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クラウンクレイド  作者: 茶竹抹茶竹
【零和 十章・そしていつかの夜天を重ねる】
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[零10-5・矛先]


0Σ10-5


 嘆くくらいなら足を止めてしまえば良いのに。

 それとも、その声を捨ててしまえば良いのに。

 私はその言葉を否定も肯定も出来なかった。そう、きっとその言葉は正しい。正しくはあるのだ。でもそれはあまりにも強い言葉であった。

 レベッカに言われた言葉が重なる。

 かつて加賀野さんと別れ際に交わした言葉を思い出す。

 全ての人が強いわけでは無くて、あまりにも正しい言葉は誰かを傷付ける。

 それでも、そうやって逃げてきた事が未来を壊したんじゃないのか。そう誰かに問いかけたくて仕方がなかった。


 サキガタさんが憤慨した様に言う。


「罪がどうだとか知らねぇけど。ゾンビに喰われてたまるかっていう気持ちにしかなれねぇ」


 かつて人々が生きていた世界というものはとっくに崩壊していて、そこにいるのはゾンビだけだ。生息域を追われた人類はコンクリートと鉄筋で出来たノアの箱舟を空高く作り上げて、その僅かな領域において生きている。

 その構図はまるで、と私はふと連想したものがあった。此処と同じではないだろうか、と。世界を埋め尽くし、その代償にその他全てを塗りつぶし。まるで祈りか贖罪であるかのように、箱庭を作って塗りつぶしてしまうものを全て押し込めた。その構図における立ち位置が変わったのではないだろうか、と。

 私の考えを察してか知らずしてか、ムラカサさんが口を開く。


「人がその軛から外れてその果てに待つのが滅亡であったのなら。世界がバランスを取ろうとした結果なのかもしれないわね。地球が過酷な環境に変わり、それに適応出来なかったものが滅んでいくのなら、それはまた種の存続と進化の形でしかない」

「生存競争による進化……ゾンビと人間との陣取りゲームですね」

「ダイサン区画を襲ったスプリンクラーが2体だったという事は、それが突然変異ではなく生存競争の為の進化なのかもしれないわね」

「……そうですね」


 私は違和感を静かに噛みしめながら頷く。

 人口増加に歯止めをかけられなかった人類は、その生活様式、いや生き方を大きく変えざるを得なかった。その結果生まれた社会はゾンビの発生という地球環境の変化に適合し切れなかった。

 ゾンビによって人は箱庭に閉じ込められた。ならば世界はどうなるのだろうか。地球の存続の為に、全てを健全化する為に、人が邪魔だったとするならば。その全てを塗りつぶしてしまうという事ではないのだろうか。

 これもまた進化と分岐でしかない、と。クラウンクレイド描きながら明瀬ちゃんなら言うだろうか。そこには善悪も是非もなく、ただその結果であっただけだとそう言うのだろうか。


 ただ一点。フレズベルクが、神話より名を借りたそれが機械仕掛けの偽りであったことが判断を迷わせる。今私達が直面している悲劇が何らかの作為的なものであるのではないかという限りなく事実に近い疑念が。

 会話が途切れてムラカサさんが本題を思い出す。


「そう、ゼイリのオジサンの所に残骸を運んだから、呼びに来たのよ」


 サキガタさんと別れて私はゼイリ氏の元へ向かった。先にレベッカも来ていてウンジョウさん含めて四人が揃った形だった。

 部屋の中央にはフレズベルクの残骸が横たわっていて、その禍々しい存在感に私はつい身構えてしまう。


「あんたが祷か、すごいもんを拾ってきたもんだな!」


 ゼイリ氏は綺麗に禿げ上がった頭とシワの寄った額から年を食っている感じはするも、口を開くと快活というよりもうるさいくらいである。


「……拾ったというより捕まえたというか。調べられるものですか?」

「ウンジョウから話は聞いたぜ、調べてはみるがちょっと時間が欲しいな」


 フレズベルクの内部構造についての専門的な講義が始まりそうになったのでウンジョウさんが釘をさす。


「誰が造ったものかの見当はつくか?」

「リーベラのサーバーが生きてりゃパーツの型番や材質から製造者が絞り込めたかもしれんが……、まぁ全部バラして見ない事には分からんな」


 リーベラの名前がまた出てきた。そんな情報までもリーベラは統括していたのか。生活の殆どに直結していたネットワークであったのは確かなようである。

 以前世界のネットワークは分断されたままで、リーベラのサーバーは復旧していない。


「まぁ、明日までかかりそうだから待っててくれ」

「なるべく早く頼む」


 ウンジョウさんの言葉に彼は頭を掻いた。

 私達が囲っている機械仕掛けの怪鳥は、それが機械仕掛けである事にあまりにも大きな意味を持ち過ぎていた。何人もの人が目の前で、フレズベルクによって死んでいった。ハウンドのメンバーであればきっと今までそんな光景を目にしてきたのだろう。


「ウンジョウよ、気持ちは分かる。俺だっていまだに信じられねぇし、許せねぇ気持ちで一杯だ。俺達は力の及ばない悲劇に襲われてるんじゃなくて、誰かの悪意によって大切な物を奪われたんだってな」


 ダイサン区画の崩壊。そのたった一文には数千人規模の人命が見え隠れする。混乱を避ける為に情報は秘匿されたが、それも時間の問題ではあろう。

 パンデミックの光景を、人の死を、あまりにも見てき過ぎて。そして今も何処か夢を俯瞰で見てるような感覚で麻痺してしまいそうになるが、大量の人間が死んだのだ。訳も分からぬうちに、恐怖に支配されたまま、ゾンビと言うものに殺された。その引き金が誰かの手によって引かれたものであるならば、ウンジョウさんやレベッカの抱えているであろう感情は如何ほどに激しい物であるのか想像も出来ない。世界は壊れて、その中で聖域を作って、それもまた壊されて。

 二人は二度も、いや何度もその大切な場所を喪ってきた。


「だからこそ一度、冷静にならなきゃならねぇ。怒りや憎しみは必ず判断を鈍らせる。その矛先と捌け口を間違えちゃいけねぇんだ」

「……分かっている」

「真に向けるべき相手を見失うな」


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