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「まだ無理だってば・・・!」

「いやいや、大丈夫ですよ」

眩しい春の日差しが降り注ぐ病室で、長いこと続いている押し問答。ジェイドさんがベッドから出たいと言い出したことが始まりだった。

「まだダメ。

 お医者さまも、あと3日はベッドで安静にしてなさい、って言ってたでしょ?」

「でも、リュケルは好きにしろと言ってましたよね?」

「それは、言っても聞かないって、分かってるからでしょ?

 傷口開いたら治りが遅くなって、後遺症が残るかも知れないよ・・・?」

にこにこしながら反論してくる彼は、どうしてもベッドから出たいらしい。怪我をしているとはいえ、背中と腕だけなのだ。腰から下は日常生活に支障が出るような状態ではないから、何日もベッドの中でじっとしているなんて、飽きるに決まっている。

・・・気持ちは分かる。きっと私だったら、退屈で堪らないだろうから。

でも、ダメなものはダメなのだ。

「それに、昨日の今日で良いわけないでしょ・・・」


すったもんだの長い1日を乗り越えて迎えた今日。おはようの挨拶をして、お医者さまを呼んで・・・それからお茶を飲んで、それからすぐに押し問答は始まった。

ちなみに、給湯室はあんなことがあったことなど誰も気がつかないくらいに綺麗になっていて、私はジェイドさんの心配をよそに、何の感慨もなく淡々とその場所を利用した。不思議なことに、自分でも首を傾げてしまうくらい平気だった。

今までの私だったら、勝手に体が震えて給湯室のドアを開けることもままならなかったと思うのに。たった1日でいろいろありすぎて、何かが吹っ切れたんだろうか。

ともかくそういうわけで、明後日までは入院して安静に、というお医者さまの言いつけを早速破ろうとしている彼に、私は苦い顔をしたり呆れてみたりしているのだ。

体を起こして背中にクッションを挟むだけで顔を顰めていたというのに、何をもって“大丈夫”と言ってるのかがサッパリ分からない。

「退院はしません。

 陛下に詰られることなく休めるんですから、入院はむしろ望むところです」

こちらの心配をよそに、彼がケロリと言い放つ。

・・・とりあえず仕事を休むのは大歓迎らしい。不良補佐官め・・・。

気持ちだけでも元気なことは嬉しいけど、もう少し怪我人だという自覚をもってもらいたいものだ。私はため息をついて、その空色の瞳を見つめる。

その時、ふいにドアがノックされた。

「・・・誰だろ」

小首を傾げて立ち上がる。すると、彼が声を落として囁いた。

「私がいいと言うまで、開けないで」

私はひとつ頷いて、ドアの前に立つ。すりガラスの向こうの人影は、微動だにせずドアが開くのを待っているようだ。こちらからもはっきり見えないから、とりあえずお医者さまではなさそうだ、くらいにしか判断がつかない。

彼を振り返ると、首を振られた。もう少し待ってみるらしい。

すると、中でどんなやりとりが繰り広げられているかを知っているかのように、その誰かが息を吐いた気配がした。

「・・・俺だ。開けてくれないか」

低い声が響いて、私はそれが誰の声なのかが分かる。振り返れば、ジェイドさんも頷いていた。

それを合図に、私は鍵を開けてドアノブに手をかける。

「おはようございます」

言いながらドアを開ければ、顔を覗かせたシュウさんが苦笑いしていた。

「・・・笑うことないじゃないですか・・・」

出会い頭に苦笑された私が、むすっとして言うと、彼が私の頭に手を置く。

・・・あれ。こんなこと、する人だったっけ。

くすぐったさと妙な違和感に内心小首を傾げている私に、彼は言った。

「あの言いつけ、守ってたんだな」

褒められたんだ、と気づいた私は思わず頬を緩めて、こくりと頷く。昨日の夜、相手が痺れを切らすまで待て、と教えてくれたのは彼だ。

それを見ていたジェイドさんが、棘のある声でシュウさんを呼んだ。

「・・・意外だな」

呆れるように呟いたシュウさんが、私の頭から手を離してベッドに近づく。

「余計なお世話です」

ドアを閉め、鍵をかけながらジェイドさんの低く呟く声を聞いた私は、部屋の端によけてあった椅子をシュウさんの横に置いた。短くお礼を言って腰掛けたシュウさんが、私を見る。

「・・・目を覚ました。

 今は、母が傍についてる」

言葉が耳に入った瞬間、全身が総毛立った。

誰が、とは言わなかったけど、そんなもの分かりきっている。お姉ちゃんだ。

椅子を蹴った立ち上がりたい衝動を何とか抑えていると、ジェイドさんが緊張を孕んだ声を発してシュウさんを睨みつけるようにして見据えた。

「それは良かったですけど・・・エルあなた、その目、どうしたんです」

急に空気が重くなったことに、息を飲む。お姉ちゃんのことが気になって仕方ないけど、ジェイドさんの顔つきが変わったことの方が心配で、私はそっとシュウさんの表情を窺いながら尋ねた。

「私も、気になってました・・・。

 ・・・もしかして、ばい菌でも入ったんですか?」

褒められたことに気持ちが向かってしまっていたけど、シュウさんの片目が眼帯で隠されているのだ。部屋に入ってきた時から気づいてはいたけど・・・。もしかしたら、ホタル5つ分の衝撃に晒された時に、目に傷でもついていたのかも知れない。

私達2人から注目されて、ほんの少しだけ視線を彷徨わせた彼は、そっと息を吐く。

「疲れが溜まってたらしい。

 ・・・抵抗力が落ちてるのかも知れないな」

自嘲気味に笑った彼が、私を見た。

「彼女の傍に、頼む」

「・・・え?

 シュウさんは・・・?」

シュウさんは戻らないということだと気づいた私は、思わず声を漏らしてしまう。聞き返したら、彼はジェイドさんを一瞥して言った。

「ジェイドと話がある。

 それほど時間はかからないとは思うが・・・頼む」

2度も頼まれてしまっては、私としても頷かないわけにもいかない。

何の話しをするつもりなのかも気になるけど・・・と空色の瞳を見つめると、ジェイドさんが硬い表情を少しだけ緩めて目を細めた。

そして自由になる方の手を、私の頬へと伸ばす。

「私も、この怪我の件で話しておきたいこともあるんです。

 ・・・必要なら差し支えのない範囲で、あなたにも伝えますから、ね?」

きっと大事な話しをするんだろう、とは思った。人払いをしたいんだろう、とも。だから、私が出て行くのが、正しい選択だろう。

頭では理解していても傍を離れるのが不安だった私は、そっと問い返した。

「ほんと?」

「ええ。

 ・・・行っておいで」

囁きに、私はやっと頷いて席を立ったのだった。





何度も何度も深呼吸しながら、私は廊下を行ったり来たりしていた。3人ほど、看護士さんと患者さんがうろうろする私と擦れ違って、訝しげな視線を投げて行った。

・・・分かってる。思い切り不審者だ。

でも、心臓が煩いのだ。恐怖に晒された時の騒ぎ方じゃない。ただの緊張だ。

久しぶり、と言うには短い期間だった。けど、いろんな思いが渦巻いているのが分かる。嬉しいけど謝りたいことがあって、ジェイドさんと何やらあったらしいことも知ってしまった。だから、自分ですら一筋縄ではいかないこの感情が、そのままお姉ちゃんに伝わってしまったら、と思うと気が引けるのだ。

こんなふうに、お姉ちゃんに対して考えを巡らせるのは初めてかも知れない。

私は自分の成長ぶりに苦笑して、そっと呼吸を整えた。そして、冷たくなってしまった両手を、息を吹きかけながら擦りあわせて、ノックする。

返事があるまでの一瞬が、とても長い。ドアの向こうの気配に耳を澄ませていると、ふいに言葉が返ってきた。

「どなた?」

記憶の中にある彼女の声とは、全く違った声に、一瞬頭の中が真っ白になる。でも、聞いたことのある声のような気がして、記憶を辿ることに気を取られてしまった私は、言葉が出なかった。

「・・・誰なの?」

険しい声が投げられる。私が言葉に詰まっている間に、ドアの向こうの人は私を不審者だと思ったらしい。

「あ、えと、あの、つばき・・・リア、です」

こういう時、どちらの名を名乗るべきなのか分からなくなる。咄嗟にジェイドさんが呼ぶ名前を答えてしまったけど、彼以外の人は私をリアと呼ぶのを思い出して訂正する。

ああでも、と思いなおす。中にいる人が、リアという名前を知っているかどうかだって怪しいものだ。これじゃ開けてもらえないかも・・・と肩を落とした私は、どうしたものかと考える。

今さらジェイドさんの病室に戻るのも気が引けるから、ちょうどいい頃合まで外来受付のベンチにでも座って、ぼーっとしてみるか。お姉ちゃんには、シュウさんと一緒の時に会わせてもらえばいい。急ぐ必要もないだろう。

そこまで考えて踵を返そうとしたところで、勢いよくドアが開いた。

「まぁ・・・!」

声と一緒に、むぎゅぅ、と思い切り抱きしめられた私は、自分でも聞き取れないような呻き声を上げてしまう。私の呼吸が途切れたのが分かったのか、その腕がぱっと離れる。

その瞬間、酸素が肺に染み込むように入ってきて、自分の目の前に立つ人物が誰なのかがやっと分かった私は、思わず声を上げていた。

「おおおおばさま・・・?!」

「覚えていてくれたのね、嬉しいわぁ」

感無量、といった感じで両手を広げる彼女に、思わず抱擁を返す。やんわりと抱きとめてくれたその腕は、温かさでいっぱいだった。

「・・・あの時は、ご迷惑おかけしました・・・ほんとに、ありがとうございました」

いつかも感じた温かさに、咄嗟に囁く。すると、彼女は小さく首を振って私に告げた。

「放っておけなかったのよ。

 あなたに、あの子が重なってしまってね・・・」

おばさまの柔らかい視線が、私から部屋の中へと向けられる。

それを辿った私は、ベッドに体を起こしてこちらを見ている人と目が合って、呼吸を止めた。何も考えられなくて、ただ、瞬きを何度も繰り返す。

その人はその場から動けなくなった私に、はにかんで照れくさそうに、手を振る。けど声のひとつも出せなかった私を見て、小首を傾げた。

「・・・つばき?」

「お姉ちゃん・・・!」

会いたかった人が、私を見ている。


「もう、泣き虫なんだから・・・」

ベッドの前で、えぐえぐ言いながら涙を拭く私にお姉ちゃんが苦笑する。

「私の涙、引っ込んじゃったよ」

「ごめんなさい~・・・」

怖いものから必死に逃げていた私にそうしてくれたように、お姉ちゃんは私の頭を撫でてくれた。何度も、何度も・・・時折苦笑しながら。


ひとしきり泣いて落ち着いた私を見ていたのか、おばさまが口を開いた。立ち上がりながら発したその声が、苦笑混じりなのは、もうこの際だ。

「じゃあ、私は王宮に行ってくるわね」

「はい」

鼻を啜る私をよそに、2人の会話が続く。

「一応知らせておかないと、あの子、いじけてしまうでしょうから」

「そうですね。お願いします」

くすくす笑うお姉ちゃんに頷いたおばさまは、肩を竦めた。

「あの子もそろそろ落ち着いて、結婚も視野に入れればいいのに・・・」

「うーん・・・そうなったら、私も嬉しいですけど」

「せっかく王都まで出てきたんだから、あの子と食事にでも行こうかしら」

「・・・一応、護衛をつけて下さいね?

 貼り付けていなくても構わないですから・・・ね?」

言葉の最後でぱちん、と手を打ったおばさまに、お姉ちゃんが探るように言葉をかける。

すると、やや間があってから息をついたお姉ちゃんが、囁くようにして言った。

「お願いですから、ぉ・・・お母さま・・・」

たくさん泣いて頭がぼーっとしていた私は、息を飲む。

・・・お母さま?

そんな言葉を口にした彼女に驚いて勢いよく振り返ると、いくらか顔の赤らんだ頬を恥ずかしそうにぷるぷる震わせていた。

驚いたのはおばさまも同じだったのか、目を見開いて固まっていたけど、すぐに嬉しそうに顔を綻ばせて頷く。

「可愛い娘の頼みなら、聞かないわけにはいかないわよね!

 それじゃ私は王宮に滞在することになるけど・・・何かあったらすぐに連絡を頂戴」

「はい」

言葉の後半で表情を引き締めたおばさまに、お姉ちゃんが頷いた。

2人の間が何かで繋がっているような気がして、心がちくっとする。やきもちだなんて、今さら本当にしょうもない。

「あなたにまた会えて、嬉しいわ。

 あちらのご家族には申し訳ないけれど、嬉しくて仕方ないの・・・ごめんなさいね」

声を落として言うおばさまに、お姉ちゃんが首を振る。さっきまで私の頭を撫でてくれていた手が、強く握り締められてベッドの上で震えていた。

「・・・幸せにしてたって、ちゃんと言えました。

 本当なら、最初に渡ってきた以来会えるはずもなかった家族ですから・・・。

 それに・・・この世界を選んだのは、私だから・・・」

言いながら震え始めた声に耐えられなくなった私は、お姉ちゃんの背中にそっと手を伸ばす。視線を落として呟くようにしていた彼女が、目を上げてうっすら微笑んだ。

「それじゃ、また来るわ。

 エルのこと・・・よろしくね」

ベッドの上で握られていた手に、おばさまの手が重なる。その瞬間、お姉ちゃんの背中がぴくりと動いたのを感じた私は、それに気がつかない振りをして2人のやり取りを見ていた。

「はい、気をつけて。

 駆けつけて下さって、ありがとうございました」

背筋を伸ばしたお姉ちゃんが、おばさまに別れの挨拶を済ませたのを聞いて、私も会釈をする。

おばさまは軽く手を振りながら、流れるようにして病室を出て行った。


鍵をかけて、椅子に戻る。

お姉ちゃんは、そんな私を眩しそうに見つめて微笑んだ。

「久しぶり・・・でも、ないのかなぁ・・・」

「どうだろ。気分は、久しぶり、なんだけど」

小鳥の囀りが聞こえて穏やかな空気が満ちていくのを感じた私は、おばさまが置いていってくれたポットに入っていたお茶を少しいただくことにした。

カップから湯気が立って、そっとそれを吹く。

仲の良い従姉妹である自覚はあるけど、異世界でこうして顔を突き合わせていると不思議な気持ちになる。なんだか落ち着かなくて、私はカップの縁を何度も指でなぞっては息を吹きかけていた。

再会した時の勢いで、謝りたいことは全部洗いざらい話したから、あとはもう何を話したらいいのか分からない。

「・・・いろいろ、ありがとうね」

静かな声に、彼女が私達のしてきたことのほとんどを知っているんじゃないかと思った私は、ゆるゆると首を振った。

「シュウさんから、聞いたんだ?」

尋ねれば、彼女が頷く。

「ん、聞いちゃった。

 あんまり話したがらなかったんだけどね、私が無関係でいられることじゃないから。

 ・・・怪我人だって、出てることだし・・・」

言葉の後半で、彼女の視線が私の手首に注がれるのが分かって、私はなんとなく視線を浴びている方の手を彼女から遠ざけた。

「これは、違うよ・・・。

 ジェイドさんが思いっきり掴んだら、ひびが入っちゃっただけで」

「ジェイドさん?」

「・・・あ」

訝しげに首を傾げる様子を見た私は、彼女が、私と彼のことについては、ほとんど何も知らされていないんじゃないかと気がついた。それはそうか。シュウさんが、私とジェイドさんのことを話そうと思う理由が見つからない。多分、全く関心がないだろうから。

結局シュウさんは、この世でお姉ちゃんが一番大事なのだ。一番だし、唯一だ。

なんだか惚気られた気分すらしてきて、私は何を言ったらいいのか分からなくなってしまった。話すべきなのか、否か。

・・・きっとジェイドさんなら、私の好きなようにしなさい、って苦笑してくれる。はず。

「実はね、私、ジェイドさんのお屋敷で保護されたんだ」

「そうなの?

 ・・・そうなんだ・・・そっか・・・。

 だから、やたらとジェイドさんに会わせたがってたのか・・・」

お姉ちゃんが何事かを呟いて、私は小首を傾げる。

「ジェイドさんに、会わせたがってたって・・・シュウさんが?」

「うん、えっと・・・。

 ジェイドが面白いから、後で会わせてやる、って」

「面白い・・・」

なんて前情報だ。面白いって、どういう意味だ。

なんだか自分が貶された気分で、内心でシュウさんを詰る。

すると、お姉ちゃんがくすくす笑い出した。

「そっか、ジェイドさんが・・・」

「もう。

 ジェイドジェイドって、連呼しないで下さーい」

「ごめんごめん」

声をあげて笑う彼女に、思わずむすっと口を尖らせる。彼女はそんな私を見ては声をあげて、楽しそうだ。

私は口を尖らせてみながらも、彼女が笑っているのを見たら、思わず彼女の手を取ってしまっていた。本当に思わず、といった感じだったから、彼女が驚いたらしく息を止めた。

「お姉ちゃん」

声をかけると、その瞳がゆらゆらと揺れる。

うわべでは元気そうにしてるけど、本当は何か、もやもやしたものを抱えているんじゃないか・・・そんな気がしてならない。さっき、おばさまと言葉を交わしていた時の彼女の背中を、握り締めた手を、私は忘れてはいなかった。

「ごめんね、勝手なことして。

 伯父さん伯母さん、恵兄と引き離して、ごめんなさい・・・」

顔を見る勇気はなくて、私は掴んだ手を見つめて言葉を紡いだ。

向こうにいる間に、ちゃんと話を聞かなかったことも謝ったけど・・・私は、結局お姉ちゃんの意志に関係なく、強制的に呼び戻した。そのことも、やっぱりちゃんと謝るべきなのだ。

「・・・ありがとう、」

きゅ、と握ったはずの手が、握り返された。その言葉を聞いて思わず視線を上げる。私の目に飛び込んできたのは、彼女の泣き笑いだった。

「・・・って、言ったでしょ。

 つばきにもジェイドさんにも、感謝してるの。ほんとだよ。

 ロウファや、会ったことのない人にまで力を尽くしてもらって、帰ってこれた。

 本当に嬉しいの。もう一度シュウに会えて、嬉しくて仕方ないんだよ・・・」

ぽつり、と毛布に涙の粒が落ちてくる。ひと粒、ふた粒と落ちて、彼女が顔をくしゃくしゃにして言葉を並べ始めた。

「お姉ちゃん・・・」

「家族を切り離したのは、私の方なの。

 戻れるかどうかも分からないのに、ずっとシュウのことを考えてた。

 戻ったら家族に会えなくなることなんて、天秤にもかけなかったんだよ・・・」

「でもそれは・・・赤ちゃんもいたんだし、」

次々に落ちてくる涙に動揺してしまった私は、おろおろと彼女の言葉の合間を縫って、口を挟んだ。

「私も、今なら分かるよ。

 お姉ちゃんの抱える気持ちとは、重みが違うとは思うけど・・・」

私だって最初は、ジェイドさんと一緒に居られて嬉しい気持ちと、パパやママのことを苦しめて悪い娘だな、と申し訳なく思う気持ちが半々だった。でも、だんだんと彼のことばかりが私の大半を占めるようになってきている自覚がある。本当に勝手だけど思い出すたびに、元気で幸せにしてるんだよ、と心の中で呟いては、その罪悪感を消しているのだ。

そうやって、彼の傍に居続けるんだと思う。

「違うの・・・違うんだよ・・・」

呟くように慰めの言葉を紡いだ私に、彼女が弱弱しく首を振った。

「え・・・?」



鼓動が速くなる。彼女のそんな姿に、何だか嫌な予感がして仕方ない。

握っていた手をそっと離した彼女が、その顔を両手で覆う。肩が震えて、しゃくりあげる吐息が、彼女の感情が爆発しそうなことを告げていた。








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