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クラウンクレイド  作者: 茶竹抹茶竹
【零和 十章・そしていつかの夜天を重ねる】
167/220

[零10-8・幾重]


0Σ10-8


 食事を終えて用意された寝室の部屋に向かう。この部屋には備え付けのシャワーあって、私は疲労を抱えてお湯を被った。

 頭上からお湯の粒が降り注ぐ間、レベッカの言葉が何度も反芻する。きっと私の言葉は慰めになっていないだろうと思い、それを歯がゆく感じた。

 そしてレベッカに優しい言葉をかけながらも、私自身、誰の言葉が欲しくて仕方がなかった。救って欲しかった。


 私には確かにあの時の記憶がある。目の前で人が死んでいく瞬間を、友達が死んでいくその瞬間を、決して嘘なんかじゃないリアルな感触で目の当たりにしてきた。死の恐怖も痛みも苦しみも、希望だって愛情だって確かに感じてきた。魔法という力を手にして、ゾンビという恐怖と対峙して、明瀬ちゃんという大切な人が側にいた。それは間違いなく嘘じゃないって言えるのに。私はこの時代の人間であるのは間違いないと言う。

 私の身体の中にあるナノマシンがそれを証明しているという。目を覚ました私は60年間の断絶を越えてきたのではなく、ほんの数日か数週間か数年か紛れもなくこの世界の連続性の中にいた。


「……私の記憶には断絶がある」


 三奈瀬優子から血清を奪った後。明瀬ちゃんを救った後。その後に記憶は途絶えて世界は変わっていた。有り得ない筈なのに。


「じゃあ、全部私の見てた夢だって言うのか。明瀬ちゃんの事だって嘘だって」


 私の声は誰にも届かなくて。明瀬ちゃんが今此処にいて欲しかった。それだけで良いのに、私の側には誰もいない。

 誰も私に欲しい言葉をくれない。シャワーが自動で止まって、私はまるで突き放されるみたいにシャワールームを出た。部屋の中には何故かレベッカがいて、気まずそうな表情をして座っていた。


「あの、すいません。盗み聞きするつもりとかじゃなかった……のですが」

「別に気にしないで」


 何の用事だろうかと思って私は彼女の次の言葉を待つ。


「あの……なんだかまだ心が落ち着かなくて」

「うん」

「一緒にいても良いですか?」

「良いけど」


 色々とあり過ぎて私はもうベッドに倒れ込む事にして。今の叫んでいた言葉をレベッカに聞かれていたのも、どちらかというと恥ずかしくて私は早々に寝てしまおうと思った。

 けれども、レベッカは私のベッドに滑り込んできて。そっちか、と少し動揺しながらも私はそのままでいた。

 私の目の前で横になるレベッカの顔が近くて、彼女の整った顔立ちと透明感のある肌をつい

見てしまっている自分に気が付いてふと視線を逸らす。


「パンデミックが起きたのは5年前です」

「うん」

「あの日あたしは母と出掛けていて、出先でゾンビパンデミックと遭遇しました。訳の分からないまま母に手を引かれ近くのビルに逃げ込んで。だけどそこで母は感染しました」


 毛布の中で、細々と呟かれる言葉は静かに落ちていって。反響せずにシーツに吸い込まれていきそうで。目の前にあったレベッカの手を軽く握る。


「その時、当時特殊部隊に所属していた父が偶然突入してきたんです。父は母を見て迷って、それで噛まれて。あたしの目の前で二人とも感染して、そして射殺されました」

「そっか……」

「その時引き金を引いたのがウンジョウさんです」

「それは……」

「ダイサン区画で女の子を助けた時から、あの日の事がずっと脳裏から消えなくて。目の前で二人が死んだ光景が消えないんです」


 その指先は震えていて私の手の中で、それは何かを求めて微かに動き回る。シーツ越しに伝わる彼女の熱が、私のそれとの境界を曖昧にしていく。


「あの時、あたしは強くなれって言われました。その言葉を信じてずっと戦ってきました。強ければ父も母も死ななかったんじゃないかって、強ければもう誰も殺させないんじゃないかって」

「それは」

「正しいのか間違ってるのかなんてわかりません。でも、あたしにはそれしかなかったんです。だから、あたしの全部が間違ってたわけじゃないって言葉は嬉しかったんです。あなたが今生きている事はそれの証明になるみたいで」


 ぎこちなく伸ばされた彼女の手が私の頬に触れた。くすぐったくありつつも、その指先があまりにも愛おしそうに繊細に動くから、私はそれをされるがままにさせた。

 優しく寄り添う様な言葉は、つい私の口を開かせる。


「明瀬ちゃんの為に、私は止まるわけにはいかなかった。負けるわけにはいかなかったから。二人で生き残る為になら、何だって切り捨てられた。何だって出来た。そうやって進み続けてきていくうちに、私の傍には誰もいなくて、それでも明瀬ちゃんだけ居れば構わなくて……。なのに今、私の傍には誰も、明瀬ちゃんすらもいなくなってしまった」

「あたしがいます」

「レベッカ……?」

「あなたが幾ら進んだとしても、あたしが傍にいます」


 それは今の私にとってはあまりにも強烈で、そして優しく甘い言葉の様に聞こえた。レベッカが私の頬に手を添えてその視線を私のそれと合わせてくる。その瞳の奥へと吸い込まれそうな感覚が私の背筋を撫でて。

 そんな中、部屋の片隅に置いた通信機から音声が入った。


『ダイニ区画上空にフレズベルクを確認した!』


 その通信と共にベットから跳び起きる。傍らのハンドガンを掴んで。


「……やっぱり来たか」


【零和 十章・そしていつかの夜天を重ねる 完】


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