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ルームメイト  作者: けせらせら
13/44

3-4

 爽やかなクラシック音楽が店内に流れている。

 店には涼子たち以外にも制服を着た女子社員の姿が見える。

 会社には社員食堂がないが、周辺にはさまざまな種類のランチを食べられるレストランが立ち並んでいる。

 昼にはお弁当を買ってきて喫茶ルームで食べることも多かったが、時々は浦沢加奈子と二人で近くのレストランで外食することに決めていた。

「先輩、知ってます?」

 と、浦沢加奈子がパスタをフォークで弄びながら涼子に話し掛けた。

「何が?」

「川渕さんが他の女性と街を歩いてたって話」

「え?」

 思わず驚いて加奈子の顔を見た。「どういうこと?」

「庶務課の安浦美香ちゃんのこと知ってますよね? 彼女が友達と飲みに行った時に、川渕さんが女性の人と二人で食事しているのを見たんですって」

 加奈子はフォークを顔の前でふらふらと遊ばせながら言った。

「それって……恵美じゃないの?」

 涼子はそう言って、フォークにからめたウニのパスタを口にいれた。このイタリアンレストランで涼子が一番好きなメニューだ。

 その涼子の答えに加奈子は不満そうに――

「恵美先輩のことなら、美香ちゃんだって知ってますよ。違う人だったらしいですよ」

「それじゃ、妹の美鈴ちゃんかもしれないわ」

「髪の長い奇麗な人だったって言ってましたよ。どう思います?」

 最近は会っていなかったが、美鈴はいつもショートカットにしている。

「さ……さあ……」

 それは涼子のほうこそ聞きたかった。「仕事関係の人じゃないの?」

「金曜日の夜ですよ。私、調べたんですけど川渕さん、あの日は定時で帰ってますよ」

 加奈子は面白がっているように見えた。

「誰か友達かもしれないじゃないの」

 そう言いつつも涼子の心のなかで不安が募りつつあった。

 先週の金曜の夜、涼子は恵美と電話で話をしていた。

――今日、仕事で遅くなるらしいの。

 あの声が思い出される。

 恵美に仕事と嘘をつき、忠志は誰と会っていたのだろう。

「浮気だったりして」

 はっきりと言う加奈子の言葉にドキリとした。

(浮気?)

 結婚してからまだ2ヶ月も過ぎていない。そんな状態で浮気なんてするはずがない。もともと涼子と付き合っていた四年の間でも浮気はしたことはなかった。

 忠志がそんな男じゃないことは涼子が一番良く知っている。いや……わかっているつもりだった。誰よりも愛情深く、浮気など出来るはずがない。そう思っていたからこそ涼子と別れてすぐに恵美と付き合うということを聞いてショックを受けたのだ。

 それならばいったい誰と会っていたのだろう。

 少し気になった。

 だが、今の自分が気にしてみても仕方ないことだ。

「ただ女性と食事してただけでしょ。どんな関係かなんてわからないんだから、浮気なんて言っちゃダメよ。そんな噂が流れたら困るでしょ」

「まあ、そうですよね」

 加奈子は素直に肯いた。

「恵美に余計なこと話しちゃだめよ」

 念を押すように涼子は言った。

「わかってますよ。恵美さんも知らないみたいだったから内緒にしなきゃ」

「え? 恵美に確かめたの?」

「大丈夫。この前、電話したついでにそれとなくです。恵美さん、何も知らなかったみたい。ちょっと気になりますよね」

 こういう時の加奈子の素早さには驚かされる。

「あなたこそ安村君とはどうなってるの?」

「えー、嫌だ。彼は友達ですよ」

 加奈子は大きく口を開けて笑った。

「でも、良い人じゃないの」

「確かに安村君は良い人ですけどね。でも、ちょっとイメージが違うんですよ」

 つぶやくように言うと、加奈子は皿に残っていたパスタを上手にフォークで巻き取って口に運んだ。

「イメージ?」

「彼、以前はすごく大雑把で男らしいイメージだったんだけど、実際には変に小さなことを気にするタイプみたい」

「小さなことって?」

「やたら会社のなかの噂とか気にしてるんですよ。いちいち聞かれると面倒くさくなっちゃう」

「それだけあなたが噂に敏感だからでしょ」

「そうですか? 私、普通に皆とおしゃべりしてるだけですよ。それにそんなに安村君の噂話ばっかあるわけないじゃないですか。自意識過剰なんですよ。ちょっとガッカリです。それに彼、お金もないし」

「そうなの?」

「はい、デートも割り勘が多いんです。借金でもあるのかと思うほどセコいんですよ」

「そんなふうに見えないけど」

「見栄っ張りだから人前だとそんなふうなとこ見せないんですよ。きっと今夜も割り勘だと思います」

「今夜もデート?」

「デートじゃないです。駅ビルに新しいお店出来たでしょ? 一緒に行くことになってるんです」

「それってデートじゃないの?」

「違います。そもそも二人で行きたくないんですよ。先輩、一緒に行ってくださいよ」

「嫌よ。デートの邪魔なんてしたくないわよ」

「お願いしますよ。ね、ね」

 加奈子の言葉に涼子は仕方なく頷いた。

「安村君、ガッカリするんじゃないの?」

「それで良いんです。ヘタに二人で会ったりしたら勘違いされるでしょ。彼、車も持ってないし。今度、ドライブに行く予定なんですけど、また川渕さんから貸してもらうつもりみたいです」

「何よ、デートに行くんじゃないの」

「違いますよ。美香ちゃんも一緒です」

 きっと安村は加奈子に気があるのだろう。こんな話を安村が聞いたら、きっとショックに違いない。

「川淵さんの車、よく借りてるの?」

「2月にスキーに行く時に借りました。私、川渕さんの車って好きだからいいんですけどね。そういえば川淵さんって変な癖ありませんか? ナビの履歴見ると、よく知った場所でも登録されてるんですよ」

「そうね。癖なんて人それぞれよ」

「車欲しいなぁ。安村君が買ってくれると便利なんですけどね」

「何、贅沢な事言ってるの」

 涼子は笑った。だが、頭のなかではまだ忠志のことを考えていた。

 もやもやした気持ちが心のなかに渦巻いていた。

(信じてあげたい)

 そもそもなぜそんなふうに思うんだろう。

 恵美のため?

 違う……それは忠志のため、そしてその忠志を想う自分のため。

(まだあの人のことを愛してる)

 涼子は忠志を忘れられない自分の気持ちに気づいた。


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