ラペルリ奪還 第8章 戦争は変わった
みなさん、おはようございます、こんにちは、こんばんは、お疲れさまです。
陽はまだ高く、頭上にある。
異世界の太陽は、[やまと]を照らしていた。
艦橋横のウィングに立ちつつ、笠谷は隣にいる上官を見た。
板垣は実戦を経験したと言うのに、いっこうにその実感が湧かないと言っていた事を思い出す。
ウィングには板垣と笠谷以外に佐藤、フレアがいる。
「失礼します。コーヒーをお持ちしました」
松野がコーヒーを乗せたトレイを持ってウィングに現れた。
「どうぞ」
「ありがとう」
板垣に渡す。
「どうぞ」
「ありがとう。マツノ」
フレアに渡す。
「どうぞ」
「ありがとう」
佐藤に渡す。
「どうぞ」
笠谷の番になると3人には見せない眩しいぐらいの笑顔でコーヒーを渡した。
「ありがとう。松野海士長」
佐藤はその光景を捉えた。
「笠谷2佐」
「はい?」
「・・・なんでもない」
佐藤は、ぷい、とそっぽを向き、眼鏡を反射させながら「け、仲のいいことだ・・・」と怨嗟の言葉をぼやいた。
ちなみに板垣は苦笑し、フレアは微笑みながら温かい視線で2人を見守っていた。
コーヒーを配り終えた松野は「失礼しました」と言って席をはずした。
笠谷たちは心地いい海風を受けながらコーヒーをすする。艦隊は速力15ノットでノインバス王国パスメニア港に向かっていた。
空を見上げれば積乱雲の浮かぶ真っ青な大空だ。
「天国だな」
と板垣は言う。
「はい。気持ちいい海風です」
佐藤が笑みを浮かべて答える。
艦隊は[あさひ]を先導に、[やまと]、[ふそう]、[しれとこ]、[しゃこたん]、しんがりに[はつかぜ]、[うらづき]である。
板垣たちの世界でも、この光景は一流の海軍であると言えば誰も疑わないだろう。
真っ青な空はある意味ではかなり恐ろしいものだ。
板垣は苦笑した。
「どうかしましたか?」
笠谷が尋ねる。
「そう言えばミッドウェー海戦で南雲機動部隊が来襲を受ける前、雲が晴れた話を聞いた事を思い出してな。その時の光景もこんな感じだったのかなと思ってな」
「たしか、司令官の御祖父さんはミッドウェー海戦の時、空母[加賀]の乗組員でしたね」
佐藤が空を見上げながら言った。
「そうだ」
板垣は目を細める。
「よく聞かされたよ、あの日の事を・・・米海軍機が急降下し、爆弾を投下した光景をまるで昨日のことのように説明していた」
「たしか、その海戦で二ホンは空母4隻を失ったのですよね」
意外なところから声が上がった。
フレアである。
板垣は少し驚いた表情でフレアに振り返った。
「二ホンの歴史については乗組員の方たちから伺っています」
その言葉に3人は納得した表情でうなずいた。
[やまと]の乗組員には、祖父や曾祖父が旧海軍軍人だった者が多くいる。中には沖縄特攻に参加した戦艦[大和]の乗組員だった者もいた。
「司令官。私も米国に行った時、博物館で展示されているスーパーフォートレス(超空の要塞)を見ました」
笠谷が言った。
スーパーフォートレスとは、B-29のニックネームだ。
「正直に言って、脅威の一言でした。あれほどの機体を開発し、大量生産する米国の工業力、人的資源の豊富さは恐ろしいかぎりでした」
笠谷の言葉に板垣はうなずいた。
「第2次大戦の時から戦争は変わっていた。それを理解していなかった旧軍人たちは道を踏み外した」
板垣はコーヒーをすする。
「あの当時から現代にいたるまで、戦争は始めた時から、終わらせかたを考えておかねばならない。先の見通しもなく戦争を始めてしまったのが、大東亜戦争であった。今の我々も同じだな・・・」
「確かにそうですね」
笠谷は水平線上を眺めながら、うなずく。
ラペルリ連合王国を侵略軍から救うことができた。しかし、ミレニアム帝国の情報は、断片的な事しかわかっていない。大国であることは明らかだ。となれば再度侵攻の可能性があるということだ。
次はそれ以上の兵力である事は明白である。それに対してこちらは弾薬はおろか人員、燃料の補給はない。使えば使ったきりである。
ではどうするべきか、簡単なことである戦争を終わらせるのだ。それも可及的速やかにで、ある。そして元の世界に戻る術も探さなくてはならない。
板垣は2人の幕僚に振り返って、言った。
「いいかね。ぜひこの機会に言っておきたいのだが、我々は日本国のためにもどこかの国のために死ぬのではない。平和のために死ぬのだ」
板垣は低くし続ける。
「我々は、国家や思想のためではない。妻や夫、子供のためでもなく。平和を守るために死ぬのだ。いや、それだけでは不十分だ。我々は世界の恒久的平和のために死ぬ。そう言えばある人物が手記でこのことについて述べている」
そう前置きをして板垣は語りはじめた。
「軍隊が自国の平和のためだけに戦う時代は、すでに終わっている。軍隊は世界の恒久的平和のために戦う時代なのだ。過ちを繰り返す時代は終わり、軍隊が不要になる世の中を作るために、軍人は軍人という罪深い仕事に就いているのだ、と」
「その人物って何者です?理想としては魅力がありますが、現実的とはいえませんが・・・」
佐藤が呆れ半分、感心が半分と言った表情で言った。
笠谷は何も言わなかったが、同じ心境だった。
「私もそう思う。しかし、彼の主張する恒久的平和はほど遠いところにある。いや、天と地以上の距離に・・・黙っておっても平和は来ない。武器を取り戦いつつ、1つ1つ恒久平和の門をくぐっていくしかないのだ・・・今はそんな心境だよ」
板垣の話を聞いてある事を思い出した笠谷が口を開いた。
「司令官。そう言えば、仏教の世界でも四天王という兜胃姿の仏様がおりました。仏国土を堅く守護しています」
「不動明王という仏もいる、この仏様は大日如来のもう1つの姿として現世界に降り、仏敵と戦う。つまりこういう事だ。仏の世界といえども、平和な神仏ばかりでは成り立たない」
「戦う神仏もまた必要という事ですか」
笠谷の言葉に板垣はうなずく。
フレアが突然クスクスと笑った。
「どうしました?」
佐藤の問いにフレアは微笑みながら答えた。
「貴方がたが神の意志でこの世界に召喚されたのでしたら、きっと適任だったのだろうなと思って」
板垣たちは苦笑した。
すると今度はフレアが何か気づいたのか板垣に尋ねた。
「そういえば今日はキンヨウですから、カレーですね」
板垣たちは顔を見合わせた。
「そ、そうですね。今日は金曜ですから」
佐藤が代弁した。
その後、4人は笑い合った。
語り合っていると、艦内で「配食始め」というアナウンスが入った。
銃声や爆音が響く市街地。
砂の混じった風が頬を撫でる。風にのって、硝煙と血の臭いが鼻につく。
建物の屋上でアメリカ海兵隊の砂漠用迷彩服を着た高井直哉3尉(ここでは少尉)はM40A3狙撃銃のスコープを覗きながら、嘔吐感を必死に堪えていた。
「ひどい、臭いだな」
高井は小声でぼやく。
「少尉。距離450。に人影」
観測手の1等軍曹が小声で知らせる。
高井は観測手の誘導に従い、その方向に銃口を向ける。
建物影に2人の民兵がいた。
その1人がRPG-7携帯式対戦車弾を装備している。
1962年に完成し、旧ソ連軍に配備されたこのRPG-7は東側諸国の軍に配備され、現在では軍だけでなく、武装勢力の主力になっている対戦車火器だ。
高井はその男に照準を合わせ、観測手の観測に従い、調整していく。
息を吐き、止める。これでぶれをなくす。そして、引き金を引く。
銃声が響き、450メートル先の民兵の頭部を撃ち抜く。白い壁に彼の血と肉片が飛び散る。
AKを持った民兵は慌てて退避する。
高井はボルトハンドルと呼ばれる槓桿を引き、空薬莢を排出し、次弾を装填する。
「いい腕ですね」
1曹が高井の背中を軽く叩く。
「どうも」
高井はそう言いながら、前進するアメリカ海兵隊の海兵遠征隊の兵士たちを見る。M1戦車を真ん中に20から30人の兵士が左右の壁際にそって進んでいる。
高井の任務は市街に展開する海兵隊員を守る事だ。
陸上自衛隊の幹部候補生学校を卒業後、中央即応集団(陸上総隊)中央即応連隊の狙撃手だったが、アメリカ海兵隊の狙撃学校に入学する話があり、高井はそれに志願した。卒業後、どういう事か、少尉待遇でアメリカ海兵隊海兵遠征隊(MEU)に配属された。
そして、今にいたる。
高井は海兵に近づく民兵を次々と片付けていく。稀に自爆車がM1戦車に近づくが、彼によって血祭りにあげられる。
その時、M1戦車から10メートルの距離で1人の少年が現れた。
(なぜ、子供がこんなところに・・・?)
そう疑問に思うが、その少年が持っているのを見て、高井は凍りついた。
爆弾だ。
「少尉!」
観測手の言葉に高井ははっとした。
照準を少年の頭部に定める。距離は100メートル、絶対に外さない。だが・・・
(う、撃てない)
引き金がすごく硬く感じる。
少年が駆け出し、アメリカ兵に向かう。
「早く撃ってください!」
観測手が叫ぶ。
しかし、高井は引き金を引くことができない。
少年はアメリカ兵たちを巻き込んで自爆した。
「はぁっ!?」
高井は声を上げて目覚めた。
そして、ここが[しれとこ]の陸自幹部用居住区のベッドの上だと気付く。
「また、あの夢か・・・」
高井は小声でつぶやき、腕時計を見る。
午前2時を過ぎたぐらいだ。
高井はベッドから下りて、自分のロッカーを開けると医官からもらった精神安定薬を飲んだ。
(気分を変えるか・・・)
ジャージ姿からジャー戦に着替えて、部屋を出た。
ジャー戦とは、上が迷彩服で下がジャージ姿の事を言う。
艦内は消灯であるが、赤色灯が点灯している。人気はほとんどない。
高井は陸自隊員用食堂に向かった。
陸自隊員用食堂はその名の通り、陸自隊員や部外者が利用する食堂で、科員食堂と同じく、自動販売機やアイスクリーム販売機が設置されている。
消灯であるから、当然誰もいない、はずだったが、先客がいた。
「正吾?」
友人の久松が、いたのだ。
声をかけられるとは思っていなかったので、久松は声をかけられた事に驚いた。
(なんだ、チビ、か)
彼に声をかけたのが、友人であることがわかる、と心中でうっかり禁句をつぶやいてしまった。
「おい!また心の中で、俺をチビって言ったな。殺すぞ」
「いいや、そんな事は」
久松は慌てて手を振り、否定する。
「て、言うか、直哉、どうしてここに?」
彼はすぐに話題を変えた。友人は、まあいい、という感じで質問に答えた。
「古傷を思い出したんで、ノンアルコールビールでも飲もうかと思ってな」
「古傷って、彼女にフラれた事?」
久松は友人をからかう。
「違う。お前、本気で殺されたいか?」
高井がギロリと睨む。
「ごめんごめん、おごるから許してくれ」
久松は冷汗を掻きながら、言った。
(いままで、本気じゃなかったんかい)
ノンアルコールビールを2本買って、1本を高井に渡した久松は、ずっと聞きたかった事を聞こうとした。
しかし、中々聞けない。
「なんで、俺が、あの若い女将軍を撃てたか、聞きたそうだな」
高井がノンアルコールビールを飲みながら、言った。
「・・・・・・」
久松は言葉を失った。
「聞きづらいなら、教えてやるよ」
高井は久松に顔を向けて続けた。
「簡単だ。俺が撃つのを躊躇ったせいで、戦友を殺られた経験があるからだ。今でも夢を見るあの日の事をな。だから、俺は躊躇わない。相手が子供だろうが、女だろうが」
「そうか、直哉は米海兵隊員として従軍した経験があったな」
久松は納得したようにつぶやく。
「俺からも聞いていいか?」
「なんだ?」
「正吾。なぜ、自衛隊に入った」
高井の質問に久松は打ち明ける事にした。
「俺の家は貧乏でね。親父が早くに他界し、お袋が女手一つで俺と2人の妹を育ててくれた。でも、俺を大学に通わせる学費がなかったんだよ。だから、防大に進んだ。自衛隊を選んだのも給料もいいし、身分も保証されるからだ。別に国防意識が、どうたらこうたらじゃない」
「公務員の言葉らしいな」
高井はぽつりとつぶやいた。
「自衛隊は公務員だろう」
久松の言葉に高井は首を振った。
「それは何もなければの話だ。だが、俺もお前も人の命を奪った。もはや公務員意識では生きてはいけない。いつまでも、そんな意識でいると後悔することになるぞ。兵士として生きるか、軍人として生きるか、選択しなければならない」
「どちらも一緒だろう」
「違う」
高井は否定した。
「じゃあ、なんなんだ?」
「その質問には答えられない。自分で見つける事だ」
そう言って、高井はノンアルコールビールを飲み干し、ごみ箱に捨てた。
「じっくり考えるだな、正吾」
高井はそう言って、食堂を出て行った。
久松はしばらく、その事について考えるのであった。
「やれやれね・・・」
「のぅわ!!!・・・な、な・・・南場1尉・・・」
「なに?そのリアクション」
いつの間にか南場が側にいた。
「・・・・いつからいたんです?」
「古傷・・・のへんかな、盗み聞きする気はなかったんだけどね」
「・・・・・・」
どうやらあらかた聞かれてしまったようだ。
久松としてはため息をつくしかなかった。
「・・・何か飲みます?」
「久松君のおごりならね」
「はいはい・・・」
久松は100円玉を入れてボタンを押した。
ガタン、という音とともに落ちてきたジュースを「アリガト」と言いながら南場は取出した。
「で、君・・・、答えは見つかった?」
「いいえ、俺には・・・」
「そうよね、私にもわからない・・・でもこれから私たちはずっと考えなきゃならない事なのかもね」
ジュースを一口飲んで南場はつぶやいた。
「こんな時間まで仕事ですか?」
消灯時間はとっくに過ぎているほとんどの幹部も寝ているはずだ、自分のように迷いを覚えている者はいるのだろうか・・・と久松は思った。
「仕事って言うより相談かな?」
「恋愛ですか?」
「・・・・・・・」
「スミマセン、冗談です・・・」
「多聞君からよ・・・君と同じような事で悩んでたわ」
「多聞・・・・?来島3曹が・・・1尉に?彼なら直哉に相談するんじゃ・・・」
「だから、君と同じように言われたみたいね」
「・・・・・・」
直哉なら十分にあり得ると思った。
「で、俺と同じような答えを言ったんですね」
「時間が取れるならお姉さんに相談してみれば、と言ったけど」
「お姉さん?」
ほかに来島なんて名前の陸自の自衛官なんていたっけと考え込んだ。
「[あさひ]の砲雷長の来島3佐よ」
「ぬわぁんですって!!!?あの有名な変人砲雷長!!!」
「・・・声大きい・・・聞こえてたらSSM―2B(17式艦対艦誘導弾)で[しれとこ]ごと撃沈されるわよ」
「やめてください冗談に聞こえない・・・」
心底そう思った。
しかし、あの温厚で素直で礼儀正しい来島3曹と悪名高い来島3佐が姉弟とは信じられない。
真面目に相談に行って、とんでもない事を吹き込まれないとも限らない。
「とにかく来島3曹の相談は俺が引き受けます・・・」
思わずそう答えてしまった。
「君ならそう言ってくれると思った、じゃあよろしくね。」
「え・・・?」
ゴミ箱に飲み終えた空き缶を放り込み極上の笑顔と共に南場は去って行った。
もしかして、最初からそうしようと思っていたのではと、気がついたのはしばらくたってからだった。
ラペルリ奪還第8章をお読みいただきありがとうございます。
誤字脱字があったと思いますが、ご了承ください。
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