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ルームメイト  作者: けせらせら
22/44

4-7

 橘の気遣いで、恵美と涼子は警察のパトカーで恵美の住むマンションまで送ってもらった。

 今夜は恵美と一緒に過ごし、明日の仕事を休もうと涼子は決めていた。

 エレベーターを降りて5階の部屋へと向う。

 恵美がバッグから鍵を出してドアを開けようとした瞬間、その動きが止まった。

「どうしたの?」

 涼子の問いかけに恵美は少し首をかしげながら言った。

「鍵……かけたはずなのに」

 そう言って、恵美はドアを開けた。そして、手を伸ばして壁のスイッチを探る。

 明かりが点いた瞬間、涼子は恵美の言葉の意味を悟った。

 玄関脇の小さな棚の扉が開いているのが目に入った。

 恵美が靴を脱ぐと、奥のリビングへと急ぐ。涼子もその後を追いかけた。

 リビングに入ると、さらに状況はハッキリした。

 窓脇のキャビネットの引き出しが全て開けられ、書類が散乱していることが見て取れた。

「……恵美」

 涼子は立ちすくむ恵美に声をかけた。だが、反応はなかった。

 何が起きたのかわからないというように、恵美はただ呆然と動けずにいる。

 恵美の留守中、何者か部屋に侵入したことに間違いはなかった。

 すぐに涼子は警察に通報した。

 間もなくパトカーのサイレン音が聞こえ、最初にやってきたのは若い制服を着た警察官の二人組みだった。警察官は部屋の状況を確認すると、すぐに応援を呼んだ。それからすぐに他の警察官と刑事がやってきた。

 警察官たちは、玄関やベランダ、荒らされたキャビネットなど、侵入者の形跡が残っている可能性がある場所をくまなく調べはじめた。どこか物々しく感じるのは、忠志の殺人事件が関係してるかもしれないという思いがあるからかもしれない。

 涼子たちは警察官たちの捜査を邪魔しないように気をつけながら、スーツを着た刑事に事情を説明していた。

 刑事は仙台南署の須黒と名乗った。40代と見えるその刑事は、いかにも警察官というようなごつい容貌をしていた。

「大変でしたね」

 須黒は涼子たちの話を訊き終わると、野太い声でそう言った。「玄関の鍵をこじ開けられたようですね。盗まれたものはわかりますか?」

 恵美は少し戸惑いながら――

「引き出しに入れておいたお金を少し……」

「いかほど?」

「2万円です」

 須黒は小さく頷きながら、手帳に書き込んだ。

「他には?」

 そう訊かれた恵美は首を捻った。

「あとは……よくわかりません」

「わからない?」

「キャビネットに入っていたのは主人の荷物が多かったので」

「どういう荷物ですか?」

 恵美は思い出そうとするように唇を噛んだ。そして――

「たぶん……仕事の資料……とか」

 それを聞いて須黒はメモを取らずに手帳を閉じた。

「じゃあ、とりあえず被害額は2万ということですね。まったく運が悪かったんですねえ」

「運?」

 思わず涼子は聞き返した。「どうして運が悪いってことになるんですか?」

「普段、奥さんがこの時間にいないことはなかったんでしょ? たまたま旦那さんのことで留守にいて盗みに入られた。運が悪いとしか言いようがないですね」

「忠志……川淵さんが殺されたことと何か関係はあるんでしょうか?」

「いや、今のところ関係があるとはいえませんね。ただのこそ泥の可能性のほうが高いでしょう。ヘタに部屋にいれば鉢合わせってことにもなりかねなかったことを考えると、運が良かったと考えるべきかもしれませんね。亡くなったご主人に守ってもらったのかもしれませんよ」

 須黒は低い声で言った。

 気遣いのつもりで言ったのかもしれないが、それは恵美にも涼子にとっても何の慰めにもならなかった。


   *   *   *


 結局、警察が帰って行った頃には、既に午前1時を過ぎていた。

――こういう盗みをやる奴は、何度も同じことをやるもんです。きっとすぐに掴まりますよ。

 そう言って須黒は帰っていった。金額が少ないこともあってか、それほど大事件とは考えてはいないようだ。あの調子では、本当にすぐに犯人が掴まるかどうかはわからない気がする。

「ごめんね」

 小さな声で恵美は言った。

 警察が帰った後、涼子はずっと恵美の手を握り締めつづけていた。恵美は決して涙を流そうとはせず、その目は険しく宙を見つめている。

 恵美もまた、現実そのものをまだ受け止めきれてはいないのかもしれない。

 忠志を失った恵美の苦しみは、涼子にも痛いほどよくわかった。ひょっとしたら恵美の手を握り締めているのは、彼女のためではなく涼子自身のためなのかもしれない。

 革張りのソファに並んで座りながら、涼子はそっと視線だけを動かして部屋のなかをうかがった。

 二人の新居を訪ねるのは初めてのことだった。こんな形で訪れることになるとは夢にも思っていなかった。

 テーブルもソファも壁に掛かっている絵にも見覚えがある。以前、忠志が一人暮らしをしているときに使っていたものだ。

 心のなかに、複雑な感情がこみあげてきた。その思いが涙腺を熱くし、涙がこぼれそうになった。

(ダメだ)

 涼子は慌てて、その感情を押えようとした。

 今、自分が悲しみに襲われては、恵美を支えることが出来ない。その思いから、涼子は意識的に忠志のことを考えないように努めた。

 ふと奈津子のことを思い出した。

「……奈津子さんに連絡しなきゃ」

 恵美から電話があった時、奈津子には簡単に事情を説明して部屋を出た。その時は、まだ忠志が死んでいるのが見つかったという以外に状況がはっきりしていなかった。

 きっと奈津子も心配していることだろう。

 涼子は一度、恵美の手を離すとバッグから携帯電話を取り出して、奈津子の携帯へ電話をかけた。

 すぐに奈津子は電話にでた。きっと事情がわからないため、ずっと気にして待っていたに違いない。

「奈津子さん……連絡遅れてごめんね」

 涼子は改めて忠志が殺害された事実が本当だったことを簡単に説明した。現場の状況などの詳細までは奈津子に伝える必要は無いだろう。そんなことを奈津子が知りたがるとも思えなかった。

――………犯人は?

 涼子の話の後で奈津子が訊いた。

「まだわからないみたい」

――手がかりは何かあるの?

「さあ……詳しいことはわからないけど」

――恵美さん、大丈夫?

「今夜は恵美のところに泊まろうと思うの」

――そう……そうね。それがいいわね。励ましてあげて

「うん」

――ちゃんとご飯食べてね

 奈津子の言葉に優しさを感じた。そして、はじめて夕食を食べていないことを思い出した。

 携帯を閉じると、恵美が声をかけた。

「奈津子さん……なんて言ってた?」

 助けを求めるような目をしていた。

 恵美にとっても奈津子は心の温まる存在らしい。ひょっとしたら今は涼子よりも奈津子に心を開いているのかもしれない。忠志と恵美が付き合いはじめて以来、恵美の間にはわずかながら距離があいてしまったことを、涼子も感じていた。

「恵美の傍にいてあげたほうがいいって……ちゃんとご飯食べなさいって」

「……そう……」

「おにぎりでも作るよ」

「……食べたくないわ……」

 恵美は小さく言った。

「私もよ……でも、少しでも食べないとだめよ」

 そう言って涼子はキッチンに立った。

 自分たちは生きているのだ。生きていかなければいけないのだ。

 そう自分自身に言い聞かせた。


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