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クラウンクレイド  作者: 茶竹抹茶竹
【零和 六章・かがり火が消えた後】
144/220

[零6-4・繁栄]

0Σ6-4 

「それは結果論だ」


 ウンジョウさんが会話に割って入った。


「あの日、もっと多くの人間が区画内にいたとしたら、区画でも大規模なパンデミックが起きていたかもしれない。あの日、もっと多くの人間が救えていたら区画内での生活はパンクして生存者による対立が起きていたのかもしれない。俺達に選択肢があるのは今とほんの少しの未来だけだ」

「でも、あの時あたしにもっと力があれば!」

「過去を悔やむのは大事だが、そうしたところで現状は何も変わらん」


 何の話をしているのか私は知らなかったが、それでも想像は出来る。失って悔やむのは、過去の選択に惑うのは、誰だってそうだ。私だって同じだ。レベッカよりもウンジョウさんの側に近いだけに過ぎない。


「移動するぞ」


 ウンジョウさんがそう言って会話を断ち切った。AMADEUSの移動を再開する。私は話題を変えようとレベッカにヘッドセッド越しに話を振る。


「そうだ、リーベラって何?」

『アメリカが所有していた大規模多層数量解析を行う人工知能です。食糧危機以前からビックデータ解析とそれをベースにした方策判断を行う人工知能を実地ベースで運用しようとしていたアメリカの政府機関は、食糧危機においてその解決策をリーベラに求めました。そこで提示されたのがハイパーオーツ政策です』


 急に人工知能なんてものが出てきて私は混乱した。

 リーベラと呼ばれた人工知能はその演算能力の高さから、様々な用途で利用されたらしい。食料危機を乗り越えて世界は繁栄の時代を迎えた。その側にあったのがリーベラということらしい。


『平たく言えば超巨大なサーバーコンピューターとデータ処理に長けた演算システムの事です』

「それがリーベラなんだ」

『当時のアメリカの方針で、ハイパーオーツ政策の拡大の為にリーベラは全世界からのアクセスをフリーで受け付けました。それは後にハイパーオーツに絡んだ事象に限らず様々なネットワークやシステムがリーベラに集約されていくことになります』

「それは何故?」

『一つはリーベラが高いセキュリティレベルを維持したままアメリカの管理下から独立した全世界共有システムとなったことです。もう一つはリーベラの演算能力と自由度が高かったためです』

「成程」

『ただ、現状リーベラのサーバーはダウンしているようで此方からの要求に応答しない状況です。ですが』

「私のいたU34のネットワークとリーベラが通信していた可能性があるって話だったよね」

『そうです、リーベラは様々なインフラやデータベース、ネットワークとリンクしていましたから、もしリーベラが復旧出来れば通信状態が不安定な状況の特定や他国の状況の把握が出来る可能性があります。それと』

「それと?」

『ゾンビ化の原因も解析出来る可能性があります」


 この世界においてもゾンビについては多くが分かっていないと言っていた。原因のウィルスなり病原菌なりも分かっていない。

 現状、区画という聖域において生活は出来ているのは人類の勝ちではないが、負けでもない状況だ。ゾンビの数はあまりにも多く片っ端から倒していくのも現実的ではない。ゾンビを人間に戻せるかという点についてもかなり猜疑的な目を向けざるを得ないが。これ以上の感染を防ぎながら、生存域は死守する。そんな消極的な戦いを続けてゾンビが息絶えるのを待っているのだろうか。

 私のそんな感想にレべッカは沈んだ声を出す。


「五年前。パンデミックから逃れた私達は、ゾンビが長期間活動出来るとは誰も思ってませんでした。ウィルスに感染しただけの人間が絶食状態で長期間活動出来る筈がありませんから」


 食性は肉食で人間にしか興味を示さない。共食いも起こらない。ならば増え過ぎたゾンビは餓死して然るべきだと誰もが考えた。故に安全圏で守りを固めて待ってれば良いと。だがそれは起こらなかった。ゾンビの数が減る気配はないまま、我慢比べを始めてから既に五年が経過した。


『レベッカ、正念場だぞ』


 ウンジョウさんの言葉の意味を私は遅れて理解した。ビルの中腹でワイヤーにぶら下がったままの私達が直面したのは、眼前に広がる森の様な場所だった。木々の生い茂る公園の様な場所がビルの立ち並ぶ街中に横切るように突如出現していた。勿論中には高層ビルの類は無い。ウンジョウさんから通信が入る。


『ダイサン区画とダイイチ区画の距離はおおよそ10kmもないが移動には障壁がある。それがこの新赤坂公園だ』


 都会のど真ん中に突如出現した様な巨大な森。都内再開発に伴い皇居、迎賓館、新宿御苑、代々木公園の四つを直結させた巨大な公園だという。あまりにも広大過ぎて端まで見通す事が出来ない。公園の一面を埋め尽くす木々は鬱蒼と生い茂り、さながら一つの山脈の様だ。

 その木々の向こうに、ダイサン区画と似た超高層ビルディング群が見えた。


『敷地面積約30km²、ダイイチ区画の目の前に広がる巨大な森だ。これを迂回する為に高層ビルの存在しない低階層帯を通過する必要がある』

「森を抜けていくのは出来ないんですか」

『WIIGのアンカーは真空状態を作り出す事で固定しているが、これが曲面かつ凹凸の多い木の表面には固定出来ない。それにワイヤーが木の枝に邪魔されて絡む可能性がある。地面は言わずもがな奴等だらけだ』


 迂回して低階層帯を抜ける、その意味と危険性を私は実感した。進行ルートから高層ビルが突如途絶えた。幹線道路を挟んだ向こうには10階建て以下の建物が並んでいる。私の見知った光景に近い。平屋の商業施設なんかもあって背が何れも低く凸凹としている。ビル壁面に朽ちた看板が並び、アンカーを打ち込む場所に苦戦しそうだった。

 問題はAMADEUSによる移動だ。WIIGによるアンカーを打ち込みワイヤーを巻き上げる事で推進力を得て、背中のAMADEUSによるイオン風の発生で揚力を得る。しかし人を完全に飛ばす程の技術力はない。徐々に重力に引かれて落下していく。高層ビルの合間であったからその強引な移動が可能なのであって、建物の間を渡る際に、その距離が広くワイヤーの巻き取りとAMADEUSの推力が追い付かない際に振り子の様な動きになったのなら、数メートルは下降する。数階建ての建物でそれは死と隣り合わせになる。地面に叩き付けられるだけでなく、ゾンビと接触する可能性が高い。


 AMADEUSの出力を最大にする。対岸の建物へ向けてWIIGのワイヤーを撃ち出す。私を先頭にレベッカとウンジョウさんが続く形になった。此処にきて順番を変えた理由が分からなかったが、とにかくビルの壁を蹴って飛び出す。


『とにかく全力で飛べ! 絶対に止まるな!』


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