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ルームメイト  作者: けせらせら
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1-2

 週末のショッピングセンターには、多くの家族連れの姿を見ることが出来た。

 待ち合わせをした長町にあるショッピングセンター内のコーヒーショップに、恵美は10分遅れて現れた。時間にルーズなのは昔から変らない。

 川淵恵美が一週間の新婚旅行を終え、帰ってきたのは昨夜のことだ。

 春らしい薄いスカイブルーのフレアスカートに白いオープンカラーシャツ。背の高い恵美が髪をアップにすると妙に大人っぽく見える。恵美は普段、アクセサリーを身につけることは滅多になかったが、その薬指にだけはキラリと結婚指輪が光っている。

 涼子は思わず目をそらした。

 恵美はその手に紙袋を抱えていた。新婚旅行はオーストラリアと聞いていたが、おそらくそのお土産を配って歩いているのだろう。

 恵美はやってくると早速その紙袋を涼子に手渡した。「こんなものでごめんね」と言った紙袋のなかにはお土産定番のチョコレートの紙包みが入っていた。

 恵美はすでに一ヶ月前に会社を辞めて、今は専業主婦に専念すると言っている。ただ、同居していた7年の間、恵美が料理しているのを見たのはほんの数回程度しかない。

「ありがとう」

 紙包みを受け取りながら涼子は言った。「美鈴ちゃんにはちゃんと買ってきたの? 家族なんだから、それなりのもの買ってきてあげたんでしょうね?」

 とたんに恵美は嫌な顔をした。

「一応ね……でも、気に入るかどうかわかんない。あの子って何考えてるかよくわかんないのよ。私、苦手なのよね」

 恵美が忠志の妹の美鈴とあまり仲が良くないことは、以前から聞いて知っていた。美鈴は市内の大学に通っていて、涼子とは仲が良く、忠志と交際している時には時々二人で遊びにいくこともあった。

――お姉さん

 美鈴にそう呼ばれるのが涼子には嬉しかった。

 忠志と別れた今でも、美鈴は時々連絡をしてくれる。忠志と別れることになって、心から残念がってくれたのも美鈴だった。ひょっとしたら美鈴が恵美に馴染めないのは、今でも涼子のことを思ってくれているからかもしれない。そう思うと、二人に対して少し申し訳ない気持ちもあった。

「すぐ仲良くなれるわよ」

 励ますように涼子は言った。

「……だといいんだけどね――ごめんね。わざわざ来てもらって」

「ううん、どうせ暇だったし」

「せっかくここまで来てくれたんだから、うちまで来てくれたらいいのに」

 恵美と忠志の新居は長町駅から歩いてわずか5分のところにあった。恵美が部屋を去る時に、住所と詳しい地図を残していってくれたので場所は涼子も知っていた。

「新婚カップルの邪魔しちゃ悪いでしょ?」

 涼子はそう言って笑って見せた。だが、恵美のマンションに行かない本当の理由は別だった。恵美と忠志の新婚生活を目にしたくないという気持ちが強かったからだ。

「新婚生活ったってそれほど特別なことなんてないのよ。私にとってはルームメイトが涼子から忠志さんに代わったってだけだし。一度遊びに来てよ」

 そう恵美は言った。かつての涼子と忠志の関係のことなどまったく気にしていないようだ。その恵美の態度は、涼子にとってありがたくもあり、また辛くもあった。

「そのうちね。忠志さんは家にいるの?」

「うん、忠志さんって飛行機が苦手だから。疲れちゃったみたいで、今朝はぐっすり眠り込んでる。もう『疲れた、疲れた』ってうるさいのよ」

 恵美は明るく笑って見せた。その笑顔を直視出来ず、涼子は話を変えることにした。

「今日、ちょっと恵美に話したいことがあったんだ」

「私に? 何?」

「部屋のことなんだけど――」

 涼子は山辺奈津子のことを話した。すでに奈津子は明日の日曜日には恵美が住んでいた部屋に引っ越してくる事が決まっていた。

 涼子のそのことを伝えると――

「――そう、良かったじゃないの」

 恵美はあっさりと言った。「実は私も気になってたんだ。もともと一緒に住もうって言ったの私でしょ。涼子が引っ越すとしたら、私も少しは協力しなきゃいけないかなって思ってたんだ」

「ううん、そんなこといいよ。恵美だってこれからいろいろ大変でしょ?」

「まぁね……私、本当に専業主婦してていいのかなって感じ。意外と忠志さんのお給料ってそんなに高くないのよね」

 笑いながら恵美は紅茶を一口飲んだ。

 それでも専業主婦が忠志の希望であることは涼子も知っている。もともと涼子と交際している時も、家庭内の話しになると亭主関白的な発言をすることが多かった。

「あんまり遊べなくなるんじゃない?」

「そうなのよ。それが心配で」

 そう冗談を言いつつも、恵美の表情からは幸せが感じられる。「それでルームメイトになる人ってどんな感じの人なの?……いい人そう?」

「いい人だと思うよ。でも、まだ一回しか会ってないからよくわかんない」

「ちょっと心配?」

 恵美は、涼子の不安を感じ取ったように訊いた。

「うん……」

 山辺奈津子のことを思い出しながら涼子は頷いた。彼女がいい人だということは、先日会った時にハッキリと感じられた。だが、それでも一、二度会っただけの人と一緒に暮らすということは涼子にとって大きな冒険だった。

「今から心配しててもしょうがないわよ。何かあったら飛び出しちゃえばいいのよ」

 恵美らしい発言だ。

 一緒に住んでいた頃、何度か喧嘩したこともあったが、恵美は不愉快になるとすぐに部屋を飛び出してしまった。そういう時は、大抵の場合、2、3日ですぐに戻ってくるのだが、その間、恵美はいつも会社の仲の良い女の子のところに転がり込んでいた。

「そうもいかないわよ。一緒に住むんだもん」

「涼子は責任感強いからね。でも、あんまり思い悩まないほうがいいよ。気楽に気楽に」

「うん」

 そう答えながらも、涼子は目の前にいる恵美の幸せな笑顔が眩しくて仕方なかった。


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