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クラウンクレイド  作者: 茶竹抹茶竹
【零和 八章・血に生きる】
156/220

[零8-5・放棄]



0Σ8-5


-2080年、ダイサン区画ビル内部-


「レベッカ!」


 ウンジョウの叫んだ声にレベッカは咄嗟にショットガンの銃口を向けた。ダイサン区画内部に突入したレベッカを突然襲ったのはゾンビの姿で、咄嗟に引き金を引く。銃口から飛び出した散弾が、ゾンビの上半身を吹き飛ばして肉塊に変える。

 ダイサン区画の状況は混迷を極めていた。レベッカ達が脱出した時点ではビル上層部の食堂を中心とした階にゾンビが発生し、防護扉を閉じて封じ込めに成功した筈だった。

 だが、それが空いていた。防護扉は開放されており、その先に進むレベッカ達をゾンビの群れが襲いかかってくる。感染は初期で封じ込めに成功した筈だったのに、ビル内部には感染者で溢れている。


「どうして……こんな!」

「原因は兎も角、ゾンビに進入されている以上作戦を変更する。中央管理ブロックまで突入しコントロールを取り返す」


 ウンジョウは指示を出すとともに他のメンバーを走らせた。まずは今レベッカ達の居るビル中層まで降り、そこから空中廊下を通ってダイサン区画の中心に位置するビルへ移動する。そこからラセガワラ達のいる筈の中央管理ブロックまで行く。状況が把握できない以上、司令塔と言うべき中央管理ブロックを目指すのは当然であった。防護扉のコントロールを制御しているのもそこである。


「レベッカ」


 ムラカサに声をかけられて一瞬、レベッカは足を止めた。


「何でしょうか」

「……大丈夫?」


 彼女の問い掛けに、レベッカは冷静に言葉を返す。


「問題ありません」


 手にしたショットガンの残弾を確認する。チューブマガジンに装填された弾丸が赤い光沢を返す。足元に落ちている薬莢をブーツの先で払いのけてレベッカは一つ深呼吸をする。


 ゾンビを前にすると、いつも同じ光景が脳裏を過る。始まりのあの日の事、パンデミックが起きて世界が壊れて、そして両親が死んだ。

 幼い自分には何も出来ず、目の前で二人は死んでいった。その光景が今もレベッカの首元を締め付ける。けれども今は違う、とレベッカは思う。

 手の中にあるのはUTS15と呼ばれるポンプ式のショットガン。その重厚な見た目に反して、材質は強化ポリマー樹脂で女性でも十分に扱える重さである。ショットガンながらチューブマガジンを銃身両側面に備えた事で15発という装弾数を可能とし、制圧力は非常に高い。また散弾という都合上、正確なエイムもそれほど必要なく、室内や密集した相手に対して非常に強力な性能を誇る。

 それはつまり。

 レベッカにとって、ゾンビを撃ち殺す為に最適な選択だった。今、その手には、それさえあれば、ゾンビを撃ち殺す為の力がある。


 レベッカが廊下の曲がり角で振り向きざまに引き金を引いて群れたゾンビを撃ち抜く。呆気なく只の肉塊に変わっていくその半身を蹴り倒して、レベッカは進む。飛び出してくるその影に、一瞬の躊躇いも無く鉛玉をぶち込む。手早くリロードして薬莢を床に零し次の弾丸を装填する。確かな感触が手の平に返ってくる。誰よりも先に立ち、目の前に立ち塞がるものを全て薙ぎ払う。

 今、その手には確かな力があって。

 今、目の前にはいつかと同じ様な悲劇が拡がっていて。 

 感染は予想以上に広がっていて、ビルの中を進めども進めども地獄しか見えなくて。レベッカは床に散らばった生乾きの血と肉を靴底で撫でつけて、それを足跡の様に記す。廊下の至る所に転がった赤黒い染みに浸された奇妙な残骸が、四肢を捩じ切られて内臓をぶちまけた人間の死体だと気が付くのに暫しの時間を要した。それを貪るゾンビの頭を撃ち抜くと勢いよく死体の中に突っ込んでいって。肉片と肉塊がぐちゃまぜになる。

 生きている者の姿は何処にも無く。充満しているのは血の匂いだけで。


「リロード!」

「カバーしろ!」


 レベッカは前線から一歩退き、予備の弾丸を装填する。左右のチューブマガジンに7発ずつ弾丸を送り込む。

 それでも、と思う。まだ間に合う。今、沢山の人間が死んでいくのを目の前にしてそれをまだ止められる。

 レベッカはそう信じていた。

 あの日とは違う。


「中央管理ブロックはこの通路の先だ!」

「非常用シャッターが空いてます!」


 そう誰かが叫んで全員の視線は釘付けになった。通路の突き当りにある中央管理ブロックはダイサン区画の指令室と言える場所である。それはどの場所よりも強固な構造になっていて緊急事態には進入者を防ぐ強固な要塞となる。筈だった。

 しかしレベッカ達が目にしたのは血の海と化した通路と、這い回る無数のゾンビの群れとその先に見える口の開いた中央管理ブロックである。


「何故だ! 防護扉も電子ロックも非常用シャッターも機能してないんだ!」


 ウンジョウの行き場のない怒声に応えられるものなど誰もいなかった。答えなど何処にある筈もなく、誰もがそれを欲しがっていた。

 安全な筈だった。完璧な筈だった。

 その塔はゾンビと言う脅威から逃れるために作られた絶対で完璧な聖域。誰もがそれを信じていたし、疑うことなど出来る筈も無かった。それが今、瓦解していた。


「突入します!」


 レベッカは返事も待たずに走り出す。ウンジョウがそれを追った。

 迫りくるゾンビを片っ端から撃ち抜く。残弾を確認する暇もなく、ただ無心に引き金を引き続ける。吹き飛ばしたゾンビの半身の向こうにまたゾンビが居て。その頭部にめりこませるように、銃弾を叩き付ける。

 レベッカにはいつもの予感があった。まだ部屋の中に誰かがいる。生きている人間の気配を感じる。それは悲痛な願いである可能性も否定できなかった。だが、ハッキリとレベッカはそれを感じていた。

 部屋の入口まで勢いよく駆け抜けて、そこに背を預ける。乱れた呼吸を揃えてレベッカは室内に突入する。其処にいたのは、椅子に腰かけたままのラセガワラだった。


「寄るな、レベッカ」


 ラセガワラの言葉にレベッカは咄嗟に足を止めて、そしてその意味に気が付く。彼の首筋には大きな噛み跡があって、腹部の辺りから大量に出血している。彼の足元にはハンドガンとゾンビの亡骸が転がっていた。

 レベッカは顔を歪ませる、ショットガンを持つ手は震えて、それを取りこぼしそうになる。レベッカの背後でウンジョウが息を呑んで。それでも、彼はその銃口をラセガワラから外さなかった。


「ウンジョウ、ダイサン区画を放棄しろ」


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