4-13
涼子はいつもより早く退社することにした。
仕事はまだ残っていたが、さすがに今日は残業までする気分にはなれなかった。
課長も涼子の気持ちを察してくれたのか、涼子が定時で帰ると言った時にも、「お疲れ様」と軽く声をかけただけだった。変に気遣いの言葉を並べられるよりもずっとありがたかった。
マンションに帰った時には、すでに奈津子が夕食を準備してくれていた。
奈津子もまた事件のことについて、詳しく訊いてこようとはしなかった。
「恵美さんは大丈夫ですか?」と訊かれただけだった。
夕食の後も、何気ない会話で時間を過ごした。
テレビを観ようとは思わなかった。ニュースで事件のことを目にしてしまうかもしれないし、バラエティ番組で笑いたい気分でもなかった。
今はただ、静かに過ごしたかった。
先月買った情報雑誌をパラパラとめくってみた。
そうしながら忠志のことを思い出していた。
一年前、忠志と別れた直後もそうだった。
あの時と一つ違っているのは、奈津子がいるということだった。傍にいてくれる人がいる、ということがこんなにも心が救われるものだということに涼子は初めて気がついた。
そして、一人で夜を過ごす恵美は大丈夫なんだろうかと心配になった。
それは奈津子も同じだったようだ。
「恵美さん……どうしてるんでしょうね。一人で大丈夫でしょうか」
呟くように言った。
それに対し涼子は何も答えられなかった。
自分では恵美の力にはなってあげられないだろう。
恵美は自分を拒否している。だからこそ今朝、恵美は弱さを見せようともせず、自分を会社に送り出したのだ。
恵美と忠志が付き合いはじめた時にも、結婚したときにも感じなかった不思議な感情が胸のなかに湧き上がってきていた。
(私は恵美と忠志さん、二人を失った)
もう今までのように恵美とは接する事など出来ないだろう。
その思いが胸をしめつけていた。
「奈津子さん……大切な人を失った事ありますか?」
思わず涼子は奈津子に訊いた。その言葉にびくりと奈津子は涼子の顔を見つめた。だが、今の涼子には、その奈津子のこわばった表情に気づけるほどの余裕がなかった。
「……ありますよ……すごく大切な人……辛いですよね」
奈津子は少しうつむきながら答えた。
二人は同じように静かな夜を過ごし、そして、心のなかで失った人を想った。




