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エセ科学警察研究所の附属鑑定所





「ほぅ。これがその『開運グッズ』ねぇ……」


 ベテラン刑事はその『開運グッズ』とされるアイテム、『EXPアッパー』の画面をしげしげと眺めていた。


 そのウィンドウシステム上で表示されているそのアイテムは――、ベテラン刑事としても困惑をせざるを得ないものであった。


 聖サウスフィールド女学院でひそかに流行(はや)るそのアイテムは、使うと1日経験点が1点増える、最大10まで、というだけのシロモノであるが、だからこそ問題となっていた。

 経験点が1点増えればレベルは1になる。そして合計10点もあればレベル3となり、スキルが一つ自由に選択できてしまうのだ。



 それはエリートとしての道を約束されたに等しい。



 だが、そういった(たぐい) のものはだいたいにおいて詐欺だ。

 『開運グッズ』と銘をうっていることからして逃げの姿勢である。

 もしかしたら経験点が得られるじゃないか? 程度のものだろう。


 そんな詐欺案件だ。


 とりあえず調査をして欲しい、などと学生の親たちが望むのは当然のことだろう。

 だが、そのようなものは数知れずある。


・「パワーストーン」

・「なぞの招き猫」

・「伝説のモンスターである『クマ』をモチーフにシャケを狩る木彫りの像」――


 数え上げたらキリがない。本来であれば「そんな流行もあるんだね。JKの考えることはよく分からんね」で、終わる程度の話である。そもそも論として、無料で配られたそうだから詐欺もクソもない。

 だがその要望する親たちの中に、貴族院の政治家も含まれていたのが警察研究所としては厄介すぎる問題であった。

 警察研究所としてはそんなどうでも良いことを――と思わないでもなかったが、政治権力からの圧力では屈せざるを得ない。それがどんないかがわしい議連であってもだ。ネット犯罪に詳しいベテラン刑事も駆り出して調べるしかないのである。


 そのEXPアッパーなるものを入手した高校のご令嬢の一人から安く買い叩き、しかし、そのウィンドウシステム上に造られたアイテムが意外としっかりしているのに驚く。



=================


「アイテム:『EXPアッパー』(譲渡化)


フレーバーテキスト:『

 世界よ!

 最悪の結末、バットエンドに塗りつぶせ!


 強くなり過ぎた故のレベル減衰の残滓を

 哀れな子羊たちへ伝えよう。


 薔薇色の未来を、白濁へと染め上げるのだ!


 Yes! High! Dark!!


必要スキル:《錬金術》Lv.5。


魔法名:『初心者特典ポーション作成』


効能:使用者経験点を1上昇させる。

   ※使用は1日1回までです。

   ※レベル3を超えて使用すると減衰します。」



使用しますか?(Y/N)


=================


 無駄に長いフレーバーテキストもおかしな点が多いが、それよりもおかしな点がいくつもある。


 まずは、《錬金術》Lv.5 である。

 我が国の国家錬金術師の最高レベルは6なのだ。


 スキルの取得に3ポイントかかり、スキルのレベル毎に1さらに消費が必要となると――


レベル3:スキルポイント3消費:《錬金術》Lv.1

レベル4:スキルポイント4消費:《錬金術》Lv.2

レベル5:スキルポイント5消費:《錬金術》Lv.3

レベル6:スキルポイント6消費:《錬金術》Lv.4

レベル7:スキルポイント7消費:《錬金術》Lv.5


 ――となる。つまりは真っすぐに《錬金術》のみを習得したとしても最低レベル7は必要となってしまう。途方もない経験点が必要だ。

 《錬金術》を習得して研鑚すればスキルポイントを振らずにスキルレベルを上げることも可能だが、それには数十年という月日を必要とした。


(となると――、もし本物だった場合、製造した《錬金術》の使い手は外国人ということになるが――、それならばなぜ自国でバラまかないんだ? こんな希少アイテムを……、単なる治験であれば良いが、もしかしたら服用で何か危険なことでもあるのかもしれないぞ。たとえば時間が経つと昏睡するとか。いや、しかしこのフレーバーテキストにはそんなことどこにも――)




「主任! なんとか購入できました!」


 そこに若い警官からの声があがる。


 あの秘密結社セヤロカーちゃんねる、などというふざけた名前の店舗から販売された、同じ名前の商品である。


「さて、同じかどうか――」


 ベテラン刑事は目を皿のようにしてその差分を確認した。


=================


「アイテム:『EXPアッパー』(譲渡化)


フレーバーテキスト:『

 世界よ!

 最悪の結末、バットエンドに塗りつぶせ!


 強くなり過ぎた故のレベル減衰の残滓を

 哀れな子羊たちへ伝えよう。


 薔薇色の未来を、白濁へと染め上げるのだ!


 Yes! High! Dark!!


必要スキル:《錬金術》Lv.5。


魔法名:『初心者特典ポーション作成』


効能:使用者経験点を1上昇させる。

   ※使用は1日1回までです。

   ※レベル3を超えて使用すると減衰します。」



使用しますか?(Y/N)


=================


「一字一句同じですね」


「そうだな」


 それはまるで、作者がコピー&ペーストでもしたかのように一字一句、完全に同一の文言であった。この小説の読者であれば『当たり前だ』といいながら、ノリツッコミでブックマークを行い、下の方にある『ポイントを入れて作者を応援しましょう』に★を5つ入れてしまう程度には当たり前のことである。


「そうなると――」


「聖サウスフィールド女学院からのブツの出所は同じものと思ってよさそうだな」


「となると――、取り上げたお嬢さんには悪いことをしましたね。あのアリスとかいう桃色ブロンド髪の錬金術師、配信動画では転売ヤー〇すべしとか相当に怒っていましたから――」


「転売ヤー〇すべしというのは俺も賛成だが……」


 彼らは正義感溢れるまっとうな警官である。


(だが、そうなると転売ヤーから買った俺たちも糾弾される側か?)


 ベテラン刑事は肩をすくめた。


「で――、本物かどうかを試すにはYを押すべきだと思いますが……」


 どこかわくわくといった感じで期待した目をする顔の若い警官に、ベテラン刑事はデコピンというパワハラをおこなった。


「バカを言うな! これはあからさまに消費アイテムだろう。積極的に我々が証拠隠滅してどうするというのだ!」


 そもそも無料試供品で詐欺でも犯罪でもないのだから、証拠隠滅しようと問題ないのだが、購入したアイテムには費用が発生している。それだけにそれがなくなって消費消滅でもしたら、周囲から何と言われるか分からない。始末書で済めば良いレベルだ。

 一方、ジュエルの方はみんなで出し合った自腹である。警察には予算配賦はあってもジュエルが配賦されるわけもなかった。


 そして万が一、本物であれば何を言われるか分かったものではない。周囲からは「自分だけレベルアップしやがって」、などと批難轟轟となるのは間違いなかった。ネット上の情報では本物らしいが、ネットの情報を簡単に信用してはならないのは異世界でも同様だ。


 そんな会話をしていると、いきなり齢をとった研究員が鑑定所に駆け込んできた。扉がバーン! と大きな音をたてる。かなりの年齢であるのにも関わらず、その興奮した様子に『あ、こいつやべぇ、マッド・サイエンティストだ』などとベテラン刑事は思わずにはいられない。


 何よりも目が血走っているところが怖いのである。


「――で、できたぞ!! EXPアッパーだ!」


「は!? はぁぁぁ!」


「だからできたのだ。EXPアッパーが!」


 その口から出てきた言葉はベテラン刑事にとって衝撃的なものであった。

 EXPアッパーがこの研究所でも出きただと?

 世紀の大発明じゃないか。それが本物であればだが。


「おかしいだろ! 《錬金術》Lv.5に到達するには総合レベル7が必要なはずだ?」


「なんじゃ若造。貴様はだれじゃ!」


 ベテラン刑事であったが、この齢をとった研究員には若造扱いされてしまった。


「ここは天下の帝国だ! 帝国の技術力は世界いちぃぃぃ! こぉれをぉぉ見るがいい!」


 さらに研究員は充血した目に目ヂカラを込める。

 叫びながら研究員は右手にマジックワンドを掲げた。

 その声は常に巻き舌だ。


 それはまるで、某有名アニメの猫型生態機械がアイテムボックスからシークレットアイテムを出すときの効果音が聞こえてくるような動きだった。


 しゃこきこきーん!


「マジックワンド(小魔杖)ぉぉ!」


 てれれれって、ててーれー!


 説明しよう!

 マジックワンド(小魔杖)とは、《錬金術》のスキルレベルを1上昇させる帝国最強のマジックアイテムの一つである。


「――さいですか」


 もうこのおっさんには逆らわない方が良い。

 ベテラン刑事は強くそう認識するのであった。


「そしてこれを見ろぉぉ! 『ステータス』ぅぅぅ!」


 そして、自身のステータス情報を見せてくる。

 本来、親族や恋人しか見せないようなものであるが、研究員にとってそんなことは些細なものらしい。



=================


「アイテム:『EXPアッパー』(譲渡化)


フレーバーテキスト:『エセ科学警察研究所謹製』


必要スキル:《錬金術》Lv.5。


魔法名:『初心者特典ポーション作成』


効能:使用者経験点を1上昇させる。

   ※使用は1日1回までです。

   ※レベル3を超えて使用すると減衰します。」



使用しますか?(Y/N)


=================


「フレーバーテキスト以外は同じですね」


 そのメッセージは、まるで作者がコピー&ペーストしたかのようにフレーバーテキスト以外は同じものであった。


「そうだろう。そうだろう。そして使ってみた」



「ちょ」



=================


使用しますか?(Y/N)Y


=================



システム:マッドはベテラン刑事に『EXPアッパー』を使用した。


システム:経験点1点を手に入れた。


システム:あなたはレベル1になりました。


「そして小僧! 今お主のレベルはいくつになった!」


 聞かれたならば答えざるを得ないだろう。


「……1です。」


 ベテラン刑事は経験点を得てレベル1となっていた。


「成功だ! やったぞ! ワシはやり遂げたのだ!」


 (とし)をとった研究員が右手でガッツポーズをする。

 なにをそんなに嬉しいのか、研究員は大粒の涙をいくつも流している。


 その姿は、まるで我々がチャンピオンであると連呼する、有名アメリカロックシンガーが歌う唄の一節のようであった。


 そんな(とし)をとった研究員の頭を本で力強く叩いたのは、うら若い女性の研究員――渋谷カオルであった。


 その渋谷カオルはフォーマルな白のブラウスに黒のショートパンツ、そして黒タイツという、いかにもOLですという主張する服装の上に、さらに白衣を着るという完璧理系女史なのであった。

 理系によくある、おしゃれに無頓着なため出社用に何着も同じ服装を持っているタイプである。髪もショートなおかっぱで、キャロルのあのクソめんどくさいツイン縦ドリルとは異なり非常に絵師にやさしいおねぇさんなのである。


「なにをする! 渋谷研究員!」


「なにをする! じゃありません! その成功の陰に一体どれだけの犠牲を払ったというのです?」


「ゴブリン3体などみろ! ゴミのようなものだぁぁ!」


 それはまるで、空挺戦艦の上で敵方の大佐が人などゴミのようだといった言葉と重なる。

 (とし)をとった研究員にとって人などゴミのようなものに違いない。

 ましてゴブリンなど研究材料でしかない。


「そのゴブリン1匹を産みだすのに一体どれだけの犠牲とカネが掛かるのか、まさか所長というべき人がお忘れではないでしょうね? その死んだ哀れなゴブリン3匹だって、下野動物園にものすごーく頭を下げてようやく貰ってきた実験生物なのに。一体だれが頭を下げたと思っているのよ。あそこの所長、私の胸ばっかり見てきてほんと嫌らしい!」


 そして、結局渋谷カオルにとってもゴブリンはただの実験材料のようだった。

 渋谷カオルは齢をとった研究員に怒りをそのままにぶつけているが、怒りの元は所長ではないかもしれない。


「だが成功した! これは賞賛されてしかるべきものではないか!」


「成功にしても非効率すぎます。ゴブリン1匹あたりの経験点は1ですよ。3匹いれば3点。いいですか簡単な足し算です。分かっています? 1+1+1=3。にも関わらず所長が作られたEXPアッパーは1しか増えません。まさか所長がこの足し算を計算できないとは言わせませんよ? 効率1/3では使いようがないでしょうがっ」


「うーむ。何か……。何かブレークスルーがあるはずだ。この効率を覆すような何かが――。そうだ! お主この秘密結社セヤロカーとやらに潜入して秘密を探ってくるのだ!?」


「なんで私がっ!」


「では知りたくはないのかね? このEXPアッパーの生産の秘密を――」


「それは――所長、とても知りたいです! 潜伏調査/おとり調査の許可をお願いします! 所長! こういう時の権力でしょう! 使いましょう!」


「よーし。ワシ直々に上と掛け合っちゃうぞぉぉ。ワシの推しの説としては超大型のモンスターを――」







(だめだあいつら、勝手に議論を始めやがった――)







 研究員どうしのOHANASIAIだ。何を言っているのか分からない。

 さらに彼らは理系一直線叩き上げのDrたちである。あのようなヘブン状態になったら当面帰ってくることはないだろう。理系のDrとは、それすなわちHENTAIのことである。



 ベテラン刑事はため息をついた。



 そして目の前のステータスにはレベル1の文字がある。

 レベル1――。それはアイテムボックスが使えるようになったということを意味する。生活の幅が相当に広くなること請け合いだ。






 だがそれは――、相当な問題だった。






「えーっと、とりあえず問題は解決したのですよね?」


 若い警官がベテラン刑事にニコニコしながら尋ねてくる。

 『事件を解決した晴れやかさ』がその顔にはあった。


「あぁ、この怪しげなアイテムの出所(でどころ)は少なくとも分かったしな」


「親御さんからの依頼は出所(でどころ)の確認を――ということだったので、その出所(でどころ)が分かったからには問題は解決している、で合ってますよね?」


「――そうだな」


「その効果も本物となれば、詐欺の線で追うのは厳しいと。だいたい無料なのだから詐欺も杓子もないですよね」


 効果は本物だろう。

 なにしろ鑑定所で同じアイテムが作れるのだ。


 しかしなぜ、この若い警官はこんなに積極的なのだろうか?


「それで? 何が言いたい?」


「――となると、このEXPアッパーの今入手している分って、我々が自由にできるんですかね? それとも返したりします? あの娘に」


 若い警官はキラキラと期待した目を隠そうともしない。あわよくば自分が使おうとでも思っているのだろう。ベテラン刑事の手元には販売を受けた100ポイントと、オークションで得た1ポイントの合計101ポイントある。


 本来なら少なくとも100ポイントは返すべきだろう。

 捜査が終わったのだから。その売ったお嬢さんに。



 だが、一つだけ問題があった。



 購入費用は、警察から出ているのだ。

 もちろん、上司は費用に対して承認をしている。


 上司が承認したということは――上層部も知っていることだろう。

 期待している若い警官には悪いが、少なくともこのEXPアッパーを彼が使うことはない。



(こりゃぁ、問題になるな……)




 上層部は――彼らだって、レベル0である。

 こんな美味しい経験点を素直に手放すだろうか?


 実際の効果が証明された今、EXPアッパーの価値は天文学的なものがある。なにしろ鑑定のお墨付きだ。もしもお嬢さんに返したらきっともう経験点を得る機会はおそらく永遠に巡って来ない。

 ならばと上層部は考えるだろう。いろいろと――。いろいろとだ。








(あぁ、問題だ……)









 本来『返すべき』という言うべきベテラン刑事は、レベル1になっていた。

 はたして――、その言葉に説得力はあるのだろうか?




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