の象徴」

「……この世界に魔法なんてものは存在しねぇ。魔法なんて物を探していた人間は確かにいた。そいつらに言われて造った杖だ。だが、魔法なんて物この世界に存在する筈がなかった」


 彼が造ったというのか、このエヴェレットの鍵を。私の知っているエヴェレットの鍵は加賀野家に代々伝わっていた旧い杖だった。細部は違うものの、明らかに同じ意匠を意識している。モチーフになったのか何らの要素による一致か。いや、それよりも。

 魔法を探していた人間がいて、それ故に彼に杖を造らせた。


「やっぱりこれは魔女の杖なんだ」

「だから何度も言ってるだろ、ガラクタにしかならなかったんだコイツは。魔法という可能性の為にコイツは造られた、だが魔法なんて物は存在する筈がなかった。魔法を探してたやつらはカネと時間とヒトを使いまくって探し回ったみてぇだが、出した結論は魔法なんてものは存在しないだった」


 それは違うと私は言いたかった。けれども私の手には、今魔法は存在しない。

 天にまで届くビルを幾つも建て、その中だけで人々は暮らしている。生活を支える全ては自動化されて何の労力もなく平等に行き渡る世界。

 世界のあらゆる情報ネットワークは一つの巨大なデータベースとリンクし、生身で空中を移動する為の術は生まれ、私達の身体の中には健康のためにナノマシンが埋め込まれ、自然破壊から守ろうと全ての動植物を保存する為の箱庭を造り出し、そんな現実の広がる2080年という時代において。魔法は完全に否定されていた。それが正しいのかもしれない。

 本当は魔法なんて存在しないと、全ては見ていた夢であったのだと。私は世界から現実を突き付けられているのかもしれない。

 こんなにも科学が発展した世界で。地獄の上で綱渡りしている世界で。魔法があればとっくに世界だって救えていたのかもしれない。

 だから魔法なんて存在しないのだと。


「祷、レベッカだ!」


 ビル屋上にワイヤーを利用してよじ登ってきたレベッカの姿があって。


「レベッカ、ウンジョウさんは」

「……あたしを庇って……」


 私は言葉を喪った。レベッカにかけるべき、いや私自身叫ぶべき言葉が分からなくなる。

 また世界は牙を剥く。誰かから大切な物を素知らぬ顔で奪っていく。いつかと変わらない、その景色は何度だって見てきたもので。

 私は頭を振る。兎に角考えるべきは今何の行動をすべきかということだった。


「ヘリに、急いで!」


 私の言葉を遮ったのは、吹き荒ぶ風と。そしてその中でハッキリと聞こえた空を切る音。確かに暗闇の中で煌めいた何かがヘリの元へ飛んでいって。それが機体へと抉り込み。

 脳裏を過ったいつかの光景に、私は咄嗟に二人の肩を掴んで勢いよく地面に伏せさせた。そのまま私もその場に伏せる。地面に身体をぶつけたがそれでも構わず。

 一瞬の間を置いて爆発が起きた。始めは小さな爆発が起きて、それがヘリに火を点けて。更に爆発を引き起こす。

 爆炎が巻き起こる。炎が勢いよく這い廻ってそれが次の炎を生み出す。灼熱が風の中で跳ね回る。

 ヘリが再度爆発を起こした。炎が一気に燃え上がる音と衝撃波が轟いてくる。爆発の衝撃で散った無数の鈍色の残骸が、爆風に押し出されて弾丸と見紛う程の速度で空を切る。空気を叩き斬る低い音が耳元を過っていって。私達の直ぐ上を残骸が通り過ぎていく。何かが割れる様な音がした。


「今のは明らかに……」


 何者かによる人為的な被害だった。脱出用のヘリを狙った攻撃だった。闇夜の中でヘリは炎上し続けて、煌々と空を橙色に染める。


「AMADEUSが……」


 レベッカの唖然とした声に私は振り返る。彼女のバックパックにヘリのパーツの一部らしき鈍色の破片が食い込んで。火花を散らしていた。レベッカがトリガーを引くも鈍い音が響いて、AMADEUSは反応しなくなり、射出口からは煙があがる。

 この暗闇かつ暴風の中でAMADEUSを使って下まで降りるのは厳しい、しかもレベッカのは故障しゼイリ氏は装備していない。

 どうする、此処で持ちこたえようにもゾンビが溢れ出してくるのは時間の問題の筈。そう思って振り返った瞬間、屋上入り口からゾンビが勢いよく溢れ出す。

 私は手にした鍵の名を呼ぶ。


「……エヴェレット……!」


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