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「あ、そこにも動いてるホタルがいます」

彼女の声に、私は視線だけを動かしてジェイドさんに説明を求めた。私は彼の膝の上に固定されていて、体の自由がきかないからだ。

「テーブルに散らばった石の中の1つ、だそうです。古代石ですね。

 ちなみに、つばきの髪留めの石は、もう光り始めてます。手遅れです」

「うそ・・・?!」

早口で告げられると危機感が募る。変に刺激したくない私は小声で悲鳴を上げた。

その間も、ざざざーっ、という音が耳に入ってきて、教授がテーブルに散らばった石を箱に戻しているんだろう、と簡単に想像がついた。

目の前で、ジェイドさんの喉仏が上下に動く。

私は息を飲んだまま、頭が熱くなっていくのに耐えていた。いや、熱いといっても耐えられないくらいじゃない。どちらかというと、自分の後頭部が見えないことの方が怖かった。

目の前で、空色の瞳が心配そうに揺れる。

「もう、1回ホタルが発生したことのある石なのに、またなの・・・?!」

「分からないけど、地震が起こってからホタルがいることに気がついたの。

 ・・・リアさん、古代石を頭に乗せてたの?」

ホタルを見慣れているルルゼが、斜め上をいく質問をしてくる。

「まさかまさか。石のついた髪留めをしてるだけ。

 ヘイナで1回ホタルが出てきたから、もうないだろうと思って着けてたんだけど・・・。

 ・・・ねえ、もうホタル、出てきた?」

顔をジェイドさんに向けたまま固定された私は、視線だけを彼女に向けた後、彼を覗き込む。

緊張を孕んだ瞳は、私の向こうにいる教授を見た。

「どうですか?」

「・・・あ、」

「えっ?」

教授の潜めた声に、過剰に反応してしまう自分が情けない。でも、見えないから怖いということも、あると思うのだ。特に私は、ホラーの類が大嫌いだから。あの、言い知れない何かが自分の背後で、振り返るのを待っているんじゃないかと思わせるところがダメだ。

「もう出てくるんじゃないかな」

ルルゼが気づいた時には、もう石の中のホタルが動いていたみたいだから、地震が起きる前には宿っていたんだろうか・・・。さっきまで何ともなかった髪留めにホタルが宿って、もう生まれ出るというのか。早過ぎる。

見ることが出来ない私が精一杯頭で考えていると、ふいに頭にあった熱が一瞬ちりり、と痛みに変わった。

「痛・・・?!」

思わず体がびくついてしまったのを、ジェイドさんの両腕が支えてくれる。

「大丈夫?

 ・・・今、石からホタルが出てきました」

耳打ちして教えてくれた彼の視線が、私の向こう、たぶんテーブルの上に視線を投げてから口を開いた。

「あの時と同じなら、きっともうすぐ旋風が起きますよね」

「うん」

静かな声に相槌を打つ。

彼の言葉を聞いて、ごくり、と生唾を飲み込んだ。目を伏せて思い出す。あの時は確か、耳鳴りの後にホタル同士がぶつかって消滅して・・・その後、空気が揺らぐような感じがして、それから吹き飛ばされて・・・気がついたら、ベッドの上にいた。

旋風がどうなるのかという、肝心なところは覚えていない自分に肩を落として視線を上げる。

すると、彼が私を見つめていたことに気づいた。

意地悪したり、からかったりする時の目じゃない。奥の方に何かがあるような気にさせる、強い瞳で私を見ている。

背中がむずむずして、あまりの強さに視線を逸らしたくなるのに、どうしても逸らせない。縫い付けられたみたいに。鼓動が速くなって、体の芯が震える。

自分の全部が彼に捕まったような感覚に陥った私は、彼の口がもう一度開いて言葉を紡ごうとしているのを、どこかぼんやりと見ていた。

「今度は、ちゃんと守ります。つばきのこと」

このタイミングで、そんな色気を漂わせないで欲しい。

飲まれそうになりながら、私はかろうじて頷きを返した。

「・・・うん」

そして気づいたら、眠る時と同じくらいの距離に彼がいることに動揺して、視線を彷徨わせてしまった。空色の瞳に見入ってしまっていたから、私の心臓は自分が鷲掴みにされたことに気づいて、必死に抵抗しようと暴れ始める。

すると、ふいに彼が頬に触れて顔を上げさせる。目が合って息を止めた私に、困ったように微笑んだ彼を見て、また鼓動が跳ねた。

「頭、下げたら危ないですよ。

 ・・・ともかく・・・」

そこまで言って言葉を切った彼は、私でなく周りの皆を見回して続けた。

「2つ目の黄色いホタルが出てきたら、耳鳴りがするかも知れません。気をつけて。

 その後、ホタル同士が衝突して消滅して、少ししてから旋風が起きるはずです。

 頭を低くして下さい。

 ・・・私達は以前、吹き上げられて、地面に叩きつけられて気絶しましたから。

 その後は・・・この部屋の中で嵐が起こるとは思いませんが・・・」

「うん、嵐は起こらないだろうね。

 あれは、巻き上げられたエルゴンが引き起こすんだと思うよ」

教授が引き継いだ言葉に頷いたジェイドさんが、もう一度私を見る。

そして、何かを言おうとした刹那、隣に座るルルゼが息を飲んだ気配がした。

「きましたね」

彼の呟きが、いやに大きく耳元で響いたかと思えば、彼女の膝の辺りがほのかに光に照らされているのが目に入ってくる。テーブルの上に転がった石の中からも、ホタルが出てきたということなんだろう。

私は息を詰めて、自分の頭の上に浮いているはずのホタルに意識を向けた。ほんのり暖かさを感じる。

旋風が起きた時は確か、浮いているホタルの周りを、別のホタルがぐるぐる回って・・・。


・・・きゅぃぃぃぃ・・・


「きゃぁっ・・・?!」

彼女の悲鳴が、耳鳴りの合間に聞こえてきた。

回想に耽って無防備になっていたところへ、おかしな音を正面から受けてしまった私は耳を塞ぐ。多少和らぐものの、それだけで防げるわけがなかった。

「すげぇなこれ・・・」

団長が顔を顰めて唸っているのを視界の片隅に捉える。

目の前のジェイドさんも、その向こうのシュウさんも、顔を顰めてやり過ごしているようだ。耳を塞がないでいられるのは、それだけ強いからだろうか。

私の頭の上にいるはずのホタルは、どうしているんだろう。思わず伸ばしかけた手が、ぐ、と掴まれた。

その痛みに我に返った私は、ジェイドさんが怖い顔をしていることに気づく。彼のこんな表情を見るのは久しぶりで、目を見開いてしまった。

そんな私に向かって、彼はゆっくり首を振る。

・・・動くな、ってこと・・・?

耳が片方しか塞げていないからか、嫌な耳鳴りが大きく響く。脳が揺さぶられているみたいな、ずっと聞いていたら吐き気がしそうだ。

「ジェ・・・っ」

それでも、頭の上のホタルが気になって口を開こうとすると、今度は思い切り抱き寄せられた。眠りに落ちる前の、熱を孕んだ仕草じゃない。どこか、一刻を争っているような、性急さがある。

ぼす、と彼の胸に私の顔が押し付けられた。後頭部を押さえる手が、私の頭蓋骨を粉砕する気なのかと思うくらいの握力で圧をかけてくる。

息が苦しいのを必死に耐えていると、一瞬、閉じた瞼の向こうで眩いほどの光が溢れた気配がした。慌てて目を開ける。

すると突然、耳鳴りが止んだ。

・・・一緒だ。あの時と。全く同じ。ホタルが衝突したんだ。

次々に浮かぶ言葉を飲み込んだ私は、ジェイドさんの腕が緩んだのを感じて顔を上げる。

「ジェイドさん・・・」

息を詰めていたからなのか、思うように声が出せない。

呼吸を整えていると、彼が唐突に声を上げた。

「きますよ、頭を低くしなさい!」

私達以外は初めて見た現象に、呆気にとられているんだろう。誰も返事をしないし、誰も動こうとはしない。

「早く!」

苛立ちを隠さずに言い放った彼に、皆が慌てて動いた。

団長はルルゼを庇って床に伏せて、教授はソファの向こうに落ちるようにして隠れて、シュウさんは床に膝をついた。

ジェイドさんは、そんな皆を一瞬目で追ったすぐ後に、私を抱えてソファの向こうへ下りて床に伏せる。

一瞬だけ押し倒された時のことを思い出してしまったけど、それはすぐにかき消された。

旋風が渦を巻く音がしたのだ。

「つばき」

息を詰め私の耳元で、彼が低く囁いた。

緊迫した声色に、咄嗟に言葉を紡ぐ。

「はい」

「掴まっていて下さい」

言われて、慌てて背中にしがみついた。

「いい子ですね」

「また、こど・・・」

子ども扱い、と言おうとする私を遮るようにして、書類がバサバサバサ・・・と巻き上がる音がして口を噤む。続いて、重い何かが倒れる音。そして、がしゃん、と何かが割れる音。バリバリバリ、と何かが引き裂かれるような音。

教授の呻き声、足に当たる固い何か、ジェイドさんが息を止める音、ルルゼの短い悲鳴。

聞こえてくる音全てが恐ろしい。

音に気を取られていると、すぐ横で大きな何かが消えたのが分かる。風が横から吹き付けてきたからだ。

そしてそのすぐ後に、少し離れた所でバリバリバリ、と何かが裂ける音が聞こえる。

・・・怖い。痛いのは嫌だ。

私の体と床の間に風が入り込んで、浮きそうになるのを、ジェイドさんが必死に押さえつけているのが分かる。

浮いたら最後、こんな小さな箱の中で吹き上げられたら、洗濯機の中の衣類のようにぐるぐるかき回されて、私はただの布切れのように落ちてくるんだろう。

そんな想像が頭をよぎって、私は他のことを考えずに彼の背中にしがみついた。怖い、と小さく呟いて。

目を開けたら、何か嫌なものが視界に入ってくるかも知れない。見たくないものを、見せられるかも知れない。

そう思ったら、風に目を開けられないように瞼に力を入れるしかなかった。


ぱらぱらぱら・・・と、何かが天井から落ちてくる。

それが分かったのは、旋風がおさまってジェイドさんが起き上がったからだった。

ぼんやりとしている視界の中で、白い何かが天井から落ちてきて、私のすぐ横の床にぶつかって音を立てていることに気づいたのだ。

彼が、私の手を引いて体を起こしてくれる。

「怪我は?」

「だいじょぶ、みたい・・・ありがと、ジェイドさん」

頭を軽く振って、目頭を揉む。だんだんと焦点が定まってくる感じに、何度か瞬きを繰り返す。

すると、教授も団長も「いたた」とか「つー・・・」と言いながら体を起こしたのが目に入ってきた。

「・・・酷いことに、なっちゃったね・・・」

少し落ち着いたところで辺りを見回す。私達が座っていたソファも、書類の束も、教授が火を消したストーブも何もかも、めちゃくちゃな場所にめちゃくちゃな格好で転がっていた。

そう言って立ち上がると、彼は「ええ」とだけ呟いて私の体をぺたぺた触り始める。

「痛いところ、ないですね?」

「ん」

問いかけに頷くと、ほぅ、と息を吐く音が聞こえて、ぽふ、と頭に手を置かれた。

「よかった」

心底ほっとした表情を見せられては、私も頬が緩んでしまう。

そっと息を吐き出した、その時だ。

「あれは何だ」

シュウさんの低い声が、緊張を孕んでいる。

私は咄嗟にその言葉の指すものを見つけようとして、硬直した。

「つばき、こっちへ」

ジェイドさんが動けない私の手を、少し乱暴に引く。よろめいてしまった腰が、彼の腕に受け止められるのを頭のどこかで認識しながらも、私の目はそれに縫い付けられたまま剥がせなくなっていた。

「・・・今日は歴史的な出来事ばっかり起きるねぇ・・・」

のんびりした声色の中にも、緊迫感がある。教授が一歩後ろへ退きながら言った。

テーブルの上、ホタルがぶつかり合ったんだろう場所の上・・・限りなく天井に近いところ、本当なら壁紙が見えるはずなのに、それが見えない。

ぽっかりと、穴が開いているのだ。

・・・宙に、黒い穴が開いて、その向こうにあるはずのものが一切見えない。

無が、広がっていた。

「・・・これ・・・」

私は、ふと思い出す。

「壁画の・・・?」

洞窟の中で見た壁画にも、大きな円が描かれていたのだ。色は入ってはいなかったけど、大きく、削られていて・・・あれが、この大きな穴だとしたら・・・。

・・・何が描かれていた?私は何を見た?

何かを掴みかけた感覚に、頭を抱えて必死に記憶の中を探す。

「つばき?」

あまりの必死さに、ジェイドさんが心配になったんだろうか。控えめに声をかけてくれるけど、それに返事をするだけの余裕はもうなかった。

今を逃したらきっと、私は何も掴めない。そんな予感が、焦燥感に似たものが胃からせり上がって来そうなのだ。

・・・列車やビル、信号機みたいなもの、車、飛行機・・・それから、金色の目をした人・・・渦を巻く曲線と、雨のように真っ直ぐな線、2つの重なりそうな握りこぶしくらいの円・・・それから、大きな円が真ん中に・・・。

そこまで思い出して、息を止めた。顔を上げる。

宙に開いた穴が、目の前に広がっている。

・・・私はあの雪の降る朝、無理にシフォンスカートにパンプスを合わせて、そして、道端で滑って転んで・・・深く、暗い穴を落ちて・・・。

そして、辿り着いた。

「・・・これ、」

どうしよう、口の中が乾いて上手く言葉が出てこない。

震えそうになる声を、喉に力を入れて叱咤する。

「・・・つばき?」

かくかく、とジェイドさんに肩を揺さぶられる。でも、目を逸らすわけにはいかなかった。

「あっちに、繋がってると思う」

魅入られたように、暗くて深い穴を見つめる私に反応したのは、ほかでもないシュウさんだ。

「本当か」

切迫したものを孕んだ声で短く言うと、私の隣に並ぶ。

「たぶん」

漠然とした確信をもって頷いた私に、彼は何も言わない。

抱えるものが大きすぎて言葉が少ないのだと、私は彼の隣に並んで初めて分かった。

その目はもう、あの向こうにいるはずのお姉ちゃんを見ているんだろう。

「ルルゼ」

「は、はいっ」

蒼鬼と恐れられる彼に名指しで呼ばれて、ルルゼが飛び上がる。

「見えるか」

何を、と言わない彼に頷いて、彼女が目を凝らした。

「リアちゃんのホタルに似たのと、エル君に似たホタルの両方を探してくれる?」

「はい・・・!」

団長に支えられた彼女が、息を詰めて穴の中を見つめる。

視線が彷徨って、途切れ途切れの言葉が小さな唇から滑り出た。

「あの、たくさん、遠くて・・・どうしよう・・・!」

「星空みたいなもんか・・・ゆっくり、落ち着いて。大丈夫。ルルなら出来る」

深呼吸、と囁く団長に何度も頷く彼女が、大きく息を吐いてから再び、穴の中を覗き込む。

居ても立ってもいられなくなって、私も一緒に覗き込むと、そこには団長の言うように、星空のような光景が広がっていた。

目が慣れると、見えるようになるんだろうか・・・。

「どれがお姉ちゃん・・・?!」

「あ」

祈るように囁いた私の声に反応したのは、ルルゼだ。

「もう1回、呼んでみて」

「え?」

「いいから、もう1回!」

「ぅ、うんっ」

初めて聞く鋭い声に驚いた私は、面食らった気持ちを持ち直して、もう一度口を開く。

「お姉ちゃん!」

「ミナ・・・」

すぐそばで低い声がして、振り返る。気づけばシュウさんも、同じように星空の広がる穴の中を覗き込んで、お姉ちゃんを呼んでいた。

「あっ」

「どうした」

彼女が小さく声を上げたのを聞き逃さなかった彼が、その肩に掴みかからんばかりの勢いで尋ねる。

「蒼鬼さまの声に反応したホタルが・・・あれです、近いけど・・・あ・・・!」

シュウさんの問いかけに、ほとんど独り言のようにして答えていた彼女が、またしても声を上げた。

「さっき、蒼鬼さまのホタルが広がった時みたいにして下さい!」

「は?」

抽象的なひと言に、シュウさんが眉間にしわを寄せる。意味が分からないんだろうけど・・・怖い。でも、それが見えないルルゼは全く怖くなかったようだ。

「壺を受け止めた時だよ。

 ・・・君の目が、金色に光ったでしょ」

教授が代弁して、やっとシュウさんが頷いた。

「自分でコントロール出来るんですか」

ジェイドさんが緊張した面持ちで声をかけたのに対して、シュウさんは頷く。

「出来るどうこうじゃない。やる」

「あれです」

私よりもひとまわり小さな手。その指先の指すものなど、数ある星の中から見つけられるわけが・・・と思っていると、2人は絶妙なコンビネーションを発揮した。

「どれだ」

「あれ・・・もっと奥・・・」

シュウさんの目が、いつの間にか金色に光っている。気づけば、体の輪郭もほんのり金色になっているような気がする。

「そうです、そうやって伸ばして下さい。

 ・・・もうちょっと、あっち・・・行きすぎ!

 ああ違う!・・・あ、それ、それです!」

小娘に怒鳴られながら、シュウさんが集中したまま視線を動かす。

どうやら、目当てのものを探し当てたらしい。

「で、どうする」

「引っ張って!

 ぐいっと!大丈夫です、もっと強く!早く、離れちゃう!」

2人の会話を聞いているしかない私達は、とにかくじっと見守ることに徹していた。

「・・・あ・・・」

団長が声を漏らしたのと同時に、小さな光るものがゆっくりと落ちてくるのが分かる。

見上げていたら、ジェイドさんがそっと私の手を引いて抱き寄せた。私の真上だったらしい。

「これは・・・父の・・・!」

シュウさんが、落ちてきたものを手のひらで受け止めて絶句する。

大きな手のひらに着地したそれは、小さな花の入った、綺麗な琥珀だった。







「はい、どーぞ」

「ああ、ありがとう」

湯気の立つカップを1つ彼に手渡して、暖炉の前に腰を下ろす。

昼間はずいぶん暖かくなってきたけど、やっぱり夜になると冷えるから暖炉の前で過ごすこの時間は、安らげるひと時だ。

ジェイドさんが、隣にぴったりくっついた私に苦笑しながらカップを傾ける。

「・・・背中、大丈夫?」

そっと横から見上げれば、彼の瞳が細められた。

「名誉の負傷ですよ?」

彼は、研究室で旋風から私を守ってくれた時に、飛んで来た何かで背中に傷を負っていたのだ。幸いざっくり裂かれたのは服だけで、皮膚は細い線が横に走っているくらいのもので済んだ。とはいえ、傷は傷だ。血が滲んでいたのを私は知っている。

・・・綺麗な背中がもったいない。

「はいはい」

心配するたびにおどけてみせる彼をあしらって、とりあえず痛くないなら、と納得する。


あの時、シュウさんとルルゼが引き寄せた古代石は、お姉ちゃんがずっと身につけていたシュウさんの父親の形見だったそうだ。

そういえば、お姉ちゃんが「預かり物なのに失くした」と嘆いていた気がする。

・・・それが手元に戻ってきたということが、いよいよお姉ちゃんを呼び戻せるかも知れない、と私達に希望を抱かせた。

ただ、あの黒い大きな穴はあの後すぐに消えてしまったんだけど・・・そのあたりのことは、教授がいろいろ考えてくれるらしいので、お任せすることになっている。

ルルゼは、もっとちゃんとホタルを見たいからと、明日、王宮の高台から街を見下ろして、行き交う人のホタルを観察するんだと言っていた。

確かに、星空のようになっていたあの穴の中から、たった1つのホタルを探すのは至難の業だ。

「・・・落っこちた時に、目、開けとけばよかったなぁ」

何も出来ないことに、悔し紛れに呟いた私のこめかみに、音を立ててキスが降ってきた。

はっとして目を遣れば、そこには絶妙な色気を纏った彼がいたことに気づいて、私は息を飲む。

「だ、ダメだからね。お姉ちゃんが戻ってきたらね」

そう言ったら、あからさまにがっかりされた。







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