6-2
恵美はぼんやりと部屋の隅に詰まれた忠志の荷物を見つめていた。
もう何日もの間、何をする気にもならない。
ただ、何もしないまま時が過ぎていく。そんな毎日が繰り返されていた。
それでも、無理に今の悲しみから抜け出したいとは思わなかった。忠志のことを忘れて今から抜け出すというのなら、ずっとこのままの状態でもいい。
忠志の死は、想像以上に自分が忠志を必要としていた事を恵美に気づかせることになった。忠志を失った今、まるで抜け殻になってしまったかのような感じがしている。
先日、会社の人間が訪ねてきた。
表向きは弔問ということだったが、実際には忠志が持ち出した会社の資料を探しにきたようだ。しかし、忠志が家のなかで仕事をしていたことはなかったし、ほとんど資料らしきものも存在してはいなかった。
落胆したように帰って行く会社の人間の姿に、恵美は苛立ちすら感じた。
皆、もう忠志のことを悲しむことより、彼の残した仕事のことを心配している。
だが、それも仕方がないことなのかもしれない。
会社の多くの人間にとって、忠志は一社員としての価値しかないのだ。特別な思いを持って忠志の死を受け止めている人間などほんの一握りに過ぎない。
(時間が流れているってことなのね)
それでもその時間の流れに自らを置くことが出来ない。
いつまでも自分の心のなかだけは忠志を失ったあの瞬間から変わっていない。いや、むしろ悲しみはさらに深く、犯人に対する憎しみはより強くなっている。
ふいに玄関のチャイムが鳴り響いた。
その音に恵美はびくりと身体を振るわせた。
緩慢な動作で恵美は玄関へと向った。
玄関先に立っていたのは仙道だった。いつもは一緒の老刑事の姿は見えない。
「すいません、一つ教えていただきたいことがあります」
仙道はすぐにそう切り出した。
「どうぞ」
「いえ、ここで結構です。奥さんはこの若者をご存知ありませんか?」
仙道は一枚の写真を恵美に向けて差し出した。
その写真の若者を恵美は見つめた。
「そういえば……前に見かけたことがある気がします」
「それはいつ頃ですか?」
「さあ……あまりよくは憶えていません。誰なんですか?」
「上杉拓也という興信所に勤める若者です。彼は川淵さんのことを調査していたようです」
「調査? 何を?」
「それはまだわかりません。ただ、川淵さんが亡くなられた日、ここに侵入して物色していったのはこの若者だと思われます」
「この人が……」
恵美は改めて写真を見つめた。「主人を殺したのはこの人なんですか?」
「まだそこまではわかりません。そもそも、この若者は先日、殺害されています」
「殺害?」
恵美は思わず身を竦めた。
「ご主人、生前、何かトラブルなどを抱えていませんでしたか?」
「トラブル?」
「ええ、会社のことでも、それ以外のことでも構いません。何か思い当たるようなことはありませんでしたか?」
「すいません。何も……」
「もう一つだけ。川淵さんは長野に行かれたことはありませんか?」
「長野?」
思いもかけない言葉に、恵美は驚いたように仙道を見つめた。「……どういうことですか?」
「では、もっとハッキリとお聞きします。川淵さんは昨年の年末、長野の上信越自動車道で起きた事故に何か関わったということはありませんか?」
「さあ……そんな話は何も聞いてませんが……」
その恵美の答えに、仙道は的が外れたかのように渋い表情を見せた。そして――
「そうですか。わかりました」
そう言って仙道は帰っていった。




