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クラウンクレイド  作者: 茶竹抹茶竹
【零和 五章・今、雪崩の如く】
140/220

[零5-5・冷酷]

0Σ5-5


「え?」

 此処にいるだけ、つまり二名だけ。

 死亡した三人を含めても五人という事になる。

 数千人規模の居住区でインフラ整備とゾンビ対策を行っている人間が五人しかいないと言う。

 ゾンビによるパンデミックが起きて足元はその為に崩壊していて、そんな状況で武装した人間がたったそれだけだという事実に私は愕然とした。

 私は辿り着いた一つの可能性を問いかける。

「銃火器はそれしかないと言う事ですか」

「いや、銃はかつて存在した自衛隊と米軍からの横流し品だ。貴重ではあるが数が不足しているわけでもない」

「じゃあ、何故」

 そこまで言って、私はレベッカの言葉を思い出す。

 人々は空を目指し、ゾンビから逃れるための聖域を造り上げた。

 高い塔の上、まるで行き止まりみたいな場所でありながらそこは聖域とも呼べた。

 ゾンビの侵入を防ぎ完璧なインフラを提供する場所、清潔なシーツと温かいシャワー、乾いていない食事。

 足元に地獄が拡がっていることを忘れるくらいの恵まれた生活。

 いつだってそこは崩れ落ちる可能性を孕んでいたのではないのか。

 その可能性を潰す為の備えは、今目の前にいる二人だけで。

 ハウンドになるメリットは何もない、とレベッカは語った。

 パンデミックへの怒りを忘れてしまわないように彼女は戦う事を選んだけれど、きっと誰もがそれを忘れようとした。

 そこには何のメリットもないのだから。

「……銃は何処ですか」

 私は問う。

 私は未だ、パンデミックの記憶と仲良く付き合う術を知らない。

「素人を教育している時間はない。ラセガワラ様から指示があった。ダイイチに向かう」

「ダイイチですか」

 レベッカが問い返す。

 現在私達がいるダイサン区画は旧新宿区の辺りに位置している。

 ダイイチが旧中央、千代田、港区の丁度重なる辺り、ダイニは旧品川、港区の周辺に位置している。

 移動出来ない距離ではない。

「ダイイチから戦力を借りてダイサンに戻ってくる。そうしてゾンビに占拠されたB、Cホールを奪還する」

「待ってください、中にいる人達は今ならまだ助けられます」

 レベッカは震える声で聞いた。

 ウンジョウさんの答えを聞くまでも無かった。

 たった二人で対応するのは更なる拡大を引き起こす可能性が高い。

 ゾンビ殲滅を考えるよりも、封じ込めたままの方が良い位だ。

 けれどもレベッカはウンジョウさんに詰め寄る。

「まだ生きている人がいます」

「確認する術がない」

「分かるんです、あの時と一緒です。まだ何人か生きてます」

「お前の直感とやらを信じるわけにはいかない」

 レベッカの直感とやらは周知の事実らしい。

 生存者がいるという直感が彼女にはあるらしいが、私には判断が付かなかった。

 先程から建物内は静まり返っている。

 私の時もそうだった筈だが、生存者の姿は少なくとも目視出来ないし、気配も感じられない。

 ウンジョウさんが難色を示すのも当たり前だった。

 ウンジョウさんの否定の言葉にレベッカが叫ぶ。

「どうしてですか! あの時だって建物の中に祷がいました! 今回だって生存者は絶対います! 感じるんです!」

「それで今回も勝手に突っ込んでいくつもりか?」

「銃だって弾薬だってあるんです! 今なら助けられます、ゾンビだって倒せる、あの日とは違います!」

 レベッカの声に混じる感情は、緊迫と呼ぶよりも悲痛な叫びだった。

 パンデミックの記憶を、それへの憎悪を忘れないようにレベッカは自分を死の淵に置き続けてきた。

 私はレベッカの見た光景を、経験した事態を知らない。

 それでもきっと、そこにあるのは大切な人を喪った悲劇と憎悪と嘆きと焦燥の混じった感情で。

 きっと人として当たり前で無くせない感情の筈で。

 それでも私とウンジョウさんはそれを封じ込めて何かを切り捨てる事を選ぶ。

「駄目だ、不確定な要素でこれ以上の危機を招くわけにはいかない。電波障害がある以上、確実な情報伝達が必要だ。レベッカ、祷。俺に続け、ダイイチへ向かう」

 そう言い切ってウンジョウさんはレベッカとの会話を断ち切った。

 屋上まで戻りそこから移動するらしい。

 進んでいく彼の背中を追いかけるレベッカの表情は暗く沈んでいた。

 かけるべき言葉が見付からず私はその少し後ろを歩く。

 レベッカがショットガンのグリップを握る手に強く力を込めたのか、樹脂製のそれが微かに軋む音がした。

「どうしてあなたも平然としていられるんですか。みんな……みんな絶対におかしい」

「レベッカ」

「生き残った人達だって、あなただって隊長だってみんな変ですよ」

 私は応えなかった。

 正しいのがどちらであるかは別として、正しくあろうとしているのは彼女の様な気がしたから。

 それでも私は、此処で躊躇うにはもう遅すぎて。

 どんな罪を背負うとも、それが最期にどんな焔に変わろうとも。

 私には構わない。

 それよりも脳裏を過るのは、この出来過ぎた事態。

 一瞬の内にこの聖域を襲った雪崩の如き厄災。

 私には第三者の、それこそ神様とやらの意図を疑わずにはいられなかった。

「……神様に見捨てられたって、それでも私は生きていく」

 それはいつかと変わらぬ決意の言葉だった。


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