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後日談2








リビングで待っていると、突然非常ベルによく似た音が鳴り響いた。

あまりにも突然で久しぶりに聞いた音だったから、反射的に体がびくついてしまう。私は持っていたカップを置いて、そっと立ち上がった。シュウさんもお姉ちゃんも、2階の客室に行ったきり戻ってこない。ベッドを整えてくれているはずだけど・・・2人でいちゃいちゃしてるんじゃないかと、そんな気もする。

・・・まあ、やっと会えたんだからその気持ちも分からなくないけど・・・。

今のはたぶん玄関のベルだ。

・・・そういえば、誰だかが顔を見にやって来ると言ってたっけ・・・。

手が空いている私が出るべきかどうか悩んだ末、とりあえず大人しくしておこうと思って窓の外に視線を投げる。すると、階段を下りてくる気配がして、私はそのまま窓の外を眺めた。

閑静な住宅街、しかも結構な大きさの家が立ち並ぶ地域は静かだ。隣の家までの距離も結構ある。だからなのか、なんだか目の前が広すぎて物足りない気持ちになる。

・・・怒ってる、かな。

日が落ちる直前の空に、今頃病院で私を待っているだろう彼のことを思う。

・・・どうして、こんなことしたんだろう。

もう何度も繰り返し考えた疑問だ。考えたけど、私には分からない。直接尋ねるしかないと分かっているのに、そうするだけの勇気もなくて、ここへ来てしまった。

・・・逃げて、来ちゃったんだよね。

溜めていた息が、口から逃げていく。1人になったらいつの間にか、最初に感じた怒りのほとんどが萎んで、後悔や悲しさ寂しさ、そんなものに変わっていた。

・・・会いたい。

・・・でも、やっぱり、会いづらい。

傷の具合だって心配だし、私の帰る場所は彼以外にないと思っている。でも、もやもやした気持ちが胃にぶら下がっていて、どうしてもダメだった。

・・・隙間、なくなったと思ってたんだけどな。

・・・好き、なのにな。

何もかも差し出し合った後、照れくさくて一緒に笑い合ったのに、それだけじゃ足りなかったんだろうか。ここで考えていても何も変わらないのに、頭の中がぐるぐるして気持ちが悪くなる。出し切ってしまったと思っていた涙が、ぷくっと膨れて視界の邪魔をした。


「ミーナぁぁぁっ」

女の人の声が響き渡って、私は我に返った。

・・・お姉ちゃんのお友達?

内心で呟いて小首を傾げていると、女の人とお姉ちゃんのやり取りが聞こえてきた。

「心配したんだからね・・・!」

「うん、ごめん・・・」

「とりあえず、中に入ったらどうだ。

 風に当たりすぎて体に障ったら困る」

「・・・うん・・・」

シュウさんの言葉に、誰かが震える声で頷いた。

「素直だな」

「あたしだってミーナのこと心配だもん・・・」

「そうか」

「・・・じゃあ、中にどうぞ」


言葉と一緒にお姉ちゃんがリビングに入ってきて、その後にシュウさんが、続いて赤い髪をした女の人と男の人が1人ずつ。

私は咄嗟に立ち上がって、目が合って面食らったような表情を浮かべる赤い髪の2人に頭を下げた。よく分からないけど、きっと私が来るずっと前からお姉ちゃんのお友達でいる人達だろうから。

「こんにちは」

挨拶に、女の人の方が瞬きを繰り返している。泣いていたんだろう、目じりに滲んだ涙に親近感が湧いてしまう。お姉ちゃんとの再会に涙を零すなんて、きっと私と同じくらい彼女のことが好きなんだろうから。・・・ちょっとだけ、やきもちを焼いてしまいそうだけど。

男の人の方は、一瞬眉をひそめて私を見ていたかと思えば、口を開いた。

「あ、思い出した」

そして、言いながらキッチンに消えたシュウさんに声をかける。

「あの地震のあった日、団長が抱えてた女の子ですよね」

「・・・そんなこともあったな」

・・・地震のあった日・・・。

彼の言葉に記憶を辿って、ああそうか、と思い出す。

あの日はシュウさんと図書館で本を探していて、地震が起きて・・・それで、足を捻った私を抱きかかえてジェイドさんの執務室まで連れて行ってもらったんだった。

「・・・そういえば、声をかけてきた・・・?」

呟いて小首を傾げていると、キッチンからお姉ちゃんの声が聞こえてくる。

「そんなこと、あったの?」

かちゃかちゃ、と食器のぶつかる音の合間に、シュウさんの言葉も漏れ聞こえてきた。声が低いから、ボリュームを抑えられるとあんまり聞き取れないのだ。

「ああ、図書館でリアが足を捻ったんだ。

 ジェイドの執務室に運ぶ途中、街に下りる蒼の連中と擦れ違って、その中にノルガが」

「そっか・・・結構大きな地震だったの?」

「・・・古い建物は、崩れた場所もあったな。

 建物より、郊外の雪崩の被害の方がひどかったか」

「・・・そう・・・」

「あの地震は、お前とは無関係だ・・・気にする必要はない」

「・・・うん」

か細い声が聞こえたきり、キッチンから音が消えた。少し、放っておいた方がよさそうだ。

私は一緒にキッチンから聞こえる会話に耳を澄ませていたらしい、赤い髪の2人を交互に見比べる。どうやら、女の人の方がちょっとだけ怒っているようだ。

「あたし、何も聞いてないけど」

「だって、」

男の人、ノルガと呼ばれた人が言いづらそうに言葉を紡いでいく。

「アンちゃん、それ聞いたら団長のこと襲撃するでしょうが」

「するわよ!」

「だから教えなかったんだよ。

 そういうの、回り回ってミイナちゃんが悲しむんだぞ」

「ぅ、」

「はい、」

口ごもった彼女に、彼はため息混じりに両手を広げる。そして、目元をずいぶんと和らげて小首を傾げた。

「どうぞ」

「・・・ん」

ぽすん、と遠慮がちに抱きついた彼女の頭と撫でる。

・・・一気に蚊帳の外だ。もしかして私、見えてないのか。

「・・・あ、その2人ね、」

初対面なだけにどんな反応をしたらいいのか分からず、呆気に取られていた私に声をかけてくれたのは、お姉ちゃんだった。お菓子の載ったトレーを持って、キッチンから出てくる彼女の後から、シュウさんがお茶を運んでくる。

苦笑しているのは2人共一緒で、視線の先には赤い髪の2人がいた。

「友達の、ノルガと、アン。

 今ちょっと、仲が良すぎて目のやり場に困る時期なのね。我慢してあげて」

「ノルガは、蒼の1等騎士だ。アンは、王宮の食堂で働いている」

2人が運んできたものをテーブルに並べながら説明をくれて、ノルガとアンが私を見た。どうやらアンの方が我に返ったらしい。


「えっと、私の従姉妹で・・・」

皆がソファにかけたところで、お姉ちゃんが話を切り出した。視線を私に投げたのが分かって、口を開く。

「リア、です。よろしくお願いします」

「よろしくね。ミーナとは、孤児院にいた頃に一緒に働いてたんだ」

「よろしく~」

名乗った私に彼らが軽く頭を下げて、ひと言添えてくれた。それに私が頷いていると、シュウさんがノルガに向かって言う。

「悪いが、今から王立病院まで行ってくれるか」

「うっそ、今から・・・?!」

その表情が、思い切り嫌そうに顰められる。見ていて申し訳のない気持ちになってしまった私は、咄嗟に口を挟んでいた。

「あの、やっぱり私・・・」

「アンも泊まっていけばいい。

 お前には、良い酒を用意して待ってる。夜通し付き合え」

「ほんと?!」

「・・・で、結局俺は走るわけね」

私の言葉を遮ったシュウさんの提案に、アンが手をパチンと叩く。それを見たノルガが、うな垂れて大きく息を吐いているのを、お姉ちゃんが苦笑して見ている。

私はそんな彼らを呆然と眺めているしかなかったけど、結局はノルガが病院まで行ってくれることになって、アンが歓声をあげた。


ノルガはあれからすぐに、王立病院へ行ってくれた。私の書いた伝言と、入退院の手続きに必要だという戸籍を印刷したものを持って。

ちなみに伝言は、“ごめんなさい。雑用はしばらくお休みさせて下さい。お姉ちゃんの家でお世話になります”とだけ。


それから、ノルガとアンの2人は、シュウさんの片目が見えなくなったことについて知っているようだった。誰から聞いたのかは分からないけど、目の色を見ても騒がなかったし、何も聞かなかったから。





「そっかー、補佐官様のとこの雑用さんだったんだ」

「うん。お屋敷で保護されたから・・・」

ベッドでごろごろしながら、私はアンと話していた。

すっかり暗くなった辺りは静かで、天窓からは少し欠けた月が覗いている。彼女の赤い髪は薄暗い中でも十分明るくて、それがなんだか私をほっとさせてくれた。

「アンは、王都に来るまでは、ずっと孤児院にいたの?」

「そ。

 ・・・ああでも、ミーナと働いてたとこには、院長に誘われて移ったんだけど」

髪を下ろしたアンは、最初の印象よりも大人びて見える。

「そうなんだ・・・。

 その、お姉ちゃんと一緒に働いてた孤児院て、どこにあるの?」

「ずっと西に行くと、イルベっていう街があるんだけど・・・。

 王都とその街の、中間くらい・・・どっちかというとイルベ寄りの場所にあるよ。

 草原が広がってて、近くに温泉が湧いてて・・・」

「へぇー・・・」

彼女の話に相槌を打っていると、ふいにドアがノックされた。彼女が返事をすると、そっとドアが開けられて、隙間からお姉ちゃんの顔が覗く。

「あ、起きてた」

嬉しそうに部屋に入ってきたお姉ちゃんが、ベッドに腰掛けた。お客様用だという部屋のベッドは、女子が3人並んで寝ても大丈夫なくらい大きい。

「ノルガ、帰ってきた?」

「うん・・・えっと・・・」

アンの問いかけに、彼女は口ごもって、髪を解き始めていた手を一瞬止めた。その視線が私に向けられてから彷徨っているのを見て、口を開く。

「ジェイドさんは、何て・・・?」

顔色を窺うように恐る恐る尋ねる私に、彼女はゆっくり頷いた。

「伝言と、封筒の中身を見て、驚いてたみたい・・・。

 明日シュウと一緒に病院に行ってくるから、その時に様子見てくるね」

髪を解いたお姉ちゃんが、私とアンの間に寝転ぶ。

「で、何があったわけ?」

「うーん・・・」

アンの言葉に、お姉ちゃんが私を見る。詳しいことを話していいのかどうか、伺いを立てようと思っているんだろう。

無関係だったノルガに、病院まで行ってもらったんだから・・・と私は頷いて、口を開いた。

「えっと、私、知らない間にジェイドさんの戸籍に入っちゃってたみたいで・・・」

「うん?」

どう説明したらいいのかと言葉を選んだけど、アンには伝わらなかったらしい。お姉ちゃん越しに小首を傾げて私を見ている。

すると、お姉ちゃんが口を開いた。

「私も見たんだけど・・・。

 妻の欄に、彼女の名前があったんだよねぇ」

「・・・はぁぁ?!

 なんじゃそりゃ!」

思い切り叫んだアンに、私は自分が悪いわけでもないのに毛布を頭まで被る。暗闇の中で思い出したのは、戸籍を印刷したものを受け取った時の、衝撃だった。

私は代理で受け取ったんだから、目を通すべきじゃない・・・そう思いつつも、たまたま自分の名前が目に飛び込んできてしまった。そして、知ってしまった。

ジェイドさんの戸籍、配偶者の欄に私の名前が登録されていたことに・・・。

「うん、分かる分かる。

 叫びたいよね、意味不明だよね。

 保護して数日でそういうことしちゃうなんて、ちょっと信じられないよね」

お姉ちゃんがまだ何か言おうとしているアンを宥めながら、私が被った毛布をそっとずり下げた。目の前に、ずっと探していた黒い瞳が揺れている。

髪を下ろしているところなんて、あっちの世界に暮らしていた頃にたくさん見てきたのに、この世界で見るとすごく綺麗で素敵に思えて仕方ない。

「ね、つばき」

「ん・・・?」

「つばきは、ジェイドさんのこと好き、なんだよね?」

こくり、と頷くと、彼女がそっと微笑んだ。

「・・・ジェイドさんも、同じ気持ち?」

「たぶん・・・。

 今は、そうだといいな、って思ってる」

「て、ゆーか・・・」

私が彼女に言葉を返していたら、アンが何かから立ち直ったのか、口を開いた。

「補佐官様とは、まだ番にはなってないの?」

「・・・つがい?」

どういう意味だろう、と首を捻っていると、お姉ちゃんが唸る。

「そっか、つばきは知らない単語かも。

 ・・・ええと番って、この世界では・・・お互い好き合ってて・・・」

そこまで言って、彼女はちらりと私を見た。けどすぐに気まずそうに視線を逸らす。

なんだか雲行きがあやしい・・・そう思っていた私に、彼女は続きの言葉を放った。

「体の関係を持ってる男女のことを、指す・・・んだけど。

 ・・・ジェイドさんは、つばきの番、なんだよね?」

「な・・・っ」

否定も肯定もしていないのに、お姉ちゃんは私の慌てっぷりを見て噴出す。

「あ、うん、ごめん。

 病室でのジェイドさんの態度を見て、なんとなく分かってたんだけどね。

 ・・・番はパートナーだって聞いたことあるけど・・・」

「繁殖のね」

「ああ、なるほど。

 でもそれ、生々しいね」

「そりゃ、ご先祖様はケモノだからね」

アンが口を挟んで、お姉ちゃんが頷く。何納得してんだ・・・。

顔が熱くなった私は、もう一度毛布を頭まで被る。今度は暗闇で、あれやこれやとジェイドさんの色気満載名カオや仕草を思い出して、かれって逆効果だった。

ぷはっ、と毛布を自分で剥ぎ取った私は、息を切らせて2人に顔を向ける。

「・・・リア、補佐官様と番なのかぁ・・・」

「それなら、夫婦として戸籍に載っても問題ないような・・・。

 いやでもこの場合、いろいろ飛ばしてそこに着地しちゃったことが問題か」

2人が思ったことをぽんぽん言い合っているけど、私はそれを拾って反論したり、何かを言ったりするだけの気力がなかった。ジェイドさんとの間に何があったかなんて、推し測られるだけでも恥ずかしくて堪らない。

「大問題でしょ。

 ちょっとリア、あんたどうしたいのよ」

「ど、どうって・・・」

お姉ちゃん越しに追及されて、私はなんとなく体を引いてみる。何をどう言えばいいのか、私は混乱していた。

そう、戸籍を見てからずっと混乱して、どうしたらいいか分からなくて逃げ出してきたんだ。

「アンが沸騰してどうするの・・・」

「・・・分かってるけどさ・・・」

呆れ半分にお姉ちゃんがそう言って、アンが口ごもる。

どうやらアンは、情に厚いらしい。何とかしよう、という気持ちが垣間見えて、私は思わず頬を緩めた。すると、お姉ちゃんが小首を傾げる。

「ね、つばき」

「うん・・・?」

「この際だから、ジェイドさんから自立してみようか?」

「自立?」

「そう。

 ・・・こっちに来てから、ずっとジェイドさんの傍にいたんでしょ?

 せっかく家出してるんだから、社会勉強してみようよ」

お姉ちゃんが、名案だとばかりに目を輝かせて言った。

・・・せっかく、ってなんだ。

「アルバイトなんて、どうかな?」

「あ、それなら・・・」

私が絶句している間に、アンが何か思いついたのか声をあげた。そんな彼女に、お姉ちゃんが頷く。その表情はどちらかというと楽しそうで、私はそれが心配だ。


話は途中から2対1で、完全に私がアルバイトをする方向へと進んでいった。

・・・私がアルバイトなんかしたらジェイドさん、職場に乗り込んできたりしないかな。

そう思う気持ちは不安というよりはたぶん、期待に似ていると思う。



ちなみに翌朝、私が髪を結えない事実に2人が驚愕して、ジェイドさんが毎日髪を結ってくれていたことを打ち明けたら、アンが絶叫した。

・・・お姉ちゃんからその理由を聞いて、私も真っ赤になって絶叫した。


そして、ミナの体に障るから騒ぐな!・・・とシュウさんに一喝されたのだった。







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