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後日談1









あの日から、短い間にいろいろあった。

いろいろあって、私は物凄く怒っていて、物凄く落ち込んでいる。




ジェイドさんの退院が自業自得の末に3日延びて、私は王宮と病院の往復をしては、必要な書類や伝言を運ぶ、補佐官殿の雑用業務をこなしていた。

王宮に入ると、薄茶の髪に赤い花を身につけている私に視線が寄越されるのが嫌でも分かる。それから、ひそひそと何かを囁かれているというとも。残念ながら内容は聞き取れないけど、ジェイドさんが入院していることは周知の事実だ。私が、病院に寝泊りしてることも。

・・・補佐官殿の逆鱗、と半分悪口なんじゃないかと思う私のふたつ名を、王宮関係者で知らない人はいないと思う。私に手を出すと、補佐官殿が怒り狂って手を付けられなくなる、という意味だ。

だから、誰も何も尋ねてはこない。私の機嫌を損ねると、同時にジェイドさんの機嫌を損ねることに繋がると思い込んでいるからだ。


ジェイドさんが腕を刺された件も、王宮では周知の事実だ。そして、あの女が捕まって処分されたということも。

詳しいことは聞かされてないけど、どうやら逆恨みらしい。犯人は、私に紙切れを拾わせてジェイドさんの怒りを買った人間の、縁者か何かだそうだ。

・・・ジェイドさんは、悪意に気づいていたと言っていた。だから敢えて1人になって、刺されてみたのだとも。

厳しい処罰を与えるには、流血沙汰にするのが一番手っ取り早い。そこで顔を見て、わざと大事に至らない場所を刺させて・・・そういう思惑があったことを、彼は私に話したのだ。

これがまず1つ、私が怒って落胆していること。


それから、シュウさんの目が片方見えなくなってしまったことについて。

彼の目はもともと緑色をしていたけど、見えなくなった方の目が、お姉ちゃんと同じ黒い瞳に変わった。最初は眼帯をして人に会っていたみたいだけど、耳にかけているのが気になってかなぐり捨てたらしい。

・・・要するに、本人は本当に全く気にしていないのだ。騒いでいるのは周りだけ。

あの長い1日の翌日、不本意ながらも私がジェイドさんと病室に篭っていた頃、団長とルルゼがお姉ちゃんに会いに行ったらしい。

そこで、ルルゼがシュウさんの目が見えなくなった理由を、推測だけど説明したと言っていた。

・・・シュウさんがお姉ちゃんを呼び戻す時に、自分の中のホタルを伸ばして伸ばして、伸ばしすぎて、体から離れてしまったせいじゃないか、とルルゼは考えているという。

その理屈には教授も頷いていたらしいから、たぶんそういうこと、なんだろう。


ちなみにそのルルゼにも変化はあって、なんと目がほんの少しだけ、見えるようになったそうだ。本当の本当に少しだけ。明るい所であれば、ぼんやりとだけど、色や形がなんとなく分かるらしい。

同時に、彼女の目にはもう、人に宿るホタルがあまり見えないそうだ。暗くなれば、ほのかに光るものが見えるらしいけど・・・。

彼女の目が、少しでも見えるようになったのは嬉しい。本人もすごく嬉しそうだった。団長なんか、頬が緩みっぱなしで怖いくらいだった。頭のネジが何本か飛んでいったらしい。

でももう、あの夜空の中からたった1人の人を見つけることは、叶わない。そういうことだ。

・・・そういえば、2人はその日のうちに病院を出て、一緒にジェイドさんのお屋敷に滞在中だ。団長のお屋敷に彼女を迎え入れる準備が整うまで、居てもらうことになっている。ヘイナの地震で孤児院に不都合が生じてからは、そういう約束になってもいたから。

どういうわけか団長まで転がり込んでいるけど、ジェイドさんは「番犬だと思いましょう」と笑っていた。


教授はシュウさんやルルゼの目の経過を見て、それから、ジェイドさんにお小言をくれたりもした。その背中を応援してしまったのは内緒だ。

それから、キッシェさんの体のことも調べ始めたらしい。もうルルゼにホタルを見てもらうことは出来ないけど、血液検査をしてホタルの状態を推し測れば、とりあえず何か分かるかも・・・だそうだ。

キッシェさんも、どうにかして思うように体を動かせるようになるなら、と協力しているという。もちろんお医者さまであるリュケル先生も加わって、医学的な方向からホタルを研究することになったらしい。

ジェイドさんも、国の予算を動かしてもいいと言っていた。


結果的に今回、私達は渡り人を呼ぶことに成功した。

嵐を起こし、地震を起こす技術・・・召喚とまではいかないけど、どうすればそれが起きるかを知ってしまったわけだ。

不幸中の幸いというべきなのか、シュウさんはホタルを動かす力を失ったし、ルルゼはホタルを見る力を失った。だから、不幸な渡り人が量産される心配は、あまりないだろう。

そのうえで教授は、今回のことを一切口外しないことを私達に誓約させた。それが私達の身を守ることになるからだ。

これで、年に数回あるかないかの嵐の日に、異世界から渡り人がやって来る世界に元通りだ。皆、日常に戻る。


お姉ちゃんは、私と病室で再会した翌日の朝、シュウさんと一緒に家に戻ったそうだ。

突然いなくなったお姉ちゃんは、表向きでは突然倒れて、昏睡状態で入院している、ということになっていたらしい。

蒼鬼がショックのあまりに抜き身の剣のようになっているから近づかない方がいい、というような噂も流して、人々がその話題を口にすることがないようにしていた、とも。

だから、2人はすんなり日常生活に戻ることが出来たそうだ。

よかった。本当に。

・・・ちなみに私は本当に不本意ながらジェイドさんの病室に引き止められていて、退院する時に顔を見に行くことが出来なかった。理由は訊かないで欲しい。

これも、私が今怒りを感じていることの1つだ。



そして、一番頭にきていて涙が止まらないくらいに悲しいことがある。



「お姉ちゃぁぁん・・・」

ずびずび言いながら、私は彼女に頭を撫でられていた。

「うーん・・・」

困り果てています、という心の声が聞こえてきそうだ。赤ちゃんがお腹にいるからなのか、大きくなった気がする彼女の胸に当たっている額が、ぷにょ、と弾き返される。

コト、とテーブルに何かが置かれた音がして、私はそっと顔を上げた。視界に真っ白な何かが飛び込んできて、私はそれをおずおずと受け取る。

「ありがと・・・」

鼻が詰まって、思うように声が出ない。私はティッシュにしては少し硬い紙で、鼻をかむ。それをゴミ箱に向かって思い切り投げた。感情に任せて投げたそれは、ゴミ箱に入ってくれるわけがなく。私はため息を吐いて、拾って捨て直すために立ち上がった。

ゴミを捨てて振り返ると、テーブルに湯気の立ち昇るカップが置かれている。

「う~・・・お茶、ありがとぉ・・・」

さりげない優しさに、また涙が滲んだ。

「いやまあ、いいんだが・・・ほら、」

苦笑混じりにティッシュを渡された私は、もう一度鼻をかんでソファにかける。

深呼吸をしてカップを両手で包むと、ほんわかした湯気が泣きじゃくって痛い喉に沁みた。

シュウさんが、いっそのこと、という感じでティッシュを箱ごと寄越してくれる。知らない間に、鼻を啜っていたらしい。

「それで・・・急にやって来てどうしたんだ」

「・・・シュウ、」

言葉を選んでいたらしいお姉ちゃんより先に、シュウさんが私を見つめた。お姉ちゃんは咎めるように彼を一瞥して、私に向かって口を開く。

「話したくなければ、話さなくてもいいからね?

 ・・・もう少し落ち着いて、気持ちが静まってからでもいいよ」

言葉の後半は、シュウさんに向けたものだったらしい。2人は顔を見合わせていたけど、シュウさんがため息を吐いた。

「いや、こっちは全然構わないんだがな。

 ・・・もうすぐ夕暮れだ。心配するんじゃないか」

誰が、とは言わないあたりがシュウさんだ。

もちろん心配するだろう。そんなの分かりきってる。だって、ここ数日の彼は、私が部屋から出ることすら渋ったくらいだから。

「・・・お前、今日うちに泊まるつもりで来ただろ」

黙り込んでいる私に、彼が静かに言う。

「・・・そうなの?」

彼女も、彼の言葉を聞いて声音を上げた。

私はそんな2人に頷いて、頭を垂れるしかない。

「うん・・・」

「確か、ノルガとアンが顔を見に来ると言っていたな」

ぽつりと言葉を零した私の頭に、ぽんと手を置いた彼が言う。お姉ちゃんが相槌を打って、口を開いた。

「仕事が終わったら、って聞いてるけど・・・」

「なら、ノルガに病院まで走らせればいい」

「えー、可哀想だよ」

「案外、アンがミナを独り占め出来ると言って賛成しそうだけどな」

「・・・お友達?」

大きな手で頭をぐりぐりされた私は、いつの間にか涙が引っ込んでいることに気づいて口を挟む。

すると、彼はその手を離してお茶を啜った。

「私には、お友達かな。

 シュウは・・・どうだろ、難しい質問だね」

小首を傾げた私に、彼女が小首を傾げて答えてくれる。視線を受けた彼は、話題から逃げるようにしてカップを傾けていた。

「喧嘩か・・・しつこくて、嫌にでもなったか」

ため息混じりに言われて、私は口ごもる。

彼が淹れてくれたお茶を啜る振りをして、そっと目を伏せた。

「何か、嫌なことでもされた?」

窺うように尋ねられて、私はそっと首を振る。そして、ゆっくりとカップをテーブルに戻して視線を上げた。

きっと、お姉ちゃんとシュウさんなら、ちゃんと話を聞いてくれるはずだ。そう思ったから、ここにやって来たんだ。

「あのね、」

じわりと浮かびそうになる涙を堪えて、私は言葉を紡ぐ。

「見て欲しいものがあるんだ」




「・・・これは、ちょっと・・・」

お姉ちゃんの沈んだ声が、静かなリビングに響いた。

「いつ、知ったんだ」

「今日、病院の事務の人に呼び止められて・・・。

 ジェイドさんの入退院の手続きをするからって、戸籍の印刷したものを頼まれたの。

 王宮に行く用事のついでに・・・」

シュウさんの言葉に答えた私は、テーブルに広げた紙を静かに折りたたんで封筒にしまう。

「まったく、いい加減なことをする」

彼が低い声を更に低くして、唸るように呟いた。ソファに体重を預けて、腕を組む。

その姿を見ている限り、少なからず気持ちを推し測ってくれているようだと分かって、私は内心で息を吐いた。

そして、お姉ちゃんが口を開く。

「うん。

 つばき、今日はお姉ちゃんと一緒に寝よう!」

ぱちん、と手を叩いた彼女に、シュウさんが思い切り顔を顰めた。たぶん、彼女はそれに気がついていない。

「い、一緒じゃなくてもいいよ・・・?」

一応シュウさんの顔色を窺いながら返事をしてみたけど、久しぶりのお泊りに気持ちが乗ったんだろう。お姉ちゃんは「いいからいいから」と嬉しそうに客室を整えに行ってしまった。鼻唄混じりだ。

彼女の後を追うようにして、俊敏に立ち上がった彼と目が合って、咄嗟に謝る。

「・・・ご、ごめんなさ、」

言葉を遮ったのは、大きな手だった。

ぽふ、と頭に乗せられた手から、じんわりと温かいものが伝わってくる。

片方だけ黒くなった目は、前よりも優しい光を帯びているような気がした。

「気にするな。

 せっかく出来た妹だ。大目に見る」

ふ、と頬を緩めて、彼はリビングを出て行った。



・・・あくまで大目に見る、なのか。

シュウさんの独占欲も、大概だ。








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