4-12
午後1時。
恵美が外出の支度をしていると、玄関のチャイムが鳴った。
ドアを開けると、そこに立っていたのは昨夜の刑事二人だった。
「どちらか行かれるんですか?」
恵美と部屋の様子を眺めながら橘が訊いた。
「いえ……主人の両親が来ることになってるんで、あとで迎えに行かなきゃいけないもので」
そう言って恵美は少し俯いた。
ついさっきまで泣いていたため、化粧で隠していても目の淵が赤く染まっている。それに気づかれたくなかった。
「そう長くはかかりませんので、少し話を聞かせていただけますか?」
仙道の言葉に恵美は素直に頷いて、二人をリビングへ通した。
「主人はいつ返していただけるんですか?」
ソファに腰をおろした二人に向けて、恵美が訊いた。
今、忠志の遺体は警察で司法解剖に回されている。捜査のためとはいっても、少しでも早く返して欲しいという思いがあった。
「すでに司法解剖の結果が出ていますので……明日には」と橘が答える。
『解剖』という言葉に反応するように、恵美は膝の上においた拳をぎゅっと握った。
「そうですか……」
「いくつか教えていただきたいことがあるんですが――」
そう言って仙道は話しを切り出した。「昨日ですが……ご主人はどこへ行かれたか知りませんか?」
「え?」
仙道の言った意味が恵美にはわからなかった。「どういう意味ですか?」
「実はさきほどご主人の会社へ行って確認してきたんです。ご主人、昨日は会社を休んでいました。ご自分で風邪をひいたと朝に連絡をいれいていたようです」
「そんな……」
驚きで恵美は言葉を失ったように口を開けた。
「ご存知なかったんですか?」
「はい……てっきり会社に行っているものと思ってました」
一瞬、涼子の顔が頭に浮かんだ。涼子はそれを知っていたのだろうか。朝に忠志が連絡をしていたということになれば、総務である涼子が知っていた可能性はある。
恵美は唇を噛んだ。
「ご主人はどこへ行ってたんでしょう? 心当たりはありませんか?」
「わかりません」
恵美は首を捻った。
「ご主人に変わったところはありませんでしたか?」
「さあ……」
「どんな些細なことでも構いませんよ」
「いえ……何も」
その質問にも恵美は首を振った。
「そうですか。ちなみにご主人は睡眠薬を使ってたようなことはありましたか?」
「いえ」
「じゃあ、奥さんは?」
「使ったことはありません。どうしてですか?」
逆に恵美が仙道に訊ねた。
「司法解剖の結果、亡くなったのは昨日の1時から4時までの間だと見られます。車がコンビニの前に置かれたのはだいたい4時頃、おそらくその前にどこか別の場所で殺され、運ばれたんでしょうね。ご主人は薬によって眠らされ、その間に自由を奪われて殺されたと思われます」
恵美の表情を窺いながら、仙道は言った。
「薬?」
「はい、車のなかから睡眠薬の入ったコーヒーのペットボトルが発見されています。おそらく犯人の仕業でしょう」
「そうなんですか……」
恵美は抑揚のない口調で答えた。犯人がどうやって忠志を殺したのかということに興味はなかった。知りたいのは誰が何のために忠志を殺したのかということだ。
「ところでご主人と生前親しくしていた人はいますか?」
「ええ……主に会社の人ですけど……」
「会社以外では?」
「あまり……時々、大学の頃のことは話してくれましたけど、その頃の友達とは連絡は取り合ってはいても、頻繁に会うことはなかったと思います。あ……唯一、一人だけよく会ってる友達がいるって話してたことがありました」
「名前は?」
「川村さん……だったと思います」
「連絡先わかりますか?」
「ごめんなさい。私は会ったことがないものですから」
「いえ、親しい友人だとすれば、携帯電話に登録されている可能性があります。こちらで調べてみます」
携帯電話など忠志の遺品は今、警察に保管されている。
その時、リビングに置かれた電話が鳴り出した。
「すいません――」
そう言って恵美はソファから立つと受話器を取った。
壁に向かって小さく一言二言、話すると恵美はすぐに電話を切った。
「あの……主人の両親が駅に来たそうなので迎えに行きたいんですが……」
「そうですか……」
仙道は橘と顔を見合わせて立ち上がった。




