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涼子は恵美と二人、リビングで眠ることにした。
恵美もまた寝室で眠ることを嫌がったからだ。きっと寝室のベッドで寝ることで、どうしても忠志のことを考えてしまうからだろう。
どうせ眠れるわけがないと思いながらも、部屋の明かりを消した。
暗闇の中で、祖母が亡くなった時のことを思い出していた。
まだ6歳だった涼子にとって『死』というものがどういうものか、まだハッキリと理解出来ていなかった。
――ねえ、おばあちゃんは?
おばあちゃん子だった涼子は、線香の独特の香りが漂う中、さかんに祖母の姿を捜しまわった。
そんな涼子を母がぎゅっと抱きしめてくれた。
――もうおばあちゃんはいないの。
それでも涼子には母の言葉の意味がわからなかった。ただ、祖母の姿が確実に家族のなかから消えたことが、涼子の心にぽっかりと穴を空けた。決して埋めることの出来ない心の空洞。
そして、今、また胸のなかにぽっかり穴が空くことになった。
祖母の時とはまた違う空洞。
忠志という存在。
今の涼子にとって、忠志はすでに親友の夫でしかないはずの存在だった。それなのにまだ忠志のことを忘れられずにいる。何にも代える事の出来ない大きな存在。そのことが忠志の死によってハッキリとわかる。
忠志のぬくもりを思い出していた。男にしては体温が高く、寒い夜には忠志に寄り添ってそのぬくもりを感じて眠ったものだ。
もうあのぬくもりを感じる事は出来ない。
「涼子……」
隣の布団で眠る恵美が声をかけた。やはり恵美も眠れないようだ。
「なに?」
「ごめんね。こんなことにつきあわせちゃって」
「気にしないで」
恵美に謝ってなどほしくなかった。もともと忠志との付き合いは涼子のほうが長いのだ。言葉に出す事は出来ないが、恵美がどんなに忠志を想っていたとしても、自分のほうがより愛していたという思いがあった。
「忠志ってさ……」
つぶやくように恵美は言った。
「何?」
「ううん……なんでもない……」
気持ちが落ち着かないのか、恵美は何かをいいかけてやめてしまった。
「恵美」今度は涼子が逆に話かけた。
「何?」
「美鈴ちゃんのことなんだけど……まだ仲良くなれないの?」
警察署で会った美鈴の態度を思い出しながら涼子は訊いた。なぜ美鈴があれほどまでに恵美を嫌うのかわからなかった。
「あの子、私のことが嫌いなのよ」
「でも、美鈴ちゃんって素直な子だよ」
「……そうね」
「なら――」
「あの子は涼子のことが好きなの……私とは気が合わないんだよ」
突き放すように恵美は言った。その恵美の口調に涼子は言葉を失った。
「恵美……」
「ごめん……今はそのことは話したくない」
そう言うと恵美は寝返りをうって、涼子に背を向けた。
* * *
その夜は、とても熟睡など出来るはずもなかった。
少し眠っては、すぐに目が覚める。それを何度も繰り返した。それは恵美にとっても同じだったようだ。涼子が目覚めた時、すでに恵美は起きてキッチンに立っていた。
「おはよう」
涼子は朝食を作っている恵美に声をかけた。その後ろ姿が泣いているように見えた。
「恵美……今日、私ここにいるから……」
涼子は会社に休暇の電話をいれるつもりだった。
せめて一日くらい一緒に過ごしてあげたい。親友として、そして同じ男を愛した女として恵美の心の支えになってあげたいと思った。
だが、恵美は振り返るとやんわりとそれを断った。
「私はもう大丈夫よ」
それは昨日、涼子に手を握り締められ震えていた恵美の姿とはまるで変わっていた。一見、もとの快活な姿に戻っているように見える。
だが、涼子はむしろその恵美の明るさに不安を感じた。
恵美がどれほど忠志のことを好きだったか、それは涼子も知っている。そして、その最愛の人を失う事の辛さも涼子自身よくわかっている。今の恵美の言葉と姿が強がりであることははっきりしていた。涼子に強がる姿を見せることで、自分自身も欺いている。
そんな恵美の姿に、涼子はなおさら辛くなった。
「大丈夫なの?」
「うん。昨日一晩寝たらすっきりした。サンドイッチ作ったのよ。食べて行ってね」
「でも――」
「大丈夫よ。心配しないで」
不安そうな目で見る涼子の肩を、恵美は軽くポンと叩いた。「今からならフレックス使えば会社に間に合うわよ」
そう言って恵美はちらりと時計を見た。
8時半になろうとしている。
恵美は一人になりたいのかもしれない、と涼子は思った。




