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黒猫が連れてこられたのは、『刑視局』という馴染みのない、大きな石造りの建物だった。
地下街を通って適当なところで階段を上ると、景色は一面灰色がかっていた。空を吸着させたようなオフィスビルも、街頭を飾る木々たちも、すべて。
立体駐車場はあっても車は1台もなく、車道はあるが信号機はない。コンビニも外観だけで中はからっぽ。他のビルもそうだ。作りのあまいジオラマに足を踏み入れたような、明るいはずなのに、太陽がないのも不気味だった。
猫の視界は基本白黒、とか。強い光は感知しないのでは……なんて、都合良く考えてみるが、連れてきたあの2人も、買ってもらったおにぎりも終始色づいているし、刑視局の内装は色彩豊かで、もうなにがなんだか。
考え出すとキリがない。
おにぎりが大きく感じる理由も、この建物の名前に違和感があるのも、猫の体自体に慣れていないのも、人として生きていたような、漠然とした感覚があるからで。
黒猫は現実逃避よろしく、デスクの上でおにぎりを頬張る。
「梅おかか、ねぇ。なかなか渋いとこいくねー、子猫ちゃん」
「猫って梅干し食べていいの?」
「カリカリ食べられないんだって」
「ほう」
「他の猫とは意思疎通もできないようですよ」
「……猫なのに?」
デスクを囲む5人の統一感の無さもそうだ。
連れてきた2人がサラリーマンと大学生なら、子猫ちゃん呼ばわりする男はホストで、普通の猫と比較する子はフランス人形に魂が宿ったかのような、どこかの貴族のお坊ちゃまで、相づちをうつ年長者っぽい人は帽子こそ被っていないが軍服の上着を肩掛けしていて――――
本当に、ここはどこだ。
どこに連れて来られたんだ。
「拾ってきたからには、おまえたちが面倒を見なさい」
「会計課にあずけないんだー?」
「そんな部署、ここにはありませんよ」と、ニクスが補足する。
「使い魔サマかもしれんだろう」
「黒いけど」
「真っ黒なんだけどー?」
お人形さんとホストが声を揃えれば、「ニクスさんはシにかけだって」と、黒パーカーも会話に参加する。
「だよなぁ。それにしては元気というか――」
皆の視線が黒猫に集まった。
食べにくいこと、この上なかった。
せっかくのおにぎりが美味しくなくなる。
「さっきからなによ!! 不吉なことばっかり!!」
逆立つ毛ごと包み込むように、ホストが黒猫を抱き上げる。
「ここね、子猫ちゃん。あの世って言ったら分かるー?」
「はあっ!?」
「俺たち、死神。あの人、閻魔さーま」
指さす先は、軍服の年長者。
「代行な」
烏帽子も笏も持っていなければ、
「ぼろ布まとった骸骨じゃない。スーツ姿の死神なんて聞いたことない!」
「今時そんな死神いないってー。ほーら、死神バッジ」
おにぎりの横に降ろし、警察手帳のようなものを取り出した。
死神・アカツキ、と。その下には、『刑視局』と彫られた、髑髏と大鎌のエンブレムが光っていた。
こういうときに使うんだねー、と感心するホストの説明は以上だ。
「人の言う死後の世界は、今ちょっと訳ありでね」
代わりに、閻魔さまが口を開く。
「天国とやらが機能していないのだよ。善人も悪人も皆ここにやってくるから、死者で溢れてしまってね。人間界のケーサツを真似て、統制をはかっているんだよ。寿命に余地があった者は、死神見習いとして魂を狩る力を与え、一定数狩った者は転生を約束する。それが今のあの世なんだ」
「はい、閻魔さま」
「なにかな?」
「寿命に余地があるって、意味分かんない」
「本来死ぬ予定でなかった者のことだ。まだ生きられるはずの者だった、とも言うな」
「それは死神見習いが狩るからでしょ?」
「いい質問だ、お嬢さん。いたちごっこに見えてしまうが、そう簡単に狩れるほど人の魂は弱くなくてね。熱波に焼かれた天国の住人たちが、人間界に堕ちた自分たちを集めるのに必死、だと言えば理解してくれるかな?」
「……天国の住人って、かみ、さま?」
「いや、仕えてるほうだ」
固まる黒猫にお人形さんが同情する。
「理解できないよね。天使が無差別って、もっと献身的なイメージだもん」
激しく同意する黒猫に、閻魔さまが笑う。
「小言満載の現状をこうも素直に聞いてくれるとは。本当に使い魔サマではないのだな」
「その使い魔さまっての――」
「天国から動けない、奴らの分身よ。奴らの望む者を捜す代わりに人間界に干渉しないことを条件にしたまではよかったんだが、時折こちらの様子を見に来るようになったのだよ。真っ白な動物の姿をしてね」
肉球で体をこすってみるが、黒毛が薄れることはない。
「さて。腹が減っては、と言うのだろう。しっかり食べて、お嬢さんが何者なのか見つけていこうじゃないか」
閻魔さまが次のおにぎりを剥いてくれる。
「アスモさん、真ん中のピラッとしたところから。そこ剥くと、海苔がおいていかれる」と、黒パーカーの助言を受け、ちょっと不格好な明太子のおにぎりの出来上がり。
梅おかかも美味しいが、明太子も格別だった。
まだまだ理解できない部分は多いが、路頭に迷うことはなくなったのだ思うと、一気に体が重くなる。
「となると、アカツキだね」
「えっ、俺っ!? ニクスとシドでしょっ!?」
「どちらにしてもアカツキの情報網は頼りたいところですね。女性、ですから。ついでにシドの鎌探しも並行してもらえると助かります」
「や、やること多すぎっ……」
死神たちの会話が遠のいていく。
おにぎりを2個食べた黒猫の満たされたお腹は、睡魔を誘った。
「……腹も空けば、眠りもするのか。ますます分からん」
気持ち良さそうに、人の子のように眠る黒猫に、閻魔代行・アスモはハンカチをかけた。




