5-2
奈津子が恵美のほうへ近づいていくのを眺めながら、涼子はすぐにでもここから離れたいという衝動に駆られていた。
忠志の葬儀など見ていたくなかった。しかも、今の自分は単なる忠志の同僚としての立場でしかない。忠志を想って泣くことさえも、今の自分には許されないような気がして辛かった。
ふと、葬儀場の隅に立つ女性の姿に涼子は気づいた。
いつもと違って髪を後ろで束ねていたため気づくのが遅れたが、それはあの女刑事の仙道だった。喪服ではないが、他の参列者に合わせるように黒っぽいスーツを着ている。
涼子は思い切って、仙道に近づいていった。
すぐに仙道は涼子の動きに気づいて、小さく会釈する。
「仙道さん、どうしてこんなところに?」
そう訊いてから、それが愚問だということに気づいた。刑事がここに来る理由は一つしかない。きっと仙道以外にも刑事が来ているに違いない。
「川淵さんは、多くの人に想われていたんですね」
仙道は葬儀場を見渡しながら言った。仕事上の付き合いのあった同僚や知人など多くの人が参列に訪れている。
「人付き合いの良い人でしたから」
「やはり会社の方も多いようですね。あちらは……確か設計部長さんでしたね」
ちょうど今、葬儀場に訪れた男性に仙道は視線を向けた。設計部長の野間口が品質部長の田口と一緒にやって来ていた。
「そうです」
「川淵さんは去年まで設計部門の主任をされていたそうですね」
「はい」
「会社では設計部が一番重要部署と位置づけられているみたいですね。その中でも設計主任をしていた川淵さんは非常に優秀だったと聞いています。藤井寺さんはどう思われます?」
仙道から意見を求められ、涼子は答えに戸惑った。
「私は設計の仕事についてはよくわかりません」
「それでも噂くらいは聞くでしょう?」
「……そうですね。評価は高かったと思います」
そう涼子は答えた。個人的な感情があるので言いづらいところもあるが、社内で忠志を悪く言う人などいないだろう。上司からの信頼も高かったし、部下や同僚からも慕われる存在だった。
「それがどうしてシステム管理なんて部署に異動になったんでしょう? こんなことを部外者の私がいうのもなんですが、システム管理部はあまり日の当たる部署ではないという話ですね」
「さあ、それは私にはわかりません」
「何か会社で問題を抱えていたとか?」
「わかりません」
「では、何か特別な仕事をしていたということはありませんか?」
仙道は重ねて訊いた。
「ごめんなさい。本当に知らないんです」
忠志が異動になった当時、いろんな噂が流れた。それでも納得出来るものは何もなかった。忠志本人も、それを訊かれると適当に答えて煙に巻いていたらしい。
「そうですか」
仙道は小さくため息をついた。「実はこのことについて同僚の皆さんにも聞いているんですが、どうもハッキリしないんです」
「私は部署が違うし、システムの仕事って特殊なものだから、皆もよくわからないんじゃないでしょうか」
「しかし、同じシステム管理の人たちも、仙道さんがどういう仕事をされていたか知らないらしいです」
「でも、それが何か?」
「川淵さんはシステムの専門家じゃありません。それなのにまったく畑違いの部署から異動になり、そこでたった一人で何かを調べていた。おかしいと思いませんか?」
涼子は何も答えられなかった。
「人事について知りたいのなら、管理職の誰かに聞いたほうがいいと思います」
「ところが教えてもらえないんです。何か隠してるような気がするんですけどね」
そう言って仙道は涼子の顔をうかがうように見た。
「でも、それと川淵さんが殺されたことと何か関係があるんですか?」
「さあ、何が事件に関係あるかなど真実が明らかにならなければわかりません。以前も言いましたが、私たちは一つ一つ調べていくしかないんです」
仙道の言うこともわからなくはなかった。涼子にしても、忠志がなぜ殺されなければいけなかったのか、まるで心当たりがないのだ。
「早く真実をハッキリさせてください」
涼子の言葉に仙道は小さく頷いた。
「もちろんです。そのためにも皆さんの協力が必要です。ところで以前、そちらの会社で扱っている防犯カメラの設置リストを頂きましたが、あれは社員の皆さんなら誰でも手に入れられるものでしょうか?」
「ええ……当然、社外秘になってますが、社内の人間ならば皆、リストを見ることは可能です。そういえば防犯カメラは調べたんですか?」
「ええ、周囲のお店についても調べてみました。あの辺は100%といっていいほど、そちらで設置しているようですね。ですが、残念ながら犯人は映っていなかったようです」
「そうですか」
「犯人はコンビニの前に車を停めた後、どうやら南方向に逃げた思われます。そっちにはスーパーやコンビニなどの店舗がほとんど無いために防犯カメラも設置されていませんでした」
「じゃあ、犯人は仙南に住んでる可能性があるということですか?」
「ところが犯人はその後、仙台駅に戻ってきたと思います」
「どうしてそんなことが言えるんですか?」
すると仙道は涼子のほうへ顔を寄せて少し声を潜めながら言った。
「実は、川淵さんを絞め殺したと思われる凶器が見つかりました。凶器は仙台駅前にあるゴミ箱に捨てられていたんです。つまり犯人は川淵さんを殺害し、コンビニの駐車場に車を置いてから、一度、仙南方向に向いわざわざ遠回りしてから仙台駅まで戻ったと考えられています。不思議だと思いませんか?」
仙道はそう言って首をひねった。




