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クラウンクレイド  作者: 茶竹抹茶竹
【零和 三章・多層世界に死線を引いて】
122/220

[零3-1・怪鳥]

『カイセさん!』


 レベッカの緊迫した声を聞いて、私は咄嗟にワイヤーの固定を解除する。

ガンッ、と弾かれる様な音と共にビル壁面から固定部が外れて私の身体は重力に引かれて落下を始める。

 身体を空中に放り出して、支えを無くした私の身体は地面へと向かう。

 落ちていく黒い影、カイセさんの姿に追い付こうと指先までを強く伸ばして空を切る。


「このっ!」


 空中で身体を捻って姿勢を変え、AMADEUSの出力を最大にする。

 噴出口から噴き出したイオン風が私の背中を押す。

 吹き上げてくる風の中を突っ切りながら急加速と共に手を伸ばす。

 けれども、私の手は届かず、虚空を裂いて。

 カイセさんの身体が地表に叩き付けられるその寸前。

 その身体を勢い良く掴んだ姿があった。


「っ--!」


 飛び上がったゾンビがその身体を掴んで。

 それを地表に叩き付ける。

 地上より数十メートルの高さからの落下の加速の勢いは留まらず、そのゾンビを巻き込んで。

 その四肢が、まるで飴細工の様にひしゃげた。肋骨が皮膚を裂いて露出して、破けた皮膚から血が漏れる。

 背中から叩き付けられた衝撃によって、その身体の至る所が破裂して、内臓が形を変えて血と混ざる。

 それが合図であった。

 周囲のゾンビが一斉にその身体へと飛び掛かる。

 破けた皮膚の下から肉を掻き出して、引きちぎるのに邪魔な骨の関節をねじ切る。

 肉片の欠片が、それに湛えた血液を撒き散らして、裂けて、赤く黒く柔らかく、人だったモノが無残なモノに変わっていく。

 頬の辺りが引きちぎられて、眼球が抉り出されて、骨から肉が引き剥がされていく。

 皮膚と肉の消えた眼球が収められていた窪み、そこから漏れ出てくる液体のその奥に、未だカイセさんの視線が残っているようで、私はそこから目を離せなかった。

 悲鳴も嗚咽も、その呻き声に塗りつぶされて。

 私の咆哮が掻き消える。

 咄嗟にWIIGの引き金を引く。

 ビルの壁面にアンカーを撃ち込む。

 固定されたワイヤーが即座に巻き上げを開始するが、しかし私の落下の勢いに負けて大きく揺れる。

 ワイヤーが張り詰めて私の落下の勢いに逆らうと、その板挟みになった私の身体にその反動が突きあげてくる。

 衝撃をみぞおちの奥を叩きつけられて、私の口の端から胃液が漏れた。

 ぶら下がった私の眼下に、その目と鼻の先に、蠢くゾンビの群れがあった。

 最早、彼女の死体は無く、ゾンビの口元を汚すその痕跡しか残っていなかった。

 奥歯を噛みしめて、それでも私には何も出来なくて。

 ワイヤーが巻き上がると同時に私の身体が上昇を始めて。

 それを見たゾンビが跳び上がる。私の身体を掠めたその指先。

 安堵するも、私の頭上から銃声が聞こえてくる。


「何?」


 ビルの壁面に身体を預けて私は頭上を見上げる。

 その瞬間、上空から落ちてくるものがあって。

 私の目の前を掠めたのは、人の姿だった。

 それは瞬く間に地表に叩き付けられて。

 破裂した肉片は、一瞬でゾンビが群がって消えていく。

 ウンジョウさんと一緒に移動していたうちの一人だと気が付く。

 弾かれるようにして上空を見上げる。

 ビルの間を、飛び交うのはワイヤーで移動するウンジョウさん達の姿と、それを追いかけていく黒い影。

 それは、まるで。


「鳥?」



 そう、鳥。

 鷹を思わせる巨大な翼を持っており、飛翔する様は正に猛禽類のそれだった。

 全体的にグレーの羽毛で、発達した巨大な鉤爪が見える。

 何より、特筆すべきはその体長だった。

 翼の両端まで6m近く、それに合わせて体躯も巨大な物になっている。

 猛禽類として最大の大きさを誇るコンドルの体長の二倍近い。

 距離があっても尚、その存在感はすさまじい。

 それが空中を羽ばたき、そしてウンジョウさん達を襲っていた。

 滑空から明確に狙いを定めて、急降下する。

 その巨大な鉤爪を叩き込まれて、また一人体勢を崩した。

 空中でもがくその姿を、鉤爪で執拗に狙い落下させようとしていた。

 大の男をいとも簡単に弾き飛ばす。

 その一つの人影から何か黒い物が別れて飛んでいって。

 私の方へ向かって落ちてくる。

 それが首を引きちぎられた先だと分かって私は唇を噛む。

 地面に落下した人の頭部だったものは、ゾンビの歓喜の如く咆哮によって迎えられて。

 それは一瞬の内に残骸と化す。

 レベッカの声がヘッドセッド越しに刺さる。


『カイセさん! カイセさん!』

「彼女は死んだ!」

『そんな、なんで、なんでですか!?』

「それより、あの大きいのは何!」

『カイセさんが! そんな!』

「あなたまで死ぬつもり!?」


 私が怒鳴り返すと、暫しの沈黙があって。


『……フレズベルクです!』

「何だって!?」

『気性の激しい猛禽類……です』


 それは私の欲しい回答では無かった。

 少なくとも私の知る日本の上空にそんなものは飛んでいなかったし、そもそもそんな怪鳥めいた野生動物など存在していない。

 その名前だとかよりも、それが今この未来の世界で滑空している上に人間を襲っている事実に、目の前で三人もの人間がそれによって命を絶たれた現実に、納得できる答えが欲しかった。

 地上をゾンビに埋め尽くされて、人間は空中を移動し、しかしそれを襲う怪鳥がいて、呆気なくみんな死んでいく。

 そんなのが。

 こんな光景が。

 60年後の未来だと。

 私の見てきた世界の先だと。

 そう言うのか。


『レベッカ、離脱しろ!』

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