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クラウンクレイド  作者: 茶竹抹茶竹
【零和 八章・血に生きる】
153/220

[零8-2・監視]

0Σ8-2


-2075年、都内上空-


『ゾンビが何処かの国の生物兵器なんて話あると思うか』

『何を馬鹿な』


 振動が収まる気配のないヘリの機内。目の前に座る同期のウンジョウに鼻で笑われて、陸上自衛隊員のギインは自身の馬鹿げた妄言を一蹴した。しかしながら、そんな冗談の一つでも吐かなければ気が狂いそうであった。

 三日前。それは大規模な暴動事件として扱われた。市民の一部が暴徒と化し、他の通行人を襲いだすというショッキングなニュース。明らかに異様な事件は、しかし現代の麻痺したコミュニティネットワークと異常な「隣人愛」によって矮小化されてしまった。人々の「高貴」で「上品」で「理知的」な市民の声を恐れ、然るべき立場の人間は、然るべき判断をする事を先延ばしにした。

 それが今、眼下で広がっている光景の始まりだ。巨大ネットワークであるリーベラのサーバーがダウンし、これが只の暴動ではないと誰もが勘付き始め、多くの人間が犠牲になって。そうして世界の御偉方が導き出した答えは、これがパンデミックであるという馬鹿みたいな宣誓だった。


 いつしか感染者は数十年前の空想上の世界に存在した「ゾンビ」というモンスターのあだ名で呼ばれ、それがまるでフィクションの様に地面を覆いつくそうとするまでには逆にさほど長い時間を必要としなかった。

 射殺許可は下りている、躊躇わずに撃て。そんな命令が装着したヘッドセッドに再三流れる。今や何の意味もなく、それが三日前に速やかに出ていればこんな地獄じみた景色は拡がっていない筈だった。


 ギインはアサルトライフルF2000を抱えたまま、ヘリの機内の床に目を落とす。くすんだ鋼鉄の合板を見ていれば、外の景色を見ずに済んだからだ。それと同時に余計な事を考えずにいたかった。

 有事に対する覚悟はいつだってしてきた。しかし、世界規模の感染拡大による混乱は、ギインの家族の安否すらも定かでなくしていて。妻と10歳の娘であるレベッカの事が、幾度も脳裏をちらつく。


『レベッカちゃんが心配か?』


 ウンジョウにそう聞かれてギインは大きなため息で応える。ウンジョウは入隊時期を同じくする同期であり、今も同じ特殊作戦群CCに所属する腐れ縁であり、研鑽を競い合う仲であり、ツーマンセルの際の固定化した相棒であり、そしてプライベートでも交流のある仲だった。

 故に、ギインの妻と娘にもウンジョウは面識がある。娘のレベッカが10歳を迎えた誕生日には、ウンジョウが巨大なぬいぐるみを贈ってきたのもあって、非常になついていた。


『45秒後に降下しろ、ウンジョウが分隊長だ。現場で指揮を取れ』


 司令部からの通信にウンジョウが慌ただしく立ち上がる。ヘリの降下ポイントに到着間際だった。ギインもまた立ち上がるとライフルを背負い、突入目標の民間企業ビルを視認する。

 何故か政府高官がパンデミック発生後にこのビルに向かったらしく、進退を阻まれ包囲されているらしい。ウンジョウ率いる分隊の受けている命令は、このビル内に取り残された政府高官の救助だった。

 分隊はウンジョウを分隊長として四名で構成されており、ツーマンセルを最小単位とする特殊作戦群CCにおいてツーマンセル二組での分隊は最も基本的な編成だった。厳しく高度な訓練と幾度なく実戦を潜り抜けた彼等であっても、今回ばかりはその表情に緊張の色が濃く見える。一人平然としているのはウンジョウくらいなものである。ゼイリの様に家族の身を案じる訳でも無く、ゾンビと言う未知の存在に怯えるでもなく、ウンジョウはいつもと変わらぬ姿だった。


『内部の状況は不明。目標とは30分前より通信途絶。暴徒がビル内部に進入した可能性あり、発泡を許可する』

『ギイン、先鋒を務めろ』

『了解』


 司令部からの通信が再度繰り返されている内に、ビル屋上にヘリが着陸する。と同時にギインは屋上へと跳び降りる。ライフルの照準を周囲に素早く向けて状況を確認しながら、ビルへの入り口へと進む。見通しの良いヘリポートであっても、件のゾンビとやらが何処からか沸いてくるのではないかという嫌なイメージが過る。

 屋上から内部を結ぶ金属製の重厚な扉の直ぐ側へと付ける。鍵がかかっているのを確認すると、プラスチック爆弾でドアノブごと吹き飛ばす。爆発に乗じて中からゾンビが飛び出してくるなんてことも無く静まり返ったビル内にギインは突入する。

 最後の通信内容から政府高官が居る可能性が高い最上階とその下の階を捜索する為、ギインはウンジョウと共に最上階の廊下を進む。残りの二人組は非常階段を使い下の階に向かった。

 突入したオフィスビルの最上階は宿泊施設を備えた個室が連なっている造りになっている。リモートワークの進んだ現代、オフィスビルは特殊業務の宿泊施設を兼ねることが殆どだった。廊下は静まり返っており荒れた痕跡もない。感染者はこの階まで昇ってきていないのかもしれない。


『奥まで先に行け』


 ウンジョウの指示に頷きギインは先に進む。ウンジョウが手前の部屋に確認のために入っていくのが見えた。

 時間との勝負だった。ツーマンセルでの行動を解いてでも、とにかく片っ端から政府高官の姿を確認する必要がある。

 ギインは奥の方の部屋へ滑り込む。部屋の中を素早く索敵しながらその部屋に誰もいない事を確認して。そこで手が止まった。


 異様。そう呼ぶべき光景だった。作業スペースと思わしき一画、その壁一面に投影型の液晶が並び画像と映像が映し出され続けている。それだけなら何の変哲も無い、しかし映っている物が問題だった。

 共通しているのは一人の少女の姿だった。黒い髪をした高校生くらいの小柄な少女。黒いマントと帽子を着込み、長い杖状の何かを持った奇妙な格好をしている。

 その少女の姿を様々な角度、場所、シチュエーションにおいて撮影した画像や動画が壁一面に並んでいる。無数のそれらは全てその少女が中心に映り込んでいた。


「イノリ……アカネ?」


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