国産化
「くぅ……。スライムか! 盲点じゃったわい!」
エセ科学警察研究所――そこでは日夜発生する問題の解決のため(マッドな)研究員たちが日々研究を行う場所である。
その研究員の中で最も頭のいかれた研究者といえば、歳を経てなおマッドな主任研究所所長であろう。
彼は最近急激に増えつつあるスキルを使った犯罪に対する調査――ではなく、経験点取得術式『EXPアッパー』の国産化に向けた動きに精力を注いでいた。
だがその研究はうまくいっていないようだ。
「ゴブリンから脳髄を抽出し、治癒魔法を掛け続けてなんとかうにょうにょ動くスライムのようなモノはできたが、倒しても経験点が入らぬとはな……」
マッドの中でもさらにあるマッドな所長は経験点生産の基点モンスターがスライムであると聞き、スライムそのものの開発に着手したが、まともなものができる気配はなかったのだ。
まるで大阪千博のマスコット「いのちのきらめきくん」のように『タスケテ…。タスケテ…』などと叫びそうな化け物は出来上がるのだが、モンスターたる要件が何か足りないのか、そこから経験点を得ることができない。
そこまでしてどうしてスライム開発に夢中になっているのか。
マッドな所長はスライムで経験点を得るというその発想に、まさに10万ボルトの電流のような衝撃を受けたのである。国家錬金術師としてのプライド、自尊心が大いに傷つけられたのだ。
従来のモンスターの大型化による経験点の増加ではなく、より弱いモンスターの増殖による経験点の取得という発想は実にすばらしいものであった。
いままでとまったく逆の発想である。ならば研究者として自分のものにするべきだ。所長は燃え上がった。
さらには、一度ゴブリンを使ったEXPアッパーの制作ができてしまったことも、マッドな所長には焦りとなった。それは一時期、エセ大日本帝国どころか全世界で注目の話題となったのである。
『経験点アイテムの国産化に成功――』
それは華々しく報道され、一時はマッドな所長は多くの人たちから喝采をあび、通産省からも予算が付けられ、しかし効率が悪く量産化が難しいと分かって多くの人たちから悲観される。そのプレッシャーに所長は耐えられない。
ひさしく変人扱いされ、しかし急にちやほやされ、そして手の平を返される。まさに高いところまで持ち上げておいてから梯子を外して地獄に落とす。その典型であった。
マッドな所長はなんとかあの栄光を取り戻さなければ、と思うにはいられないのだ。
さらに開発は競争だ。
スライムの制作に所長が苦慮する一方で、スライムを保存する装置の開発は身を結びつつある。それが部下である渋谷カオルによって成されていることが、マッドな所長の胃に追い打ちを掛けていた。身内による開発成功は喜ばしいことだが、しかし先を越され、しかも部下ということでマッドな所長のココロはさらに傷つけられた。
スライムを保存する装置は、総天然ひのきの棒という幾ら予算が掛かるか分からない容器で作られている。
そんなものをどうやって作れるのか――。その解決手法は最近使える人が増えだしたスキルにあった。
エセ大日本帝国ではスキルといえば《神聖魔法》か《錬金術》であるが、何も取れるスキルはこれだけではない。
中には「なぜそんな?」と思えるトンでもスキルを取得する人もいるのである。
最近のEXPアッパーの配賦によりレベル3になれる人が増加し、それだけの紛れを生じさせる余地が出てきたのだ。
例えば《剣術》そして、《炎闇魔術》などは、取得するだけ無駄なスキルとして有名だ。そんなスキルをこのほとんど現代社会となった異世界のどこで使えというのだろうか? 使った瞬間に何かの法律に触れるに違いない。
渋谷カオルは自身は国家錬金術師であるためそれら変なスキルは取れないが、警察力という権力を使えば自己申告制ではあるが、おおよそニッチなスキルを取得している人の情報は知れた。
簡単に見つかったのは《造園》スキルの保有者である。
造園会社であれば垂涎のスキルである。取得したのは造園業者の社長だった。
社長は、金にまかせてEXPアッパーを下請け従業員から巻き――買ったのである。
《造園》スキルはランドスケープに関するあらゆることをスキルでMPを消費して作成することができる。例えばそれは庭に美しい池を作ったり、池の鯉やドジョウを育てたり、維持するなどだ。
《農家》スキルも優秀だ。スキルでMPを消費して水路やため池を作ったり、ウナギの稚魚を養殖するなどもできたりする。
《罠師》、《野武士》などというスキルもある。彼らはスキルを用いてトラップを作成することができる。
《ハメ技師》――とある特殊な環境での撮影や、ゲーセンでの対戦などで有利になるという謎のスキルだが、このスキルでもトラップを作成/維持できる。メインの格闘スキルのサブとして、唯一白スキルであることも魅力だ。
そしてそれら生産系と呼ばれるスキルでは、なんとジュエルを消費することで『ガチャ』なるものを使用でき、様々なアイテムを得ることができるのである。
その数々のアイテムの中に、トラッププールと呼ばれるものがある。
例えば誰かがその上を歩くと、落ちるというシロモノだ。
Rクラスの筆頭であるそれだが、しかしより上位のSR、SSRなどというものも存在し、SSRの中にモンスタートラッププールと呼ばれるものが存在する。
SSRの発生確率はなんと3%だ。SSRのアイテムが複数あるとすると、そのモンスタートラッププールが狙って出る確率は0.3%という低さである。
ガチャ10連でジュエルは1500かかり、200連を達成すると任意のアイテムが得られる天井というシステムもあるのだが、ジュエル30、000を消費して天井を目指すのはこのジュエルが高騰する昨今ではほとんど不可能、――なわけではなかった。
現に渋谷カオルは2枚のモンスタートラッププールを手にしている。
既に1枚を消費してエセ科学検察研究所の地下には総天然ヒノキの棒のプールが出来上がっていたのである。
依然としてして設備の維持は錬金術ではできず、《造園》、《農家》、《罠師》、《野武士》、《ハメ技師》といったスキルとジュエルを必要としているが、実際にスライムを投入して罠設備が稼働しなければそれらは不要だ。
ちなみにロダンくんは《ダンジョンマスター》スキルでこの維持を行っていた。これが最も効率が高い。
研究所の総天然ヒノキの棒のプールの設置は、EXPアッパー国産化に近づく大きな成果として報道され、後はスライムばかりなりとプレッシャーを掛け続けられる所長の胃の痛みの主原因ともなっている。
その渋谷カオルだが、突然にして研究所を退職する予定だ。
寿退社ではない。
残りの1枚を使い、会社を設立するのである。
正確にいえば会社設立のためヘッドハンティングを受け、そのためにモンスタートラッププールというアイテムを入手したのであった。
治癒系については独立開業医がほとんどでありヘッドハントを受けることはほぼないが――都嬢部隊はその独立開業医の集団である――、国家錬金術師というスキルは集団での活用こそが有益であり、私企業からヘッドハントを受けること自体は、まれによくあることであったので不思議な点はない。エセ科学警察研究所自体も、常に有益な国家錬金術師のヘッドハントをしているくらいである。今年は確実に生産系スキルの持ち主も採用されるだろう。
そんなヘッドハンティングをする会社の名前とは?
その役員の一人にこんな人物が名を連ねていた。
その名はアリス・ガーゼット。
彼女は世界最強の錬金術師で、青い稲妻の魔人であった。




