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葬儀の翌日――
涼子はランチをとって会社に戻る途中、エレベーターで一緒になった庶務の安浦美香に声をかけた。そして、そのまま一階にある喫茶ルームへと誘った。美香のことはもともと知っていたが、仕事上の付き合いもそう多いわけでもないし、美香はずっと年下ということもあって、個人的なに話をするのは初めてのことだった。
美香は事件前、忠志と知らない女性が食事をしているのを見たと加奈子に話していたらしい。そのことについて聞きたかった。
川村の話していた女性と、美香の見た女性が同一人物ということも考えられる。
喫茶ルームは昼は女子社員たちがお弁当を食べたり、休憩時間に男性社員が喫煙に使われているが、既に昼の休憩時間が終わりかけているため、残っている社員はそう多くはなかった。
涼子は自販機で紅茶を二つ買ってから、美香と一緒に喫茶ルームの隅のテーブル席に座った。
「あなたが川渕さんを見たときのことを教えて欲しいの」
「私もそんなはっきり見たわけじゃないんですよ」
美香はちょっと困ったような表情をした。忠志の事件については社員全員が知っている。自分の目撃が事件と関係があるかもしれないと思うことに不安があるのかもしれない。
「わかってる。ただ、あなたが見たことを話してくれればいいわ」
涼子が促すと、美香は口を開いた。
美香の話は単純なものだった。
忠志が殺される一ヶ月ほど前の金曜の夜、美香が学生時代の友人とレストランで食事をしていると、そこにスーツ姿の忠志が女性を連れて現れ、少し離れた席で食事をしながら話し込んでいた。そして、1時間もしないうちに忠志は女性と一緒に帰っていったというものだった。
美香の話が終わった後――
「会社の人かどうかはわかる?」涼子は訊いた。
「いえ、会社の人じゃありませんでしたよ」
美香はハッキリと答えた。庶務という立場もあるが、もともと会社には女性は少ないため、ほとんどの女子社員の顔は美香も知っているはずだ。
「もちろん恵美さんじゃなかったです」と美香は付け加えた。
「どんな感じの人だったかな?」
「……20代後半……かなぁ……わりと仕事の出来るOLって感じで、落ち着いていて……背は川渕さんの肩くらい」
思い出すように美香は説明した。忠志の肩くらいの背丈ということは160センチくらいだろうか。
「どんな様子だった?」
「……私、ちらっと見ただけだし……」
弱ったなぁというように、美香は肩を竦めた。
「だいたいでいいのよ。何か気づいたことない?」
重ねて涼子は訊いた。
別に、自分で犯人探しをしようなんて気持ちになっているわけではないし、警察に協力しようと思っているわけでもない。
ただ、忠志がなぜ死んだのか、それを知りたかった。
「うーん……どこか親しげな仲に見えたので、ひょっとしたら浮気なんてことも思ったんですけど、今になって思うとあれは仕事の話でもしてたのかなって気もするんです」
「どうして?」
「食事しながら、そのテーブルの上に書類が置かれてたような気がするんです」
「書類?」
「ただの食事ならそんなの邪魔ですよね。それにずっと見ていたわけじゃないし、記憶も曖昧なんですけど……あれってあの女の人が川淵さんに渡してたような気がするんです」
「そのこと、警察の人にも言ったの?」
美香は目を丸くして首を振った。
「いえ、話してませんよ……だって私は川渕さんとはそれほど親しくなかったし……だから警察には何も聞かれてないです……これって事件と関係があるんですか? 話したほうがいいんでしょうか?」
不安そうな表情で美香は訊いた。
「ううん、そんなことないわ。きっと事件とは関係ないわ。ありがとう」
涼子は慌てて美香を安心させようとした。だが、心のどこかでその女が忠志を殺した可能性があるのではないかと思いはじめていた。
休憩時間が終わり、二人は急いで喫茶ルームを出た。
エレベーターを降りて席に戻る途中、ふいに背後から声をかけられた。
振り返ると設計部の部長である野間口が近づいてくるのが見えた。
野間口はまだ40代後半であったが、もともと大手電機メーカーで設計主任をしていたのを、フォーライフの社長の目にとまりヘッドハンティングされたらしい。設計技術に関する知識は誰よりも豊富で、社員たちからも尊敬されている。
「なんでしょう?」
野間口は少し周囲を気にしながら――
「君、川淵君と親しかったよね」
「ええ……」
どう答えていいかわからず小さく頷いた。
「あ、いや、こんなこと聞くのは大変失礼なのはわかっているんだが、君、川淵君から何か聞いてないかな?」
野間口は紳士的な口調で訊いた。
「何かって……なんでしょう?」
「彼のしていた仕事についてだ」
「え?」
「それとも何か預かっているとか?」
「いえ、何も聞いてませんけど……」
野間口の歯切れの悪い質問に、涼子は戸惑いながら答えた。
「そうか」
「何かあったんですか?」
「うん、いや……何も聞いてないならいいんだ」
口をへの字に結んだような表情で野間口は戻っていった。




