すべての料理を四川に変えよう
運営Aは独身の一人暮らしである。
一人暮らしということは、当然、自炊などもすることだろう。
毎日コンビニでも良いがそれでは味気なさすぎる。
とはいえ、作るのは炊飯器で炊いたご飯に漬物だったり、ラーメンだったりとレパートリーの低さには自信があった。
なんと運営Aはその業務のため、社員食堂で美味しい料理が食べられるように、食品衛生責任者の講習を1日を掛けて受講したにも関わらず、料理の腕はまったく上がらなかったほどの実力の持ち主であったのだ。食中毒は危険だ、次亜塩素酸ナトリウムで消毒をがんばってしましょう、くらいしか覚えていない。HACCPとかさっぱりだ。
そんな運営Aは考えたのだ。料理の勉強をしなくても、料理のレパートリーくらいはなんとかする方法を! そんな幅の狭さを補うために考えた最終奥義! それが数々の薬剤、つまりスパイス群であったりする。
その代表と言えばもちろんあれ! 醤油だ。
ただのご飯でも醤油を掛ければ! なんということでしょう日本風のご飯がすぐにでもできるのだ。
そして味噌! お湯を掛ければ味噌汁が完成する! ありがとう! アマノフー〇!
さらにチーズとレトルトの牛丼やカレーがあれば、あっというまにチー丼とか、チーズカレーができるのだ! 細切りチーズのパックは、すべての食材をチーズ味に変える魔法の薬剤なのである。
タバスコなどはもっと端的で、全てをメキシカンな料理へと我々をいざなう。
そして、運営A至上最大の薬剤と言えばあれだ! 二酸化炭素カレーのカレーパウダーといっても過言ではない。あの薬剤を一振り掛ければ、どのような食材でも一瞬にしてカレー味にし、まるでインドで生活しているかのような至福の時を得られるという。
おーはお茶のパウダータイプもいいな。本来は空いたペットボトルに水と一緒に冷やすと、おいしいドリンクが一瞬で完成する。スポーツドリンク用の白い粉もいいだろう。あれを別の使い方をすれば――お茶漬けなのが安価にできるのである。
そう、振りかけだ。
なんとご飯に振りかけるだけで、シャケの味になったり、酷い時にはノリの味がするようになるのである。自炊に対し炊飯器は最強のディバインバスター。それに振りかけがあれば鬼に金棒、周囲に漂う魔力を集める推進剤といったところか。
うむ。これでレパートリーの幅は大幅に広がったといえるだろう。
だが! それだけでは飽き足らない運営Aは新たな食材を探すことにした。
味にうるさい日本人がここにいた。
運営Aは研究を重ね、ついにその伝説の薬剤にたどり着いたのだ。
その名を花椒という――
花椒と出会ったのは何年前だろうか。たしか昔、麻婆豆腐の元が2人分1セットで入っているレトルトの中で振りかけとして付属していたのが初出かもしれない。
あの花椒を麻婆豆腐に掛けた時の香ばしさと痺れの強さと言ったら!
まさにただの麻婆豆腐が、本格的な本場の四川料理である麻婆豆腐に代わったシーンに運営Aは立ち会ってしまったのだ!
しかしその至福の時間はあっという間に終わってしまう。麻婆豆腐のレトルトに花椒の振りかけがついていたサービス期間は終わり、いまやそのレトルトはただの麻婆豆腐に成り下がっていた。
「おいしい四川の料理が食べたい――」
運営Aは日本人である。味への探求は厳しい。
おっさんなのに。いや、おっさんだからというべきか。
店舗という店舗を苦労して探し回り、運営Aはついにその薬剤である花椒を怪しい中国人から購入するのに成功した。このような中国の物産展は日本の各地に広がっているとのことだった。
ネットで購入すれば良いとの声もあるが、ネットで購入する花椒は大抵粉砕されており、量も少なくて普段使いするには難しいのだ。唯一ネットでは、カル〇ィーというコーヒーショップで売っていたようだが、運営Aが近くの実店舗に行ったときにはなかった。異世界だからだろうか。
ついに花椒という薬剤を手に入れた運営Aは、さらには阪セラの本格的なスパイスミルを用いてごりごりと削りながらあらゆる食材を四川風に変えていった。
むろんスパイスミルはセラミックを用いた最新式で、レストランで使うようなプロの仕様である。購入には多少のコストが掛かった。独り身であるからこそできる所業であり、奥さんなどいたら絶対に許可されないであろう。
フランス料理教室に行って浮かれているところに、プロの方からあれやこれやプロフェッショナルな調理器具や、料理に合うエレガントなお皿を買わされ、気づけば嫁さん大激怒なアレと同じである。
それであるがゆえに美味しさは折り紙付きだ。
しかしそれに飽きることはない。
(もっと、もっと美味しいものが食べたい……)
運営Aはやはり生粋の日本人であり、美味しさを求めて薬剤のさらなる探究を始めた。
そう、種類である。こだわり抜いた男は産地も選び抜くのだ!
運営Aはついに、薬剤の個人輸入を始めるに至る。
そしてあるとき、運営Aは知ってしまった。
その悪魔的な情報を。
花椒には通常の熟した赤花椒の他、熟していないうちに農家の人が丹精込めて詰んだ青花椒という種類もあるというではないか!
その青花椒は痺れも強く、赤花椒よりも高級品だという。
やはり熟れる前に採ることが難易度の差として現れるのだろう。
ずらりと透明の阪セラスパイスミルに、いくつもの美しい赤と青の薬剤が詰められて並ぶ姿を想像し、思わず運営Aはニマニマしてしまう。
それは、いろいろな種類の色の薬剤が詰まった試験菅が並んでいるのを楽しむマッドサイエンティストの思想に近い。アグネスなんちゃらとかいう女性の勝負服についている、あの青い試験官の中身はKCNではないか、とかいうあれだな。
だが、その青花椒の入手は困難を極めた。
ただでさえ赤花椒の入手が困難なのだ。さらにその上を行く青花椒は、まっとうな店には売っていないのである。
さんざん探し回ったあげく、ついぞ青花椒を近隣店舗で発見することは運営Aには出来なかった。むろん、四川の料理人であれば売っているところを知っているかもしれないが、そんな知り合いは運営Aにはいない。
(せや! 国内にないなら――、海外から買えば良いじゃないか!)
運営Aがそういう決断に走るのに、時間が掛かることはなかった。
個人輸入は比較的簡単である。この異世界では特に、である。
それはなぜか? なんと、この異世界では外国であっても日本語が通じてしまうのである。なんというお約束だ。それはまるでなろう小説のようではないか。お約束万歳! 運営Aが読者であれば、おそらくブックマークをして下側の★に5つのマークを付けそうなほどのお約束であった。
そうして購入するに至る青花椒ではあるが、少量買うと運賃の方が高くなるということにしばらく後に運営Aは気づいた。
それは当然だろう、国際物流なのだから。
わざわざこれだけのために送ったらとんでも無いことになる。
少しでも運賃を抑えるためには――、大量に青花椒を購入するしかなかったのである。
運営Aが運賃に敏感なのは理由がある。国際物流は辛い。KONOZAMAで一冊100ドルで売っているマネジメントの標準化本が、本家発売元の標準化機関では50ドルで売っており、英語のサイトを苦労して解読しながら安いと思って買ったら、実は運賃が国際郵便で50ドル固定だったときの衝撃といったら、思わずブチ切れるほどであった。
だが2冊買っても50ドル固定なので、2冊で25ドル、3冊で66ドルもお得になるのだ。それが大量購入の効果である。標準化本が複数必要な理由はどこにもないが。
だが、それが結局のところ失敗だった。
食べたこともない薬剤をいきなり購入したらどうなるのかを運営Aは思い知ることになる。
台湾でよく使われる薬剤のスターアニス(通称:八角)ですら、人によっては好き嫌いの好みがある。日本でいえば納豆のようなものだ。そんな四川の良くわからない薬剤に好き嫌いの好み差がないなど、誰が考えてもおかしいとは思わなかったのだろうか。
事件は、運営Aは大量の段ボールの中から青花椒を一袋取り出し、阪セラのスパイスミルに入れ、ごりごりとうどんに振りかけて食べてみた、その矢先にそれは発覚したのである。
(確かに痺れは赤花椒より強い。とても良い。だが、なんだ! なんてことだ! この青臭さは……、まったく熟してないじゃないか……)
ちなみに、青花椒をよく熟成したものを赤花椒という。
そう! 青花椒の正体とは、赤い完熟トマトになる前の青いトマトのようなシロモノだったのだ! くそまずぅぅぅ!
※注:
運営Aはこんなことを言っていますが、運営A個人の感想です。
おそらくスパイスミルに入れて振りかけるとかではなく、匂いの強い料理に煮込むような使い方が青花椒には正しいと思います。それを繊細なうどんになどに入れたら、そりゃぁ……
――もしかしたら、その青花椒が単に「ハズレ」だったのかもしれない。
北海道の利尻町が返礼品として贈った冷凍ウニの一部に〇シア産が混ぜられていたそうだが、そのハズレの〇シア産はえぐみが強く、各所から苦情が来まくってニュースとして報道されていた。まさにそんな感じのハズし方だった可能性もある。
しかし、少なくとも運営Aの購入した青花椒はとても青臭すぎてとても食えたものでなかった事実はどうしようもないのである。
そして悲しいかな運営Aは青花椒を振りかけとして使う程度の能力しか持っていない。運営Aの料理スキルでは煮込み料理とか到底無理であり、青花椒の扱いにほとほと困っていた。運営Aは包丁の使い手ではなく、電子レンジの使い手だったのだ。それも卵とかでよく爆発する。
とにかく輸入品で運賃を安くするため、購入回数を減らすため、運営Aは大量の青花椒を一度に購入したのだ。
(どうする? これ?)
その量は部屋が埋まるほどの段ボールであったのである――
カオル「なんだね。困るよ! 運営Aさん! いきなり本社にこんな変な薬剤を送り付けるのはやめてくれない?」
運営A☆「それは青花椒と言ってな。スライムに与える餌にしようかと――」
カオル「これを? こんなモノを入れてどうする気? 中華スライムとか作る気なのかね?」
運営A☆「ほら青花椒は痺れが強いだろう? もしかしたら食べたスライムが痺れを獲得するかもしれないと思って」
カオル「痺れを獲得させてどうするというのかね――。はっ。まさか! ポイズンスライムでも作る気なのか!?」
運営A☆「経験点を僅かでも上げるためにはスライムに新たなる付加能力を与える必要があるだろう? モンスターが嫌らしい特殊能力を持てば持つほど、得られる経験点は高くなるというではないか――」
それは青花椒の処分に困った運営Aが考えた苦肉の策というか、カオルを説得するための出鱈目である。効果があるかどうかはもちろん不明だ。
カオル「おまえ天才かっ! 以前にゴブリンに毒特性を持たせるために燐系とか弗素系とか与えてだめだったが、確かに天然由来のものであればなんとかなるかもしれないな! それにスライムであれば柔軟性もある。獲得した食材ですぐにでも特性が代わるかもしれない――」
運営A☆「そうだろう? かの偉大なる発明家エジソンだってその白熱電球を発明するときにタケという名の魔法植物を選んだように、スライムにだって植物由来の痺れを与えれば能力向上に寄与すると思ったのだね」
カオルが乗ってきたので、運営Aはかなり適当なことを言って調子を合わせた。
カオル「おぉ! 異世界の偉大なる発明家エジソンか! この青花椒が効くかはともかく、エジソンにあやかっていろいろぶち込むのは良いかもしれないな! 毒系にもその毒性には種類がある。痺れをもたらすもの、アセチルコリンエステラーゼを阻害するもの、TCAサイクルを阻害するもの、皮膚を激しくおかすもの、それぞれの効能が弱くても、死なない程度であれば相乗効果で収支経験点は多くなるかもしれない。天然由来ならベニテングタケも良いな! スライムプールに飛び込んだヤツがそれで死にかけたら――、それこそ『治癒』でもしておけば良いのだ。『治癒』の使い手という人件費は掛かるが、効率はあがることだろう」
運営A☆「そうだろう? そうだろう」
結局いろいろな薬剤を試したがスライムの能力が上がることはなかった。
だが、えてして科学実験とはそんなものである。




