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クラウンクレイド  作者: 茶竹抹茶竹
【零和 七章・機械仕掛けの神を冠して】
150/220

[零7-4・神殺]

0Σ7-4


 ダイイチ区画から私達の乗ったヘリが飛び立つ。ダイサン区画には十五分かからず到着すると告げられると私達の先程までの決死行は何だったのかと誰かに詰りたくもなった。たったそれだけの移動すら、この社会は置き去りにするしかなかったのだ、と言われているようで。

 機内はローターの爆音と機体の振動が凄まじく私は顔をしかめる。レベッカに渡された重厚な遮音性のヘッドホンを付けると、私の横に座ったムラカサさんが無線越しに話しかけてくる。


『破裂するゾンビ、なんと呼んでいたっけ?』

「スプリンクラ―です」

『そうそれ、スプリンクラ―から感染したらスプリンクラーになるのかしら』

「それは私には何とも」

『何とか生け捕りにしたいわね』


 私達の会話を聞いていたのかウンジョウさんが割って入ってくる。


『駄目だ、危険すぎる』


 そんな否定の言葉にムラカサさんは食ってかかる。


『ゾンビは解明できていない事が多すぎるわ、少しでもデータが欲しいのよ』

『危険を冒してサンプルを集めて、その労力で何が救えるという話だ。お前の個人的な趣味の為に危険は冒せない。誰もそんな事を望んでいない』

「趣味?」


 私の言葉に隣でムラカサさんは肩をすくめる。ゾンビの実態解明は人類の為になるものではないだろうか。少なくとも何らかの公的バックアップを受けている活動だと私は勝手に思い込んでいた。ムラカサさんは自嘲なのか皮肉なのか分からない笑みを造る。


『ゾンビが元の人間に戻る筈もないし、仮に戻せたとしてもそれを私達は受け入れられるか、って話』

「それは……」

『この世界を壊して人類を食して大切な人を殺した相手。それを全てウィルスのせいだった、治療できたからもう問題ない、そんな風に割りきれるかしら。少なくともこの場にいる人間はそう思えない。いいえ、思いたくないでしょうね』

『そんな相手を、今何十億といるゾンビを、片っ端から治療して回るか? 何のメリットもないのに。ならば、その行動に何の意味がある』


 ウンジョウさんがそう言って会話を引き継ぐ。私はゾンビの解明が出来れば解決の糸口になると思っていた。けれどそれは違った。

 世界は既に一度壊れていて、それを土台にして新しい世界を作ったのだ。世界はいつだって不可逆性だから、かつての世界を取り戻そうとすることは今出来上がった世界をまた壊すことでしかない。

 今ここでゾンビが全て元の人間に戻ったとして、それを全て救うだけの余力はこの世界にはない。だって、そうだろう。完璧なインフラが構築された社会で人々は何の苦難もなく生きているけれど、それは限られたリソースでしかない。この地上全てを多い尽くすほどの彼らに、平等に分け与えるリソースは存在しない。ならば必ず綻びを起こす。今の社会を壊さなければきっと成立しない社会に変わる。


『残念だけれども、仮に治療できたとしても。それをするだけの力も、そして

受け入れるだけの力も私達の社会にはもう残ってないのよ。パンデミックの混乱で色んなものが崩壊して破綻した。それを元通りにするのは無理なの』


 だって世界は一度壊れたから。壊れた世界を土台に、聖域を作り上げてしまったから。でもそれは危ういものであると、私は何度も目の当たりにしてきた。

 ウンジョウさんが言う。


『ゾンビは治療できそうもない、全部殺すには銃弾が足りない。ならばゾンビとの間に防衛線を引いて、その中で生活をしていく。ゾンビと言うものを無視すれば今の生活はいつの時代よりも満たされている』

「でもそれは不安定な足場でしかありません。現に今、私達が此処にいるわけです」

『どんな物だって、何かを犠牲にしなければ存続できない。今の社会が崩壊する危険を冒す必要が何処にある。好転する可能性は同時に悪化する可能性を孕んでいる。なら今の状況を存続させる方が良い』


 そこに誰かの犠牲を強いるとしても。

 それは、その言葉は。確かに正しくある。私はそれを真正面から否定は出来ない。全てを救う事を否定し続けて私は生きてきた。何かを犠牲にしなければ生き延びられない時が幾つもあって、そして私はそれを受け入れてきた。

 けれどもウンジョウさんの諦観じみた言葉は、違うと否定したかった。

 彼の言葉を思い出す。無責任でも無自覚でも生きていける、それが成熟した社会だ、と。彼はそれを否定も肯定もしなかった。でも彼の根底にはその言葉が生きているのではないかと私は思う。間違っていると分かっていても、それを受け入れるしかない、と。


「でも、それはまた未来を壊してしまうんじゃないですか」

『ならば変革の咎を背負うのか』


 その問いは何処か悲鳴にも似て。


『それは言わば神殺しだ。今の社会を成り立たせている絶対という名の神話を殺す行為だ』


 クニシナさんは仮初め、と呼んでいたのを思い出す。

 この社会の土台は壊れた社会で。その足元には地獄が広がっていて。それでも、それを見ないことにして成り立っている。絶対の不変を信じなければならないのは、そこから逃れる術も解決する術もないからだ。誰かに犠牲を強いる事自体を私は否定できないけれども、それを不変として継続し続ける事は出来ないと私は思う。それは必ずいつか綻びを生む。

 黙りこくった私を見てムラカサさんが言う。


『だけど、私は知りたいと思ってるわ。例え私達を殺すのが神だとしても、その御心さえも解明してみせる』

『それは何の為だ?』

『私の為』


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